丸の内朝大学『「今、幸せかい。」 寅さんに学ぶ、幸せな生き方』レポート(第1回)

皆さん、丸の内朝大学って知っていますか?「朝活」という言葉なら聞いたことがある!という方もいらっしゃるかと思いますが、忙しい朝の1時間を利用して、自分の興味ある分野を学んだり体験できたりする市民大学なのです。この朝大学で、皆さんがよくご存知の国民的映画『男はつらいよ』の寅さんに幸せな生き方を学ぶ、『寅さん学部』が開講されるということで、早速受講してきました!全6回の講義の模様を順次レポートしていきますので、楽しみにしてくださいね!!

【第1回】『男はつらいよ』ってどんな映画?

11月14日(月) 朝7:30
会場である新丸ビルのエコッツェリアはエコをテーマに設計されており、観葉植物や触り心地のよい竹材で作られた椅子と机が配置され、落ち着いた色合いの内装のおかげで、1日の始まりにふさわしい心地よく穏やかな空間であった。

寅さん学部第1回目の講師は、助監督の鈴木敏夫さん。
『男はつらいよ』がどんな映画なのか、概要や寅さんのキャラクターについて講義が行われた。

どういう風に『男はつらいよ』は誕生したのか?

―今でこそ山田洋次監督は名監督、巨匠、文化人と言われていますが、『男はつらいよ』の脚本を書いて監督したのは37歳のとき。
その直前に4本の映画を監督したが、どれも惨敗続き。中には知識人たちが熱狂的に支持したものもありましたが、お客さんは全く入らなかったのです。

そんな状態だったので、1968年のTVドラマ『男はつらいよ(全26話)』をやっているときに、TV局からは続けて欲しいという依頼があったそうですが、山田さん自身は「映画は惨敗続きで、ネタも尽きた。寅を殺して終わりにしよう。」ということで、奄美大島でハブに噛まれたという設定で寅さんを殺してしまいました。
正確には、ハブに噛まれて寅さんはどうも死んだらしいと噂しているシーンだけで、死体も出て来ないのですが、放映後TV局に「なんで殺したのか!」と抗議が殺到。

それを聞いた山田さんは、嬉しい反面、作者としてひどいことをしたと反省し、他のどの映画を作ってもお客さんは入らなかったけどこのシリーズならいけるかもしれない、寅を生き返らせて、自分の手で監督・脚本してみようと思い至ったのです。

タイトルと公開時期からわかる、『男はつらいよ』の期待度

国民的映画と言われている『男はつらいよ』だが、当初は全く期待されていなかった。
映画の期待度は、公開時期とタイトルから読み解くことができるのだという。

―山田監督が松竹に『男はつらいよ』の映画を撮りたいと言ったら、猛反対に合いました。理由は、「以前制作した映画が全てコケている」「重役陣が山田監督に反感をもっている」「TVでやったものを映画でやっても誰も見ない」というもの。「売れない」という反対意見の多い中、山田監督は社長に「やりたいんだ」と直訴し、何度も直談判して熱意を伝え、ようやく映画化することになったのです。押し通せば何でもうまくいくわけではないけれど、成功している裏側には大体こういうエピソードがありますよね。

そうしてできた第1作目は、8月に公開されました。昔から演劇や映画の世界では、2月と8月はお客様が入らないと定評のある月ですが、第2、3作もそれぞれ1月と2月の公開になっており、会社として期待されていなかった事がわかります。

また、当時シリーズ物の映画には、2作目に「続~」、3作目「新~」、4作目「~篇」と題名を付けるのが普通だったのですが、勝負と言われている3作目の題名を『フーテンの寅』と付け、『新 男はつらいよ』としなかったところからも、続ける気がなかったことが伺えます。

運命を変えた第5作『男はつらいよ 望郷篇』

会社から期待されていなかった『男はつらいよ』の運命を変えたのは、第5作の望郷篇だ。
―第3作と4作は違う監督でしたが、第5作では山田洋次が監督し、これで最後という思いで全力投球した結果、高い評価を得て継続することになりました。

「これで終わりにしよう。終わりにしよう。」と言いながら、26年間48作品を出すことになったのだ。

喜劇大作なんて大ウソ!?

『男はつらいよ』第1作の予告編を流し、「喜劇大作」と出たところで映像を止めた鈴木さん。
―「大作」とは大嘘です。大作と呼ばれるものは、大体制作費が予算を超えています。
山田監督が優れているところの一つは、無駄遣いせず、限られた予算の中でいかに良質の映画を創るかを追求しているところです。

また、鈴木さんが山田監督に大コケした前述の4作品のインタビューをしたときのエピソードを出し、山田監督のことを「自分の映画をみて泣いたり笑ったりする監督」と紹介した。

寅さんはなんの仕事をしているの?

―寅さんの職業はテキヤ(的屋)。 別の名は香具師、簡単に言うと露天商です。
48作品の中で、色んな物を叩き売りしているシーンがあるけど、あの部分はほとんど山田監督の演出はなく、シナリオには“―繁華街。啖呵を切りながら物を売る”としか書いていません。
助監督と装飾係が渥美さんに相談しながら売る物を決め、現場に入って「よーい、スタート」と共に渥美さんの軽快な口上が繰り広げられるのです。
また、寅さんのセリフに「俺みたいな渡世人が…」とありますが、「渡世人」とはばくち打ちの事。寅さんは、人様に胸を張って言えるような職業ではないし、そういう生き方をしている人間ではなかったのですが、回を追う毎にヤクザっぽい部分は薄くなり、誰からも愛される寅さんへと変わっていきました。

弱い者に優しい寅さん

―寅さんの性格は、「困っている人を見ると放っておけない」「弱い者にやさしい」という設定です。
ここで言う「弱い者」とは、老人・子供・動物、それから個人的に抵抗ありますが、女性を指しています。
この「弱い者にやさしい」というのはシナリオ作りの中で一つの鉄則になっていて、これによってお客さんは、その人物が良い人だなと感情移入しやすくなるのです。

寅さんは女性に優しいが美女に弱く、身の程知らずの恋をしては毎回振られるというのがお決まり。
講義の最後では、寅さんが失恋した後の、とらやでの気まずい場面だけを集めた映像を、たっぷりと受講生たちに見せた。

寅さん学部第2回は、引き続き助監督の鈴木敏夫さん、そしてプロジェクトデザイナーの古田秘馬さんを講師としてお迎えし、「なぜ社会に”寅さん”が必要なのか?」をテーマに講義が行われます!

次回のレポートもお楽しみに!!

講師の鈴木敏夫さんに迫る!

鈴木さんは少年時代、顔パスで毎週映画館に通っていたそう。(当時は毎週映画が変わっていたんですって!)映画がとにかく大好きで、小学生の頃から将来映画業界で働きたいと思っていたとのこと。そんな鈴木さんが『男はつらいよ』に出会ったのは大学生の頃。第1作を映画館で観て、衝撃を受けたという。
そして念願叶っての初仕事は『男はつらいよ 望郷編』でしたが、初めての現場でどうしていいかわからず、渥美さんから『気の弱そうなイタチ』というあだ名を付けられてしまったそうです…!

★まだ観ていない方は、まずこの5本を観てみよう!

  • 第1作:男はつらいよ
  • 第2作:続・男はつらいよ
  • 第5作:男はつらいよ 望郷編
  • 第15作:男はつらいよ 寅次郎相合い傘
  • 第17作:男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

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