映画コラム

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2016年08月07日

オリンピックに沸くあなたにオススメしたい2つのブラジル映画の名作

オリンピックに沸くあなたにオススメしたい2つのブラジル映画の名作

いよいよ現地時間8月6日にブラジルのリオデジャネイロで開幕した夏季オリンピック。
突然ですが、ブラジルの映画といえば?そう訊ねられると返答に困ってしまう人も少なくないだろう。それもそのはずで、日本でロードショー公開されている純ブラジル産映画は数えるほどしかない。

多くの映画ファンが、すぐに思い浮かぶブラジルの映画監督といえば、今回のオリンピックの開会式の演出を務めた『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレスか、90年代末に日本でもヒットを記録した『セントラル・ステーション』のウォルター・サレスあたりだろうか。あとは先日作られたオムニバス映画『リオ、アイラブユー』に参加していた『アイス・エイジ』シリーズのカルロス・サルダーニャや、ベルリン国際映画祭で金熊賞を獲得した『エリート・スクワッド』のジョゼ・パヂーリャも有名なところであろう。

ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
『乾いた人生』


ブラジルは決して映画後進国ではない。1950年代にイタリアのネオレアリズモ、フランスのヌーヴェルヴァーグに倣うかのように登場した、〝シネマ・ノーヴォ〟と呼ばれる時代があったことは、確かに映画史に刻まれている。大手会社ヴェラクルスの崩壊によって、若い映画作家たちが築き上げたこのムーブメントは、低予算での制作はもちろん、発展途上国ブラジルの実情を世界に発信するアイデアにあふれたものばかりであった。
その代表的な作品といえば、やはりネルソン・ペレイラ・ドス・サントスの『乾いた人生』だ。

ブラジルを代表する巨匠として君臨している、現在87歳のネルソン・ペレイラ・ドス・サントス。一昨年には音楽ドキュメンタリー『アントニオ・カルロス・ジョビン』が日本でも上映されたが、彼の数多いフィルモグラフィの中で、日本で劇場公開されたのはわずか2、3本。この『乾いた人生』も、99年の山形国際ドキュメンタリー映画祭が初上映であり、いかに日本にブラジルの映画が流通していないかが伝わってくる。

ブラジル東北部を舞台に、干ばつにより放浪生活を余儀なくされた一家が経験する過酷な実情。ドキュメンタリータッチで描かれる地方都市に暮らす農民の運命というものは、際立って残酷な描写がなくとも生々しく映り、緊張感が途絶えることがない。

ラストシーンで再び歩いている家族の姿と、そこで主人公と妻のする会話は忘れがたい。そしてそれをかき消すように響く耳障りな音。乾ききった大地を歩いていく後ろ姿を映しながら、画面の中央に現れるテロップを見ると、彼らのような存在が、ひとつの国を作り出しているのだとわかる。

56年に『リオ40度』で始まったとされるシネマ・ノーヴォが、この作品のカンヌ国際映画祭でのお披露目を契機に世界に知れ渡ることになったのである。

グラウベル・ローシャ
『アントニオ・ダス・モルテス』


そして、ネルソン・ペレイラ・ドス・サントスと共にこのムーブメントを牽引した存在がグラウベル・ローシャである。わずか43歳でその生涯を終えた彼が30歳の時に作り出した『アントニオ・ダス・モルテス』は、シネマ・ノーヴォ末期の最高傑作である。

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荒涼とした地方の小さな町の農民は、山賊カンガセイロに熱狂していた。そんな彼らを危惧した地主は、伝説の殺し屋〝死神アントニオ〟を雇い、カンガセイロの親玉を瀕死に追い込むのだが、アントニオは真の敵は支配者階級の者たちであると気付くのである。

一種の西部劇の様相を継承した本作。ローシャの『黒い神と白い悪魔』にも登場した、死神アントニオを主人公に映し出すのは、貧しい農民を支配しようとする体制側の腐敗である。寝返ったアントニオが、地主が雇った別の殺し屋の集団と繰り広げるクライマックスの銃撃戦の壮絶さもさることながら、序盤で見られるカンガセイロとの決闘場面の長回し、そしてその周りで民族楽器を演奏し踊り狂う農民の姿は圧巻である。

劇中には低予算ならではの、細部の工夫が随所に見られる。馬に乗ったまま敵に槍を刺したりといった暴力描写を、カット割りの巧さで表現していたり、ローシャ自身が手がけたプロダクション・デザインは実に美しく、イーストマンカラーの映像の中で、赤を印象的に見せている。そして扉の軋む音まで、まるで計算されているかのように際立ち、舞台となる町それ自体が、堂々とした存在感を放っているのだ。

今年のカンヌ国際映画祭のドキュメンタリー部門で、このグラウベル・ローシャの息子であるエリク・ローシャが監督した『Cinema Novo』が最高賞を受賞した。タイトルの通り、このムーブメントを辿った作品である。いずれ日本で観ることができれば、よりブラジル映画と、社会の実情を知るきっかけになることだろう。

(文:久保田和馬)

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