山本富士子、日本映画界の愚行に見切りをつけて去っていった

写真家『早田雄二』が撮影した銀幕のスターたちvol.44

現在、昭和を代表する名カメラマン早田雄二氏(16~95)が撮り続けてきた銀幕スターたちの写真の数々が、本サイトに『特集 写真家・早田雄二』として掲載されています。
日々、国内外のスターなどを撮影し、特に女優陣から絶大な信頼を得ていた早田氏の素晴らしきフォト・ワールドとリンクしながら、ここでは彼が撮り続けたスターたちの経歴や魅力などを振り返ってみたいと思います。

山本 陽子さん

日本映画黄金時代、誰が一番美しくも優れた女優であったかを問う際、必ずトップに挙げられるのが山本富士子でしょう。ミス日本から映画界入りした彼女は、自らの努力と周囲の尽力によってデビュー数年後には日本映画界を代表するスターとして君臨。しかし、その意欲がやがて映画界の理不尽な逆鱗に触れ、結果として彼女は映画界を見捨てることになるのです……。

ミス日本から映画界入り
その美を活かした映画出演の数々

山本富士子は1931年12月11日、大阪府大阪市西区の生まれ。

50年、全国12大都市から代表を出し、グランプリを決めるミス日本京都代表に選ばれ、堂々ミス日本を獲得。翌51年に渡米して54日間に及ぶミス日本としての仕事をまっとうして帰国した後、映画会社各社の激しい攻防戦の末、53年に大映と契約しました。

このとき彼女は「まだ演技らしい演技もしたことないのに、お金ばかりいっぱいもらっても仕方がない」と、当時としては格安のギャランティを提示し、スライド制で年々少しずつ額を上げてもらい、3年経って一人前になったら自由契約にしてもらうという条件で映画界入りを果たしました。(もっとも、この条件は3年後、守られませんでした)

大映京都の所属として、映画デビュー作は森一生監督の『花の講道館』(53)。しばらくは「戦後初のミスコン出身女優」として、時代劇での日本人形のような美しさのみを求められた娘役みたいなものが多く、人気もさほど上がりませんでしたが、55年に衣笠貞之助監督が狂言『婦系図』を映画化した『湯島の白梅』でのヒロイン役が、ようやく評価されます。

役者に自ら演じながら演技指導することでも知られる衣笠監督は、以後も『新・平家物語 義仲をめぐる三人の女』(56)『月形半平太』(56)などで、山本の日本人形のような美をいかに演技に活かしつつ、魅力的に映える動きを示すかをみっちりと指導。

また同年、京都の染色工芸家の恋を描いた吉村公三郎監督『夜の河』(56)がキネマ旬報ベストテン第2位となり、ここでのユニークなヒロイン像が評判となり、NHK女優賞を受賞。一躍映画スターとして台頭することになりました。

ここから山本富士子の快進撃が始まります。市川崑監督の『日本橋』(56)や、吉村監督『夜の蝶』(57)、増村保造監督『氷壁』(58)など、彼女自身、この時期に演じることの歓びや自信をつけたと語っています。58年の渡辺邦男監督によるオールスター超大作『忠臣蔵』では遥泉院に起用されていることからも、その人気と実力をうかがうことができるでしょう。

58年には小津安二郎監督のたっての希望で、松竹映画『彼岸花』で他社出演を果たしています。
(その代わりに小津監督は大映で、翌59年『浮草』を撮ることになります)

また同年は衣笠監督『白鷺』もあり、この2作で彼女は第9回ブルーリボン女優主演賞を受賞。

59年も島耕二監督の『細雪』や、豊田四郎監督『暗夜行路』では2度目の他社出演を果たし、これを機に60年も豊田監督『濹東綺譚』に主演。また市川監督のオムニバス映画『女経』第2話『物を高く売りつける女』でキネマ旬報女優賞を受賞。
61年は松竹で五所平之助監督の松竹映画『猟銃』や、市川監督『黒い十人の女』でも魅力を発揮していきます。

五社協定の圧力により
舞台やテレビに活路を

62年1月、大映との契約更新の際、山本富士子は年間2本の他社出演を希望しているのに会社が年間1本しか現実には許してくれないことに不満の意を表し、永田雅一社長に強く確約させ、豊田監督『如何なる星の下で』『憂愁平野』(公開は63年)と、ようやく年間2本の他社出演を成し得ます。

しかし、『憂愁平野』出演の際、主演スターの貸し借りはしないという、戦後の日本映画5社で取り決めた“五社協定”を盾に他社からの横やりが入って大もめにもめたことから、彼女は63年1月の契約切れをもってフリーになることを大映に申し入れますが、これが永田社長の逆鱗に触れ、大映を解雇。五社協定の圧力が一気にかけられ、映画出演の道を閉ざされてしまいます。

一方、テレビや舞台にも最初は圧力がかけられていましたが、同年夏よりテレビ、64年より舞台出演が周囲の尽力で叶い、以後、山本富士子は舞台を主に活動し、そちらの道で喝采を浴びるようになっていきます。

逆境に負けず、その後の女優人生を切り開いていった山本富士子とは裏腹に、悪しき愚行の天罰を受けるかのように、60年代から70年代にかけて一気に日本映画界は衰退し、大映は倒産。

しかし、五社協定の縛りがなくなってからも、彼女は決して映画に出演しようとはしませんでした。

市川崑監督が『細雪』(83)演出の際、長女役を彼女にオファーし、このときもしや映画界復帰か? とファンは注目しましたが、結局出演することはありませんでした。
(もっとも完成した作品を見た彼女は、断ったことを後悔したとのことです)

日本映画界は自らの愚行により、希有な映画スターを失ったのです。

(文:増當竜也)

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    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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