『ガール・オン・ザ・トレイン』に見る窃視ミステリーの新境地

ガール・オン・ザ・トレイン ポスター

(C)Universal Pictures

 電車の窓から毎日見ていた、理想の夫婦の姿。ところがある朝、その夫婦の秘密を同じように電車の窓から目撃してしまったら、想像力が強い者ならばこの映画の主人公と同じように、興味を駆り立てられることだろう。そこにミステリーが重なれば、映画が生まれる。

18日から公開された『ガール・オン・ザ・トレイン』は、人間の内側に秘められた幾つもの要素が表出した映画だった。それは主に好奇心と、記憶と、執念といったところか。

〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.7:『ガール・オン・ザ・トレイン』に見る窃視ミステリーの新境地>

エミリー・ブラント演じる主人公のレイチェルは、夫と離婚したのち友人の家に身を置いていた。失業していた彼女は、それを隠すために毎日通勤電車に乗り、そこから見える夫婦の姿に安らぎを感じていたのだ。ところがある日、その夫婦の妻が、家のバルコニーで夫ではない別の男と抱擁している姿を目撃してしまう。そこから彼女の心の調和が乱れ始めるのだ。

他人の生活を覗き見る「窃視」、つまり一種の「のぞき」行為から生まれるミステリーというのは、静かに、じわじわと観客を不安にさせる魅力を持つと同時に、観客に画面上で提示される情報が、劇中の主人公と共有される。つまりは日本人の観客に受け入れられやすい、「感情移入」という役割を最も果たせるというわけだ。

その点で、ストーリーテリングのために画面で表現される情報には必然的な制約が加えられるので、その分作家の手腕が顕著に現れるのである。例えば今年1月に公開されたウェイン・ワンの『女が眠る時』のようにリゾートホテルという密閉された空間で対象を見続けていたり、イエジー・スコリモフスキの『アンナと過ごした4日間』や、繰上和美の『ゼラチンシルバーLOVE』などが挙げられよう。

しかし何と言っても、このカテゴリーはアルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』に端を発していることを忘れてはならない。

裏窓 (字幕版)

怪我により車椅子生活を強いられたジェームズ・スチュアートは、家の裏窓から見えるアパルトマンの住人たちを望遠レンズで覗き見ることで、時間を費やしていた。ある時、住人のある夫婦の妻の姿が見えなくなる。夫と激しい口論をしていたことを目撃していた主人公は、彼女が殺されたのだと推測を立て、グレイス・ケリー演じる恋人と、セルマ・リッター演じる看護師とともに独自に捜査を始めるのだ。

あらゆる方法論でサスペンスやミステリーの新しい手法を生み出してきた神様・ヒッチコックが同作で作り出したのは、主人公が家からほとんど出ないことで生まれる臨場感。これが「窃視ミステリー」の原点であることは間違いない。もちろん、さすがのヒッチコックでも覗き続けるという行為だけでは走りきれない。殺人という典型的な要素をフックにして、窃視対象のテリトリーに入り込んでいくのだ。もっとも、主人公は車椅子に乗っているので自由に身動きができないので、恋人と看護師にそれを委ね、自分は裏窓から見続けるのみだが。

前述した他の作品でも、必ずと言っていいほど対象の部屋に入ったり、対象自体に近付いていくわけだ。犯罪寸前の行為によって好奇心が駆り立てられ、そこからさらに踏み込んでしまうということで生じる背徳感と、それによってもたらされるスリルによって、緊張感が作り出される。

ところが、今回の『ガール・オン・ザ・トレイン』の緊張感の作り方は、これまでの通例とは異なる。主人公は電車を降りて、不倫していると思しき〝理想の妻〟と直接接触を図ろうとするし、その妻が行方をくらましたと聞けば、自分が覗いていた対象の家に堂々と入り込むのだ。そう考えると、これは「窃視」を単なるきっかけにした別カテゴリーという見方もできるだろう。

では、どこで緊張感を生み出したのか。それは実に王道のミステリーの方法論で、主人公が失った一時の「記憶」に答えが隠されているというものだ。あらすじからは、「窃視」のみで生まれると思える中に、「記憶」というもうひとつの、主人公の一方的な視点によって司られる極私的ミステリーが重なり、絶妙な塩梅で構築されているのだ。

(文:久保田和馬)

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    久保田和馬

    久保田和馬

    久保田 和馬 1989年生まれ。映画評論家/映画ライター/映像作家。フランス映画とアジア圏の映画をこよなく愛する。大学時代からの自主制作の延長で映像制作を行い、2013年から文筆業を開始。「図書新聞」へ映画評の寄稿、「リアルサウンド映画部」への寄稿など。

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