あのヒトラーが現代にタイムスリップ⁉ブラック・ジョークに満ちた怪作『帰ってきたヒトラー』

アドルフ・ヒトラーといえば、かつてナチス党を率いてドイツを支配し、ユダヤ人虐殺をはじめとする数々の非道を繰り返した末に、第2次世界大戦終結前夜に自殺を遂げた稀代の悪漢、究極のワルとして今も恐れられている存在ですが……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.138》

帰ってきたヒトラーm0000000813 (C)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Pro duktion GmbH Claussen & Wobke & Putz Filmproduktion GmbH

もしもそのヒトラーが死ぬ直前にタイムスリップして現代に現れてしまったとしたら? そんな奇想天外なアイデアで始まるブラック・コメディ、それが『帰ってきたヒトラー』です!

ヒトラーのものまね芸人として
メディアに露出し始めた男の正体は?

一般的には1945年4月30日、総統地下壕で恋人のエヴァ・ブラウンとともに自殺したことで知られるヒトラーですが、本作ではその直前にひょんなことから不思議な光に導かれ、何と現代のベルリンにタイムスリップしてしまいます。

あまりにも変わり果てた風景に愕然とするヒトラーを、およそ70年後のベルリン市民はヒトラーのコスプレをしたイカレたおっさんくらいにしか捉えてくれません(まあ、当然と言えば当然ですが)。

一方、そんな彼をリストラされたテレビマンが見つけるや、ちょっと変わった売れてないお笑い芸人と勘違いして、彼をTVに出演させてしまいます。

戦後70年経った今でもドイツ本国ではタブーとされているヒトラーの物真似芸人の登場に、最初のころこそ視聴者は呆れ、非難、または嘲笑していくのですが、彼の類まれなる弁舌によって、いつしか彼に惹きつけられ、中には彼が訴えるナチズムの思想にはまってしまう輩も続々と現れ始めて……。

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(C)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Pro duktion GmbH Claussen & Wobke & Putz Filmproduktion GmbH

戦後長らくドイツ本国では
タブーとされてきた独裁者

本作は2012年のドイツで200万部を計上したベストセラー小説の映画化ですが、この大胆不敵な内容がドイツ本国で発表されたこと自体、驚きを隠せないものがあります。

先にも申しましたが、そもそも戦後のドイツではヒトラーについて語ること自体が長らくタブーとされており、海外では、

『ベルリン陥落』(49/ヒトラーにはV・サヴェリエフ)、
『ヨーロッパの解放』(72/ヒトラーにはフリッツ・ディーツ)、
『アドルフ・ヒトラー最後の10日間』(73/劇場未公開/アレック・ギネス主演)、
『ヒトラー最期の日』(81/劇場未公開/アンソニー・ホプキンス主演)、
『ヒットラー』(03/TVムービー/ロバート・カーライル主演)、
『モレク神』(99/レオニード・マズガヴォイ主演)、
『アドルフの画集』(03/ノア・テイラー主演)

などなど、さまざまな作品でヒトラーが登場してきていますが、いざドイツ本国ではヒトラーに関する映画はほとんど作られてきていませんでした。

それが2004年、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督、ブルーノ・ガンツ主演によるドイツ映画『ヒトラー最期の12日間~』が製作されたことによって、ホトラーに関する映画製作がようやく解禁になった感があります。

その後『わが教え子、ヒトラー』(07/ヘルゲ・シュナイダー主演)が発表されたときも「ヒトラーをコメディのネタにすべきではない」との議論が巻き起こりましたが、こういった段階を踏んでいくことで、後の本作のような作品が成立しやすくなったのかもしれません。

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(C)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Pro duktion GmbH Claussen & Wobke & Putz Filmproduktion GmbH

マスメディアの操作に秀でていた
ヒトラーが、もし今蘇ったら?

本作のヒトラーは、現代に似合うはずもない風貌がどこかユーモラスな情緒を呼び、本人そのもののインテリジェンス、また彼ならではの人を引き付ける演説などなど、非常に魅力的に描かれています。

しかし、だからこそ、どこか閉塞気味な現代社会において、彼のような人間が再び現れたら一体世界はどうなるのか? と思った瞬間、背筋に冷たいものが走ってしまう、そんな恐怖も同時に描いています。

思えばヒトラーが政治家として台頭していった1930年代前半と、長引く不況など閉塞感に満ちた今の社会とは、実に似通っているところもあります。

現にドイツでは戦後の反ナチ教育に若者たちがうんざりし始めているという傾向があり、一方ではナチス復活をもくろむネオナチのひそかな台頭も問題視され続けています。

日本にしても、社会の鬱屈を晴らすかのように、差別思想や排他主義などがネットを中心に巻き起こって久しいものがありますが、もし今ヒトラーのような人間が現れて、ネットを用いて恐怖の思想を吹聴していったら、この世の中は一体どうなってしまうのか? 想像するだけで戦慄が走ります。

そもそもヒトラーはマスメディアの操作に秀でた政治家でもあり、当時の人々に最大の影響力を持っていた映画を最大限に活用したプロパガンダ作品の製作を示唆し続けていました。
(彼は世界征服構想の中に、ハリウッドの支配も視野に入れていたようです)

そんなヒトラーのようなカリスマが、現代のような脆弱な社会に現れるかわからない。その危機をブラック・ユーモアとともに描出したのが『帰ってきたヒトラー』です。

大いに笑っていただくのも結構ですが、それと同時に何やら後を引きずる、得体のしれない恐怖が襲い掛かってくることもお覚悟のほどを!

キネマニア共和国

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(文:増當竜也

    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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