古い因習の映画界の中、自我を貫き通した有馬稲子

写真家『早田雄二』が撮影した銀幕のスターたちvol.23

現在、昭和を代表する名カメラマン早田雄二氏(16~95)が撮り続けてきた銀幕スターたちの写真の数々が、本サイトに『特集 写真家・早田雄二』として掲載されています。

日々、国内外のスターなどを撮影し、特に女優陣から絶大な信頼を得ていた早田氏の素晴らしきフォト・ワールドとリンクしながら、ここでは彼が撮り続けたスターたちの経歴や魅力などを振り返ってみたいと思います。

有馬 稲子さん

最近、今年で生誕100年を迎える小林正樹監督の作品を良く見ているのですが、その初期たる松竹作品群で輝きに満ちた女優たちの姿も多数見かけます。

『泉』(56)『黒い河』(57)の有馬稲子もそのひとりです。

正直、ここまで整った美貌と、それに見合うほどのパッションを感じさせる女優は洋の東西見比べても少ないと思えてなりません。

叔母の芸名を襲名して
宝塚から映画界へ

有馬稲子は1934年4月3日、大阪府生まれ。

父が官憲に追われるコミュニストだった関係で、朝鮮・釜山に住む父の姉夫婦のもとで育てられ、やがて養女となります。

一時期大阪に帰りますが、また釜山に戻り、かつて宝塚に在籍していた養母(この時の彼女の芸名が有馬稲子でしたが、当時はそのことは伝えられていませんでした)から踊りなどを教え込まれました。

終戦後、命からがら日本に引き上げてきますが、そこで再会した実父からは虐待を受け、実の兄弟たちとも上手くいかず、48年、宝塚音楽学校に入学し、そこで初めて養母が宝塚出身であったことを知らされ、彼女の芸名・有馬稲子を襲名しました。

在団中の51年、東宝『宝塚夫人』で映画初出演し、同年7月『せきれいの曲』で初主演。

一方、宝塚で53年に男役を演じたところ、そこに何か違和感を抱き、その分ますます映画に興味が募り、3月に退団して東宝専属女優となりますが、54年には岸惠子、久我美子とともに「文芸プロダクションにんじんくらぶ」を設立し、彼女らとの友情を深めるとともに、出演作品を自分の意思で決めるという、当時としては異例なことでもあり、そのせいで当時のあだな
“ネコ”をもじって“ゴテネコ”などと揶揄されもしました。

(それは今の女性たちからすれば、ごくごく当たり前のことでしょうが、何せ60年以上も前の戦後間もない日本社会の中、こういった我を貫くことがいかに勇気ある行為であったか)

映画女優としてのピーク
そして現在の活動

55年には東宝を離れ、松竹と優先本数契約を結びます。これは実質的にはフリーということでしたが、56年、小林正樹監督の『泉』で多くの男性を虜にしていく謎めいた秘書を好演。また続く『女の足あと』では渋谷實監督に徹底的にしごかれた甲斐あって高い評価を得、さらには中村登監督『白い魔魚』で古い因習と対峙する若々しいヒロインをカラー映像の中に刻印しました。

57年には小林監督『黒い河』で米軍基地周辺を舞台に、ヤクザに犯されその復讐を企てるヒロインを、また『東京暮色』で小津安二郎監督作品に初出演して原節子を相手に自由奔放な妹をそれぞれ熱演するなど、どんどん上り調子になっていくのが見て取れます。

翌58年から59年は彼女にとって映画女優としてひとつのピークで、まず58年は今井正『夜の鼓』、小津安二郎『彼岸花』、山本薩夫『赤い陣羽織』、さらには東映で内田吐夢『森と湖のまつり』等に出演。

59年も木下惠介『風花』『惜春鳥』、小林正樹『人間の条件 第一部/第二部』、内田吐夢『浪花の恋の物語』(この作品に出演するため、彼女は日本舞踊・藤間流宗家に習い、藤間柳女の名前で名取となりました)など充実したラインナップを具現化していきます。

この時期、優先本数契約ではなく専属契約を求める松竹と対立したり、渋谷監督『もず』(61)の主演をめぐるトラブルに巻き込まれたりもしますが、そこはゴテネコの面目躍如(⁉)、持ち前のガッツで切り抜けていきます。

また、この時期の有馬稲子の映画女優としてのオーラはもはやただ事ではなく、ここまでの域に達している女優が今どれだけいるのかと考え始めると嘆息するほかないほどに、銀幕の中での圧倒的存在感と映画の“美”そのものを気品高く体現してくれています。

かくして60年『わが愛』『白い崖』『波の塔』、61年『もず』『ゼロの焦点』『はだかっ子』、62年『満たされた生活』『お吟さま』などなどキャリアを連ねていきますが、その間の61年11月、中村錦之助(=萬屋錦之介)と熱愛の果てに結婚してからは舞台出演が急増していき、65年に離婚して以降も映画出演は数えるほどとなっていきます。

69年には実業家と再婚しますが、83年に離婚。

以後も舞台とテレビドラマを中心に活動し続け、特に80年に始まる舞台『はなれ瞽女おりん』は684回の公演数を数え、彼女のライフワークともなりました。
また最近は著述業等での活動も目立ち、2008年の朗読劇『源氏物語』も“有馬源氏”の異名をとるほどの評判となりました。

現在は高齢者のためのケア付きマンションに住み、そこでの体験に基づいた高齢者施策や生き方に関する積極的な発言の数々も大いに賛同を得ています。

が、こと映画出演に関しては残念ながら彼女の個性を活かしたものは少なく、ここらでかつてのにんじんくらぶの同期らとともに、老いの美と貫録を魅せる映画など作っていただけないものかと願ってやまないのも、いち映画ファンの本音ではあるのです。

※「東京スポーツ」「中京スポーツ」「大阪スポーツ」は毎週月曜、「九州スポーツ」は毎週火曜発行紙面で、「生誕100年 写真家・早田雄二が撮った銀幕の名女優」を好評連載中。

(文:増當竜也

    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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