「この世界の片隅に」が「本年度ベストワン!!」と言われる理由。

この世界の片隅に04

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

絶賛の声が絶えない、片渕須直監督の新作。

先輩 とにかく凄いことになっています。これほどまでに絶賛される映画も珍しいのではないかと。

爺 「この世界の片隅に」。ああ、「マイマイ新子と千年の魔法」の監督の新作か。

先輩 ご隠居は「マイマイ新子」を見ているんですか?

爺 あたぼうよ。公開されてちょっと経った、12月1日のサービスデー。悔しいぐらいガラガラの新宿ピカデリーで見てるわい。

先輩 その「マイマイ新子」以来となる片渕須直監督の新作が、現在大変な評判で。試写を見た映画評論家、ライターのみならず、あらゆる人が「この世界の片隅に」を絶賛し、「今年のベストワン!!」との声まで聞こえてきています。

爺 わしはまだ見てないけれど、君が見てそういう意見は納得出来るような出来だったのかい?

先輩 確かに感動的な作品に仕上がっています。原作はこうの史代さんのコミックですが、そのコミックのタッチを再現した、とても温かみのある絵柄です。

爺 戦時中の話なのか?

先輩 はい。昭和19年、1944年のことです。広島に生まれた少女・すずが同じ広島の呉に嫁入りするのですが、その頃日本は戦争へと進んでいて、呉は日本海軍の根拠地だったことで、数回の空襲に襲われます。すずの生活も変貌を余儀なくされますが、ついに昭和20年の夏がやってきます。

爺 あの原爆の悲劇に襲われるわけじゃな・・。

先輩 ただ、僕はこの映画の見どころは前半、つまりすずが呉に嫁入りして、毎日の生活を営む描写だと思っています。そのコツコツとした、あの時代のリアリティを感じさせる描写の積み重ねが、すずが本当に生きて暮らした趣を感じさせる。原爆投下の描写もありますが、直接的ではないんです。むしろそうした方法をとることで、コツコツと積み重ねた生活が一瞬にして失われてしまう怖さ、哀しさを強く感じさせていると思います。

爺 大方の評価も、その生活描写のリアリティを誉めているわけじゃが、それはその時代にそこで生きた人でないと分からないだろう。

先輩 あくまでこれは、「この世界の片隅に」という映画の中でのリアリティなわけですが、それをきちんと感じさせるのは、片渕監督の演出が的確であることの証拠です。それを最も体現したのは、すずというキャラクターが、実際に生きているかのような存在感がある。

この世界の片隅に03

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

「正直、ここまでのんの声が、
すずというキャラにハマるとは思わなかった」。

爺 すずの声を演じた、のんの演技が素晴らしいそうじゃな。それもまた、絶賛する人が絶たない。

先輩 本当にそうなんです。当時どこにでもいたであろう少女が結婚して、やがて戦争の中で多くの大切なものを失っていく。それでも力強く、彼女は前を向いて生きていく。そういう状況の移り変わりに翻弄される少女の感情を、絶妙な声の演技で表現しています。正直、彼女がここまですずのキャラにハマるとは思いませんでした。

爺 クラウドファンディングで製作資金を集め、それが元になって複数の企業が出資を行い、映画を製作したというプロセスからは、片渕監督のこの作品に対する並々ならぬ決意を感じさせるね。

先輩 それを可能にしたのは、やはり片渕監督の「マイマイ新子」への高い評価なんですね。ご隠居が言われたように、映画館では悔しいぐらいの不入りでした。でも、その後この作品を大切に上映し続けた映画館や、特集上映などを通して、「マイマイ新子」という映画の良さが、少しずつでも伝わっていった。そのことが「この世界の片隅に」のクラウドファンディングの成功に繋がり、やがては映画製作が可能になった。一種のサクセス・ストーリーですが、おっしゃる通り、すべてのモチベーションになったのは、片渕監督の執念にも似た「この映画をなんとしても作りたい!!」という強い思いです。

この世界の片隅に02

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

「君の名は。」と比較したい気持ちは分かるが・・。

先輩 今年は「君の名は。」「聲の形」とアニメ映画のヒット作が続いています。「この世界の片隅に」の場合も、評価の高さから、ヒットするのでは?という声も増えて来ましたが。

爺 いやいや。この映画は「君の名は。」とはまったく違うだろう。その成り立ちや存在感、描いていることも違えば、鑑賞後の余韻も、まったく違う。両作品を単純に比較することは出来ないし、「君の名は。」が当たったから「この世界の片隅に」も当たるだろうと判断するのは、あまりに短絡的すぎて、もはや話にならない。

先輩 比較したり「今年はアニメ映画の当たり年」と書きたい気持ちも分かりますが、要はそんな単純なことじゃない。特に「この世界の片隅に」の場合は、アニメだ実写だと言う枠を飛び越えて、「良質な日本映画」というカテゴリーで語るのが相応しい。

爺 それ、大事なことだと思うぞ。わしらはすぐに「アニメにしては・・」とか「実写が・・」とカテゴリーを分けたがるが、映画館に来ているお客さんは、そういう区別はしてないと思うんだよ。

この世界の片隅に01

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

「観客たちはもはや、アニメだ実写だと区別していない」。

先輩 確かにそれは感じます。メディアの側と観客との受け止め方が違うんですよね。観客にとって、「アニメである」ことは、作品に関心を持つきっかけにはなるかも知れませんが、鑑賞を決めるモチベーションにはならない。逆に言えば「アニメだから見ない」という人も、ほとんどいないと思うんです。

爺 例えば「君の名は。」の、あのストーリーは、実写・・あえてそういう言い方をするけれど、実写映画にしたって、充分に魅力的だと思うし、「この世界の片隅に」だって、あの原作を実写化するという選択肢もあった。でも今回はアニメという選択肢をとった。ただそれだけのことだよ。

先輩 アニメーションとはなんぞや?と言えば、それは映像作りのいち手法なわけですから。最近では本広克行、岩井俊二といった監督たちがアニメ映画を手がけているし、逆に押井守、庵野秀明らはアニメも実写映画も監督している。ともかく、我々みたいな立場の者が、アニメだ実写だと区別した上で作品を語ってはいけませんよね。

爺 観客は、とうにその境界線を取っ払っているわけだからな。心がけよう。

(企画・文:斉藤守彦)

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    ライタープロフィール

    斉藤守彦

    斉藤守彦

    斉藤守彦(さいとうもりひこ) Morihiko Saitoh 静岡県浜松市出身。映画館、ビデオ会社でのアルバイトを経て、映画業界紙「東京通信」記者 (後に編集長)に。1996年からフリーの映画ジャーナリスト/アナリストとなり、以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「HiVi」「ザテレビジョン」「日経エンタテインメント!」「宇宙船」「スターログ日本版」「INVITATION」「東京カレンダー」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」「Pen」などの雑誌・ウェブメディアに寄稿。2007年秋に「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」を、08 年「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」、09 年「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」、 10 年に「『踊る大捜査線』は日本映画の何を変えたのか」(共著) を上梓。 他の著書に「図解でわかるコンテンツ・ビジネス」1〜4(共著)、「ソノラマ MOOK/ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(構成・執筆) 、電子書籍「日本映画、飛躍と困惑の過去・現在・未来」等があり、ここ数年は「映画宣伝ミラクルワールド」「80年代映画館物語」と、独自の視点による書籍を執筆。2016年3月には新作「映画を知るための教科書 1912−1979」が世に出る。現在、水道橋博士編集長のメールマガジン「メルマ旬報」で「2016年映画館物語」を連載中。また「BOOKSTAND映画部!」で、「映画を待つ間に読んだ、映画の本」と「映画惹句は、言葉のサラダ」の2つの連載を行っている。

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