《追悼》天国と地獄の門を開いたマイケル・チミノ監督

LOCARNO, SWITZERLAND - AUGUST 09: Director Michael Cimino attends the Pardo D'Onore Swisscom red carpet on August 9, 2015 in Locarno, Switzerland. (Photo by Vittorio Zunino Celotto/Getty Images) Photo by Vittorio Zunino Celotto/Getty Images

 マイケル・チミノ監督が今年7月2日に亡くなっていたことが発表されました。77歳でした。死因や正式な死亡日などはまだ不明のようですが、彼のキャリアを知る世代からすると、不謹慎かもしれませんが「よく生きたなあ」といった不可思議な感慨にも囚われてしまいます。

それほどに彼の人生は波瀾万丈なものでした……

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人生と映画の天国の門と地獄の門、その両方を開いた男、マイケル・チミノの生涯を、駆け足で紹介していきたいと思います。

CMディレクターから脚本家、
映画監督へ

マイケル・チミノは1939年(43年説もあり)2月3日、アメリカ、ニューヨーク生まれ。イタリア系アメリカ人の家庭に育ち、ミシガン州立大学でグラフィック・アートを専攻しますが3年後にイェール大学にを入学。在学中の62年には陸軍予備校に入隊しています。

卒業後はマンハッタンで広告業界の仕事に就き、TVCMのディレクターとして活躍しますが、71年にロサンゼルスに移り、脚本家に転身してダグラス・トランブル監督、ブルース・ダーン主演の宇宙船SF映画『サイレントランニング』(72/デリック・ウォシュバーン、スティーブン・ボッコと共同)と、テッド・ポスト監督、クリント・イーストウッド主演の刑事アクション・シリーズ第2弾『ダーティハリー2』(73/ジョン・ミリアスと共同)を手掛けます。

このときイーストウッドに気に入られ、彼が主演するアクション映画『サンダーボルト』(74)に招かれ、映画監督デビューを果たします。

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これはアメリカ中西部を舞台に、朝鮮戦争世代の中年男サンダーボルト(クリント・イーストウッド)と、ヴェトナム戦争世代の若者ライトフット(ジェフ・ブリッジス)のユーモアとペーソスあふれる交流を軸にしたロード・ムービー仕立ての小粋なアクション映画で、その中から当時のアメリカ社会の底辺をそこはかとなく浮き彫りにしていく快作でもありました。

銀行強盗で得た50万ドルの分け前をめぐって、かつての戦友ながらもサンダーボルトをつけ狙うレッド(ジョージ・ケネディ)やエディ(ジェフリー・ルイス)ら悪徳ギャング仲間のキャラも大いに引き立ち、後のチミノ映画に欠かせない風景の美しさなども映え渡り、実はチミノ映画の中で最高傑作を讃える声も多い作品です。

今では映画監督としてばかり語られがちなクリント・イーストウッドですが、この時期の彼は映画スターとしての認識のほうが強く、また彼に見出されていく監督の多くがイーストウッド主演映画御用達になっていくのに対し、チミノはこれ1本きりの登板でした。もし、この後もイーストウッドと組み続けていたら、彼はプログラムピクチュアの達人として心地よいポジションにいられたのかもしれません。

『ディア・ハンター』の天国、
『天国の門』の地獄

しかしチミノは4年の月日を経て、堂々3時間の大作『ディア・ハンター』(78)を完成させます。

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これはペンシルベニア州の田舎町に住むロシア系アメリカ人の若者3人がヴェトナム戦争に出征し、そこでの過酷な体験によって、心身ともに傷つき、帰国後も決してその傷が癒えることはないという、『タクシー・ドライバー』(76)『ローリング・サンダー』(77)『ドッグ・ソルジャー』(78)などとも相通じるヴェトナム帰還兵ものであると同時に、男たちの友情が戦争によって引き裂かれていく悲劇を濃密に描いたものでした。

冒頭から延々1時間近くも続く幸せな結婚式のシーンから一転して、ヴェトナムの戦場で囚われた主人公らが課せられる恐怖のロシアン・ルーレット(この作品でロシアン・ルーレットが一気に有名になりました)、そして帰国後の空しさや、再度迎える壮絶な戦場のクライマックスを経て、最後は葬式で終わるという見事な構成。

ロバート・デ・ニーロはもとよりクリストファー・ウォーケンはこれが出世作となり、またジョン・カザールは病を押して当時の恋人だったメリル・ストリープと共演し、作品の完成前にjこの世を去るなどエピソードにもこと欠かないこの作品、ヴィルモス・ジグモンド撮影監督による雄大なる映像美、音楽もスタンリー・マイヤ-ズ作曲、ギター奏者ジョン・ウィリアムズによる主題曲《カヴァティーナ》の美しくもやるせない調べ、ロシア民謡や《君の瞳に恋してる》など既成曲の使用も効果的で、第51回アカデミー賞では作品・監督・助演男優(クリストファー・ウォーケン)・音響・撮影(ヴィルモス・ジグモンド)の5部門を制覇。

まさに映画監督2作目にして、天国へ上りつめたかのようなマイケル・チミノではありました。

しかし、その勢いに乗って手掛けた第3作『天国の門』(80)が、文字通り、彼にとっての“地獄の門”と化してしまいます。

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『天国の門』は1890年代のワイオミング州を舞台に、ロシア東欧系移民が地元牧場主に雇われた傭兵らの手で虐殺されたジョンソン郡戦争を扱ったもので、いわばアメリカの黒歴史ともいえるタブーの映画化でした。
(その前にジョージ・スティーヴンス監督が53年にジョンソン郡戦争を基にした西部劇『シェーン』を手掛けていますが、こちらは貧しい移民に風来坊ヒーローが加勢して、悪しき牧場主らを退治するという勧善懲悪的な内容に徹することで喝采を浴びています)

ここでのチミノの熱意は狂気じみていたとも伝えられており、幾度も撮り直しを繰り返すなど撮影期間は大幅に伸び、製作費も当初予定されていた1100万ドルから4400万ドルに膨れ上がり、しかしながら完成した219分の作品を見た批評家たちは競ってこれを叩きのめし、もはや酷評の域をはるかに超えた、激しい暴力的バッシングの嵐に見舞われました。

制作会社のユナイテッド・アーティスツは急きょ作品を149分まで短縮させ、結局そのヴァージョンが一般公開されることになりましたが(日本も初公開はこの短縮版)、そもそもアメリカ人が直視したくないテーマの映画化で、しかも前評判のひどさも相まって、興行は各地とも1週間で打ち切りという散々な結果となり、興行成績も348万4331ドルという、製作費の回収どころではない騒ぎとなり、ついにはユナイテッド・アーティスツを倒産に追い込んでしまいました(ユナイト映画は007シリーズなどで知られるメジャー映画会社です)。

チミノも本作でゴールデンラズベリー賞最低監督賞を受賞しています。

こうした事態に対し、当時の新聞は“Heaven turns into Hell(天国の門から地獄の門へ)”と揶揄しましたが、実際のところ『天国の門』はそこまでひどい映画なのかと問われると、答えははっきりNOです。

『ディア・ハンター』を超えるヴィルモス・ジグモンドの耽美な映像、デイヴィッド・マンスフィールド作曲によるシンプルかつ芳醇な室内楽曲、何よりもチミノ映画ならではのスケールの大きな抒情の描出などなど讃えるところは多数あります。

ただし、男女の三角関係を横軸とするストーリーそのものには甘さもあり(チミノは男女の恋愛を描くのは、意外に不得手だったのかもしれません)、また冒頭の卒業式シーンを延々見せる手法も『ディアハンター』ほどには成功しておらず、ふと気づくと本作の監督・脚本を独りで担ったチミノではありましたが、実はこのとき映像にこだわりすぎて、脚本が一番おろそかになっていたのではないかと勘ぐってしまうところもあります。

私自身、初見が短縮版だったこともあり、構成上の難はやむなしと当時は思ってましたが、後に完全版のビデオや2012年に発表されたディレクターズカット216分版を見るにつけ、その長所も短所も明るみになっていった感を抱いています。
(ちなみに『ディア・ハンター』の脚本クレジットはデリック・ウォッシュバーンのみで、チミノはクレジットされていません)

奇跡の復活を遂げた男の
デビュー作への回帰

正直、日本においてはアメリカの『天国の門』バッシングがいまひとつピンと来ないところが当時からありましたが、ただしこの大騒ぎの中からチミノが復活することなどありえないだろうという気持ちも本音ではありました。

しかし『天国の門』から5年後、チミノは奇跡的な復活を遂げます。しかも、ある意味前作以上のスキャンダラスなテーマで!

『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(85)は、おそらくはアメリカ映画史上初めてチャイニーズ・マフィアの脅威を前面的に描いたものでしょう。

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ここではニューヨークのチャイナタウンを舞台に、ミッキー・ローク演じるヴェトナム帰りのポーランド系アメリカ人刑事と、ジョン・ローン(これが彼の出世作ともなりました)らチャイニーズ・マフィアの血で血を洗う攻防が繰り広げられていきます。

ここで描かれているテーマはまさに人種差別問題で、白色人種と黄色人種の根深い対立、いわば白と黄の緊張を執拗に描いていくことによって、中国系を含むアジア系アメリカ人から激しい抗議が巻き起こりましたが、今にして思えばこの作品こそがアジア系アメリカ人が現代アメリカの中で大きな存在と化していくことを示唆した作品だったうような気もしています。
(もっともその前にリドリー・スコット監督の82年度作品『ブレードランンナー』が、21世紀のアジアの脅威を暗示させていますが)

私自身はこの作品を見て、「愛憎」という言葉ではありませんが、憎しみ合っているからこそ、愛し合うことへ変換させることも実は可能なのではないかというチミノのメッセージを受け取れたような気がしました。その意味ではクライマックスのミッキー・ロークとジョン・ローンの一騎打ちは、ある意味究極のラブ・シーンでもあったように思えます。

『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』は、全米ではゴールデンラズベリー賞5部門の候補にあがるなどの仕打ちを受けましたが、一方でフランスのセザール賞外国語映画賞候補にもなっています。

『天国の門』もヨーロッパでは完全版が最初から封切られて好意的な評が多かったりしています。

アメリカとヨーロッパの評価の違いはこれに始まったわけではありませんが(ニコラス・レイやサミュエル・フラー、アンソニー・マン、クリント・イーストウッドなどの評価は、アメリカよりヨーロッパのほうが先でした)、欧米の認識の差は常に興味深いところではあります。

ちなみに本作のプロデューサーは『道』(54)などの名作から『セルピコ』(73)『狼よさらば』などの問題作、『天地創造』(66)『キングコング』(76)『デューン/砂の惑星』(84)といった超大作、その中にはあの『フラッシュゴードン』(80/『テッド』(12)のファンならおわかりですね)も含まれるという、イタリア出身のディノ・デ・ラウレンティス。彼ほどの大物だからこそ、チミノを甦らせ、巧みにハンドリングすることもできたのでしょう。

この後のチミノは、イタリア・シチリア島に実在した山賊サルヴァトーレ・ジュリアーノの生涯を描いた『シシリアン』(87)、ウィリアム・ワイラー監督『必死の逃亡者』(55)のリメイク『逃亡者』(90)、強盗殺人犯の少年と医師が心を通わせていくロード・ムービー『心の指紋』(96)、そしてオムニバス映画『それぞれのシネマ』(07)中に収められた短編『翻訳不要』(これが彼の事実上の遺作)と、かつてのお騒がせ的な姿勢を封印し、職人的手腕を発揮した佳作を発表し続けましたが、それは意識的か無意識かはわかりませんが、どこかしらデビュー作『サンダーボルト』の頃の自分に回帰しようとしていたように思えてなりません。

特に最後の長編映画となった『心の指紋』は、男同士の友情を描いたロード・ムービーという点で、なにかしら共通性を感じています。

とはいえ、人生の天国も地獄も味わってしまった者が、昔の自分に戻れる術はないのでしょうか。やはり『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』以降の彼の作品は、もう元には戻れないいびつな哀しさみたいなものまで感じられてなりません。
(もっとも、そこが愛すべき点でもあるのですが……)

個人的には『ゴッドファーザー』(72)と同じ原作者マリオ・プーゾで、時代性も共通している『シシリアン』の濃厚な抒情性が好みではありました。それまでさまざまな人種を好んで描いてきたチミノですが、そもそもイタリア系アメリカ人である彼としては、本来もっともしっくりくる題材だったのではないでしょうか。

巷では性転換手術したという噂も流れていますが、チミノ自身は「体重の激減による容貌の変化」と、それを激しく否定していたようです。

もっとも私自身はそんなことなどどうでもよく、むしろ男同士の友情を、単なるホモセクシャルとは何かが確実に異なる「愛」とも呼べる域にまで高めつつ、繊細に描き得た監督はなかなかいないのではないかと、同性として思ってしまいます。

もし自分が『ディア・ハンター』のニック(クリストファー・ウォーケン)だったとしたら、陥落寸前のサイゴンで再会を果たしたマイケル(ロバート・デ・ニーロ)の胸に抱かれて死ねるなら、せめてもの本望と思ってしまうかもしれません。

それにしても、マイケル・チミノのような狂気の果てに天国も地獄を見た映画人は、かつて『地獄の黙示録』(79)のフランシス・フォード・コッポラをはじめ幾人もいたものですが(それを是とするかどうかはともかくとして)、21世紀の今、狂気ぶった者はいても、本当の地獄を見た者は果たしてどれだけいるのでしょうか? 皆、どこか賢くなってしまったような気もしてなりません。
(その伝で申すと、逆に、チミノの恩人ともいえるクリント・イーストウッドが、昔も今も堅実な姿勢を貫きながらアヴァンギャルドな作品を作り続けていることもまた驚異ではあります)

マイケル・チミノ監督作品は常にどこかノスタルジックな情緒にあふれてはいますが、彼やその作品を語ることは、これからもノスタルジックにはなりえない。そんな気がしています。

(文:増當竜也)

    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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