俳優・映画人コラム

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2016年08月21日

『11ミニッツ』イエジー・スコリモフスキ監督の歩み

『11ミニッツ』イエジー・スコリモフスキ監督の歩み

8月20日から公開された、イエジー・スコリモフスキ監督の最新作『イレブン・ミニッツ』。

イレブン・ミニッツ


(C)2015 SKOPIA FILM, ELEMENT PICTURES, HBO, ORANGE POLSKA S.A., TVP S.A., TUMULT


午後5時から5時11分の間に起こる出来事を、何人もの登場人物の視点によって見せる、異色のサスペンス群像劇である。一人称的な作品を多く生み出してきたスコリモフスキにとって、これだけ多くの人物を描き出したこと自体が画期的であるのに、それ以上に撮影技法までもが進化を遂げている。

再来年には80歳を迎える巨匠が、ここにきてこれほどまで自らの作風を打ち破るとは誰が予測できただろうか。

傑作『出発』


以前このコラムでも紹介したポーランド派の名手アンジェイ・ワイダの青春映画『夜の終りに』(参照:http://cinema.ne.jp/recommend/classic2016062606/)の脚本家として映画界に入ったスコリモフスキは、同じ年に短編『Erotyk』で監督デビューを果たす。自ら監督・主演を果たした『身分証明書』『不戦勝』『手を挙げろ!』の〝アンジェイ三部作〟で頭角を表すも、当時の体制を批判しているとされ、国外に追いやられる。そしてベルギーで作り上げたのが、スコリモフスキの名を世界的なものにのし上げた傑作『出発』なのだ。

出発 [DVD]



本作で初めて挑んだベルリン国際映画祭では、エリック・ロメールの『コレクションする女』やクロード・ベリの『老人と子供』、中村登の『惜春』などを抑えて最高賞である金熊賞を受賞。一躍脚光を浴びることになるのは当然だ。ジャン=ピエール・レオー演じる主人公マルクがポルシェを手に入れるためにあらゆる手段に打って出て、カトリーヌ・イザベル・デュポール演じるミシェルに恋をして少しだけ成長する青春ドラマだ。

たとえば前述の『夜の終りに』のような、彼が育ったポーランドの青春映画とは異なり、体制への葛藤や生きることへの渇望を通り越し、ここで描かれているのは自分自身への葛藤、そして生きているという実感なのである。そんなテーマ性や、ジャンプカットの多様や会話の応酬など、もうこの頃にフランスでは下火になり始めていたヌーヴェルヴァーグを想起させる部分が多く存在する。主演がレオーというのも、その点を意識した上でのことだろうか。

世界最高の青春映画『早春』


このままベルギーを拠点にキャリアを積み上げていてもおかしくなかったスコリモフスキだが、今度はイギリスに渡り、ピーター・マッケナリーとクラウディア・カルディナーレ共演の『ジェラールの冒険』を制作。そして同じ年に、再びイギリスでキャリア最高の映画を生み出す。それもまた、青春映画であり、おそらく現時点で世界最高の青春映画であるだろう。

Deep End



『象牙色のアイドル』や『初恋』のジョン=モルダー・ブラウン主演のこの『早春』は、公衆浴場で働き始めた15歳の少年マイクが、年上の同僚・スーザンに恋をする。しかし、彼女に全く相手にされない彼は、嫉妬に駆られたような倒錯した愛情表現で彼女に近付いていくのだ。婚約者と映画を見ている彼女を後ろから愛撫して引っ叩かれたり、地下鉄の中で大声で罵ったりと、さながら犯罪レベルのストーカー行為を繰り広げる。

この映画が魅力的に映るのは、何と言ってもプールでの美しい映像の数々。スーザンに似たヌードモデルの看板を抱きかかえながらプールに潜る場面の神秘性は忘れがたいものがある。そして、それらを巧みに引き出す色彩設計の完璧さも触れずにはいられない。青々としたプールの水、白い雪といった自然的な部分から、衣装の黄色い蛍光色のコートや、壁の色。劇中、ひとつのシーンの中で緑色の壁が赤く塗り替えられていく描写は、筆者のお気に入りのひとつだ。

思春期の性的な渇望と衝動を描き出した本作は、72年に日本公開されたものの、いまだに日本盤のソフトがリリースされていない。しかし、数年前に海外で発売されたBlu-rayは日本でも容易に入手ができる。今なお根強い人気を誇っているだけに、日本盤のリリースにも期待したいところだ。

まとめ


さて、本作以後のスコリモフスキはといえば、『ザ・シャウト/さまよえる幻影』や『ライトシップ』といった特異な世界観を展開し続け、91年の『30 ドア 鍵』を最後に俳優へ転身。『マーズ・アタック』のようなブロックバスターから、『イースタン・プロミス』のような作家性の強い作品など幅広く出演し、2012年には何故か『アベンジャーズ』にまで出演しているのだ。

17年ぶりの監督作となった『アンナと過ごした4日間』では、監督業への復帰を果たすと同時に祖国ポーランドで約40年ぶりに製作が実現。続く『エッセンシャル・キリング』で2度目となるヴェネツィア国際映画祭の審査員特別賞に輝き、5年ぶりに製作したのが今回の『イレブン・ミニッツ』だ。まもなく開催される第73回ヴェネツィア国際映画祭で、生涯功労賞を受賞することも決まっているだけに、今後ますますヨーロッパの映画界を賑わせてくれることに期待したい。

(文:久保田和馬)

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