なぜ『トランボ』は見る者に生きることの勇気を与えてくれるのか?

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男
(C)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

ダルトン・トランボ(かつてはドルトン・トランボと表記されていましたが)といえば、戦後のハリウッド赤狩りの犠牲者として業界追放されながらも、やがてカムバックを果たし、ついには60代半ばで『ジョニーは戦場へ行った』(71)を撮って監督デビューも果たした名脚本家ですが、実際のところ彼はどのような苦難の生涯を送ったのかを紐解く映画が公開されます……

キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.143

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』は、しかしながらハリウッドに最も愛された映画人なのかもしれません!

トランボを追い込んだ
ハリウッドの映画人たち

 映画『トランボ』はハリウッド一の売れっ子脚本家であったダルトン・トランボが、戦後の1947年、共産主義者をアメリカから排除しようとするHUAC(下院非米活動委員会)の公聴会に召喚されながらも証言を拒否し、議会侮辱罪に問われた“ハリウッド・テン”のひとりとして投獄され、破壊分子の汚名を着せられてハリウッドでの仕事を失いながらも、偽名を用いながらしたたかに生き抜き、やがて彼の才能を買うハリウッド映画人の助勢によって復活を遂げるまでを描いた実話の映画化です。

 これまで『追憶』(73)『真実の瞬間』(91)などハリウッド赤狩りをモチーフにした映画はいくつかありますが、こうしたハリウッド最大の黒歴史ともいえる事件の象徴的人物でもあるトランボにスポットを当てた映画は初めてのことで、本作は彼の不屈の闘志と家族の支え、ブラックリスト入りした仲間たちとの交流、さらには彼を追い込んだタカ派のハリウッド映画人など交えながら、世界的にきな臭くなってきている現代こそ再び問われるべき言論思想の自由を追求した第一級のエンタテインメント作品となっています。

 まず、トランボを追い込んでいくハリウッド映画人たち。その中心人物に西部劇の王者ジョン・ウェインがいるのはファンにとってつらい現実でもありますが、ではなぜウェインが反共主義者と化していったのか? 劇中、ほんの少しですが、彼が戦場に出征していない事実が語られます。つまり、他のスターが次々と出征して勲章をもらっているのに自分だけが英雄になれなかったというコンプレックスが、彼を反共の徒へと追い込んでいったことまで、さりげなくこの映画は教えてくれているのです。
(実際、戦場へ行った映画スターのほとんどは戦後、政治的活動や発言などは控える傾向にありました。戦場の地獄を身をもって知っていたからです)

 というわけで、ウェインはまだどこか憎めない存在として描かれてはいますが、容赦がないのが映画界のコラムニスト、ヘッダ・ホッパー女史で、そもそもは映画女優ながら成功を収めることができなかった彼女は、映画マスコミに転身し、赤狩りする側に立ってゴシップ的にトランボたちをペンの力で責め立て、その結果、多くのアメリカ国民は彼女に先導されていきました。まさにペンがもたらす暴力そのものを実践していく稀代の悪女を盟友ヘレン・ミレンがおぞましいまでの存在感で演じているのも、本作の勝因のひとつでしょう。

その他、トランボらの同胞でありつつ、最終的には彼らを裏切ってしまう名優エドワード・G・ロビンソンや、こてこての反共主義者監督サム・ウッドなどなど、当時の多くの映画人が実名で出てくるあたりは、さすがのハリウッド映画。日本ではここまで実名を出して映画化することなど、およそ不可能でしょう。

トランボを助けた
ハリウッドの映画人たち

 トランボは不遇の50年代、友人の脚本家イアン・マクレラン・ハンターに『ローマの休日』(53)の脚本を渡し、やがてハンターの名前がクレジットされて作品は完成し、何とアカデミー賞原案賞を受賞してしまいます。劇中ではトランボとハンターの両名がオスカー像を譲り合おうとする微笑ましい一幕が描かれていますが、この数年後にはハンターもブラックリスト入りされてしまいます。
 
その後、生活のためにBC級映画の脚本を偽名で書き続けるトランボですが、彼を雇うキング・ブラザーズ社のフランク・キングの「ゲージュツよりも金!」の一念が彼を救ったといっても過言ではない人生の皮肉。キングに扮するジョン・グッドマンの恰幅の良さが、ここでは最大限に長所として発揮されています。
(この時期にトランボが記したBC級映画も見てみたいものです)

やがてトランボがロバート・リッチの偽名で脚本を書いた『黒い牡牛』(56)で、またも彼はアカデミー賞を受賞してしまいますが、残念ながらこのときも授賞式に赴くことなどできませんでした。

実際、トランボに彼の名が刻まれたオスカー像が渡されるのは、『黒い牡牛』が75年、『ローマの休日』が93年のことでした。

そしてトランボの運命を変えるふたりの映画人、大スターのカーク・ダグラスと、オットー・プレミンジャー監督。ダグラスは自身が製作主演する『スパルタカス』(60)の脚本を、プレミンジャーは『栄光への脱出』(60)の脚本を、政治的圧力などものともせずに堂々とトランボに依頼します。このときの両者のキャラクターのユニークさは、そのまま映画の救いとして、それまでどん底にあったトランボに光を当てているかのようでもあります。

監督は『オースティン・パワーズ』シリーズ(97~02)や『ミート・ザ・ペアレンツ』シリーズ(00~02)などのコメディ作品群を経て、TVムービー『リカウント』(08)や『ゲームチェンジ 大統領選を駆け抜けた女』(12)など政治コメディ作品を好んで手掛けるようになったジェイ・ローチ。本作はそんな彼のキャリアが見事に花開いた快作として後世に伝えられていくことでしょう。

トランボに扮したブライアン・クランストンも、52歳で主演したTV『ブライキングバッド』(08)でブレイクした遅咲きの名優で、やはり苦難の道を歩んだトランボと心をシンクロさせながらの名演を示しています。

個人的にはトランボが反戦映画の名作『ジョニーは戦場へ行った』をいかにして齢60を越えて演出することになったのか? などのエピソードも見たかったものですが、そこまで描くとハリウッド赤狩りのモチーフが薄れてしまうとの判断ゆえでしょう。初公開当時、世界中の映画ファンの胸をつかんで今も離さない名作も、合わせてぜひ見ていただきたいものです。

10数年にもおよぶ苦難を乗り切り、不屈の闘志の映画人としてこれからも讃えられ続けるであろうダルトン・トランボは、今現在理不尽な運命にもがき苦しみ続ける人、もうこれ以上は生きていけないと嘆く人にこそ見ていただきたい作品です。必ずやなにがしかの勇気とスピリッツ、そして「もう少し頑張って生きてみようか」とでもいった希望を与えてくれることでしょう。

(文:増當竜也)

    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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