俳優・映画人コラム

REGULAR

2016年09月04日

大女優イザベル・ユペールの原点、ジャン=リュック・ゴダールが商業映画に回帰した2つの冒険作。

大女優イザベル・ユペールの原点、ジャン=リュック・ゴダールが商業映画に回帰した2つの冒険作。

今週末から東京で公開、全国順次ロードショーされる『アスファルト』。サミュエル・ベンシェトリ監督の久々の日本公開作である本作は、郊外の団地を舞台にしたヒューマンドラマだ。男女3組、6人の日常に突然訪れる、些細なドラマがユーモラスに描かれる。

アスファルト


(C)2015 La Camera Deluxe - Maje Productions - Single Man Productions - Jack Stern Productions -
Emotions Films UK - Movie Pictures - Film Factory


 そのうちの1組、少年シャルリが隣の部屋に越してきた元女優ジャンヌと心を通わせる物語はとくに魅力的だ。ジャンヌの部屋で古い映画を観たシャルリは、そこに映っている彼女の数十年前の演技を絶賛する。それをきっかけに、彼女はもう一度舞台に立つことを決意するのだ。

このジャンヌ・メイヤーを演じているのは、フランスが誇る大女優イザベル・ユペール。

劇中では、彼女の出世作であるクロード・ゴレッタの『レースを編む女』がモノクロ映像に加工されて登場するのだが、残念ながらその作品は現在日本では観ることができない。他に彼女のキャリア初期の代表作を語るとなれば、やはり80年代に世界的な評価を獲得することになった、クロード・シャブロルの作品が思い浮かぶだろうか。

個人的にはやはり、ジャン=リュック・ゴダールと組んだ2作品。彼女のキャリアに大きな変革をもたらしたであろう、ゴダールの意欲的な2作品を紹介しよう。

『勝手に逃げろ/人生』


勝手に逃げろ/人生 [DVD]



ヌーヴェルヴァーグの時代が終わり、商業映画と決別し、政治的な映像を求めたゴダールが、12年ぶりに商業映画に回帰した記念すべき一作。70年代にアンヌ=マリー・ミエヴィルと作り出した〝ソニマージュ〟の一端として、珍しくスローモーションを多用した実験的な映像表現が垣間見える、まさに実験映画と商業映画の間に立つ作品というわけだ。
(しかもレナート・ベルタとウィリアム・ルプシャンスキーがタッグを組んだキャメラと、ジャン=クロード・カリエールが参加した脚本が最高なのだ)

いくつかの章に分けられた物語は、ゴダールの作品の中でも明快で軽やかなほうだろう。ジャック・デュトロン演じるTVディレクターのポール、彼の元恋人のナタリー・バイ演じるドゥニーズ。そして、ポールが映画館で知り合う、イザベル・ユペール演じる娼婦のイザベルの3人が、スイスを舞台に出会いと別れに向き合う。もちろん、70年代にゴダール作品が追求していたように労働や家族問題といった、社会制度に抑圧される者たちを描くわけだが、映像表現以上にみずみずしい演出が、ヌーヴェルヴァーグの時代を想起させる。

駅のホームでポールに別れを告げるドゥニーズが、自転車でプラットホームを走っていく場面は、何だか不思議な魅力を持っている。会話をする二人の横を通過電車が駆け抜け、二人の髪が風で揺れる。電車が通り過ぎた後も、空虚な風が二人を包んでいるのだ。
ゴダール自身は、本作について「これが自分の二度目の処女作であると感じていた」と語っているように、まさに原点回帰の作品なのである。

『パッション』


パッション [DVD]



もう一本は、『勝手に逃げろ/人生』の次に撮られた本作。ここ数年で同じタイトルの作品が何本も登場したので、「『パッション』を観た」とだけ言われれば「どの?」と訊ねたくなってしまうが、「無修正版だよ」と返せば本作であることが容易にわかるだろう。そんなことはさておき、本作ではイゼベル・ユペールが主演を務め、共演にはファスビンダー映画でおなじみのハンナ・シグラ。二人は翌年のマルコ・フェレーリの『ピエラ 愛の遍歴』でも共演している。

レンブラントやゴヤの絵画を忠実に再現するビデオ映画の撮影隊は、監督ジェルジーのこだわりのせいで予算が超過し、製作中止が危惧されている。そんな中ジェルジーは、工場をクビになったイザベル(イザベル・ユペールが演じている。ほとんどの登場人物が実際の名前を継承しているのだ)と、彼女をクビにした工場主の妻で、宿泊先のホテルの女主人ハンナとの間で揺れる。
例えばフェリーニの『8 1/2』、トリュフォーの『映画に愛を込めて アメリカの夜』に代表されるような、映画制作現場の内幕物でもある本作。前者は監督者の内面に迫り、後者は映画製作に携わる人々の群像劇、そして本作は大筋では後者と共通しているが、そこにあるのは映画愛というよりも純粋に「労働」としての映画製作だろう。
『ウィークエンド』以来タッグとなるキャメラマン、ラウール・クタールのキャリア最高級とも呼べる完璧な映像。名画と同じ世界が、画面中に現れる衝撃と、そこに重なるクラシック音楽の劇伴。計算され尽くした映像と音の呼応が、映画の形を作るのである。

まとめ


紹介した2作の間に、マイケル・チミノの『天国の門』でアメリカに渡ったユペールは、そこから活動の場を広げ、世界的女優としての確たるキャリアを築いていったのだ。
今回の『アスファルト』では、イザベル・ユペール以外にも、80年代から活躍するイタリアのヴァレリア・ブルーニ・テデスキや、名バイプレーヤーとして活躍しているアルジェリア人女優のタサディット・マンディ、マンディの家に迷い込む宇宙飛行士役にはアメリカのマイケル・ピットなど、国際色豊かなキャストが好演を見せる。舞台となる団地の狭さを表現するために選ばれたスタンダードサイズの画面からは、笑いと感動に満ちたサプライズが、とめどなく溢れ出し、忘れがたい瞬間を形成している。

(文:久保田和馬)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!