映画ビジネスコラム

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2019年02月19日

SNSは映画興行を左右するか。2018年に得た結論は「YES」

SNSは映画興行を左右するか。2018年に得た結論は「YES」




日本映画製作者連盟(映連)から、毎年恒例の日本映画産業統計が発表されました。この統計を見ると2018年は、近年議論され続けてきた、SNSと映画興行の関係で一つの傾向が示された年だったのではないかと思います。

2018年の興行トピック


2018年の年間興行成績は、昨年比で97.3%。微減ではありますが、2000年代以降では歴代3位の記録なので、引き続き高水準を維持したというところでしょうか。

内訳は、邦画54.8%、洋画は45.2%と昨年とほぼ同水準。若干の邦高洋低の傾向が続いていますが、そもそも邦画の方が公開本数が多いことを考えると、そんなにバランスの悪い数字ではないでしょう。公開本数は1192本と昨年よりもさらに5本増えています。

映画館の年間興行収入は近年この水準でずっと推移しており、まあ成長産業ではないものの、衰退しているわけでもない、といったところでしょうか。Netflixなどの動画配信脅威論などもたくさん出ていますが、如実に数字にそれが反映されているかというとそうでもなく、日本の映画ファンは熱心に映画館に足を運んでいるのだなと思います。

さて、2018年の映画興行の大きなトピックは、やはりこの2本の予想を超える大ヒットだったのではないでしょうか。無名のワークショップ映画が異例の大ヒットとなった『カメラを止めるな!』とQUEEN(クイーン)の伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』の2本です。



© 2018 Twentieth Century Fox






(C)ENBUゼミナール



一般的な映画興行の傾向は、初週に一番稼いで、右肩下がりになるものですが、この2本は右肩上がりに興行成績を伸ばしました。その原動力となったのは、SNSに口コミの評判でしょう。twitterやfacebookなどのSNSが定着して以来、SNSは映画の売上に貢献するのかという議論は数多くされてきました。映画に限らずあらゆるジャンルのマーケティングの現場で、SNSの評判は当てにできるのか、できないのか議論されてきましたが、映画興行に関しては、2018年に一つの結論が出たと言っていいのではないでしょうか。

SNSは映画の売上を左右できる(あるいは左右してしまう)、と。

SNSなしではあり得なかった『カメラを止めるな!』の大ヒット


今さら説明するまでもないかもしれませんが、『カメラを止めるな!』の大ヒットはSNSがなければあり得なかったでしょう。



(C)ENBUゼミナール



ワークショップ映画として、ミニシアターで一週間限定の上映予定だったはずの作品が、その面白さが評判を読んで、再上映される運びとなり、そこからさらに口コミが「感染」、著名人の目にも止まり、ミニシアターでのロングランのみならず、シネコンにまで拡大公開が決定、SNSでの大評判からウェブメディア、マスメディアも取り上げ始め、最終的には30億円突破の大ヒットとなりました。

関係者総出で関連ツイートをリツイートしまくる宣伝姿勢、毎週必ずどこかの劇場で出演者が舞台挨拶するファンとの近さを作る努力も後押しして、好意的な言及が続出。それを目にした人々がどんどん映画を観に行き、さらに言及されるという理想的な好循環が生まれていました。

映画関連の様々なデータを提供しているGEM Stanndardによれば、2018年6月末にミニシアター2館で封切られた後、2018年7月下旬に拡大公開が発表されてから、『カメラを止めるな!』の興行収入は、認知度と共に右肩上がりで伸び続けています。

映画興行を左右するのは、かつてはテレビの番宣をどれだけ取れるかにかかっていると言われていた時代もあるのですが、テレビのメタデータを調査・分析しているエム・データによれば、『カメラを止めるな!』は公開前後2週間でのテレビ露出が公開日当日の1件だけだったそうです。その後、SNSでの評判がマスメディアにも飛び火することでテレビにも多く取り上げられることになりましたが。

『カメラを止めるな!』は、邦画の実写作品として唯一、Twitterトレンド大賞にもランクインしています。映画関連では、他に大杉漣さんと『名探偵コナン ゼロの執行人』が入っていますが、やはり宣伝費もほとんどなく、長くシリーズを積み重ねてファンがたくさんいたわけでもないこの映画がこれだけの多くの人に届いたのは、SNSなくしてあり得なかったでしょう。

邦画No1ヒット『コード・ブルー』はTVの力だけのヒットなのか


2018年、邦画のNo1ヒットとなった作品は『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』でした。



 ©2018「劇場版コード・ブルー –ドクターヘリ緊急救命-」製作委員会



この映画は、人気TVドラマの劇場版で、これが一位となるとやはりテレビの力は強いんじゃないか、口コミよりやはりテレビなんじゃないかという気もします。

ただ、『コード・ブルー』はSNS上でも非常に人気のあるドラマでした。2008年から続くシリーズで、長年応援しているファンがいて、2017年の新シリーズ放送時には、新しいファンも獲得しており、2017年の夏ドラマではSNS登録数1位「ザ・テレビジョン」が発表している「視聴熱」も放送時には4週連続トップを記録しています。「視聴熱」はTV番組に関するSNSでの言及やテレビジョン独自調査を集計したランキングですが、劇場版公開時にもトップを獲得するなど、映画公開時にもSNSで大きな盛り上がりを見せていたことが伺えます。

映画ファンの中には『コード・ブルー』はSNSで盛り上がっていないとする声もあったようですが、盛り上がっていないわけではなく、『カメラを止めるな!』などとは別のクラスタが観る作品のため、映画ファンのタイムラインでは話題に上らなかったという事でしょう。実際、公開日の『コード・ブルー』関連のツイート数は8万ツイートにも達していたようです(参照)

フジテレビのTVドラマの劇場版だと、近年では『信長協奏曲(ノブナガコンツェルト)』が興行収入46億円を記録していますが、ドラマの平均視聴率は2017年の『コード・ブルー』とあまり変わりません。しかし興行収入は『コード・ブルー』がほぼ2倍の差をつける結果となっています。世帯視聴率には現れない、根強い「熱」を持ったファンが数多くいて、それが興行収入に反映されたのでしょう。

11月公開の映画が年間トップの売上を記録『ボヘミアン・ラプソディ』の衝撃


洋画で2018年の興行収入トップを獲得したのは、クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』です。2018年唯一の100億円超えの作品となりましたが、本作の大ヒットもSNSでの人気が牽引したと言ってよいでしょう。



© 2018 Twentieth Century Fox



本作は、公開前の認知度はそれほど高くない作品でした。GEM Standardの調べによると、公開12週前の、映画ファン(年間1本以上映画を観る人)の中での認知度は12%、公開時には33%に上昇していますが、100スクリーン以上の規模で公開された洋画の公開週認知率の平均値は31%だそうですから、ごく平均的な認知度しか獲得していません。

テレビでの露出量はどうかと言うと、エム・データの調べによると、公開前後2週間でのテレビの露出量は、2018年の興行収入上位16位の中では『カメラを止めるな!』に次いで2番目に低い数だそうです。

『ボヘミアン・ラプソディ』も『カメラを止めるな!』同様、公開後右肩上がりに興行収入が増え続け、4週連続で前週を上回るという結果を出しています。異例なのはそれだけでなく、11月公開の映画が同年の興行収入トップに輝いた例は2000年代では初めてのことです(前の年の11月公開の作品がロングランヒットとなって翌年トップになった例はあります。『ハウルの動く城』や『ミッション・インポッシブル:ゴースト・プロトコル』がそれに当たります)。

ツイート数の推移に関しては、公開前の認知率の低さ同様に、公開前には少なかったものが、公開後に大きく伸ばしていて、アカデミー賞ノミネートにゴールデングローブ賞の受賞などのニュースも続いて、まだまだ盛り上がりが収まらない状態です(参照)

洋画の他のヒット作に関しては、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』の人気シリーズがヒットしているのは驚きはありませんが、『グレイテスト・ショーマン』の健闘は特筆すべきでしょう。



©2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.



本作はアメリカでも異例のロングランヒットとなっていますが、日本でも公開10週目でもベスト10居座る長い興行を展開しました。リピーターもかなり多かったようですが、SNSでの評判を聞きつけてあとから足を運ぶお客さんも多かったのでしょう。というか、日本人はいつの間にかミュージカル大好きになってる気がしますね。一昔前は、日本ではミュージカルはヒットしにくいと言われていた気がしますが。

漫画/アニメの実写化企画の苦戦にみるSNSのネガティブインパクト


ここまでは、SNSの口コミが興行にポジティブなインパクトを与えた例を見てきましたが、光があれば必ず影もあるように、SNSによって興行にネガティブなインパクトを受けてしまう作品もあるかもしれません。2018年に顕著だったのは、漫画やアニメの実写化企画の興行成績の鈍化です。

映画のヒットの基準である興行収入10億円超えを果たした実写化作品は、2015年は13本、2016年には11本ありました。これが2017年は8本に減り、2018年には、『銀魂2』『DESTINY 鎌倉ものがたり』『ちはやふる -結び-』『センセイ君主』『鋼の錬金術師』の5本とさらに減少しています。5本中、2本はすでに評価の固まった続編であることを考えると、かなり厳しい数字ではないでしょうか。

大作映画の『いぬやしき』は10億超えを果たせず、『坂道のアポロン』は290館で封切られたものの、初登場8位と厳しい数字でした。『曇天に笑う』にいたっては初週ベストテンにすら入っていません。夏休み興行の目玉の位置づけである7月20公開の『BLEACH』も10億超えを果たせていません。『鋼の錬金術師』も大掛かりな作品で、原作の知名度を考えると、11億円では成功とは言えないかもしれません。

漫画/アニメの実写化企画は、原作の知名度のおかげで、認知度自体ははじめから高い状態で興行に挑めるはずです。出版社とのタイアップで雑誌広告の出稿もやるでしょうし、テレビ局が製作委員会に入っていれば、テレビの露出も多いはず。事実『鋼の錬金術師』などは、出演者だけでなく、原作者の荒川弘さんもバラエティ番組に登場するなど、かなり力を入れて宣伝していように思います。公式サイトのメディア情報を確認してみるとかなりの数です。

少なくともこれらの実写化作品は、メディアの露出という点では、『ボヘミアン・ラプソディ』や『カメラを止めるな!』とは比べ物にならないほど多かったはずです。それがなぜこんな結果になったのでしょうか。

これは仮説に過ぎませんが、そこにもSNSの影響力があるのではないでしょうか。実写化企画は、アニメや漫画の原作ファンは長年に渡り、裏切られ続けたという思いがかなり蓄積してしまっており、企画が発表された段階でまずネガティブな反応を示されることが少なくありません。そしてそのまま、公開後もあまり良い印象を持たないままになってしまうことが多いように思います。少なくとも、原作ファンにとって、実写化映画は、公開前は期待よりも不安が先行してしまっているのが近年の傾向として確実にあるでしょう。

この不安がSNSで伝染し、興行にネガティブなインパクトを与えている可能性はやはりあるのではないでしょうか。原作の知名度と固定ファンを活かして興行を有利に伸ばしていきたいところを、原作モノの企画はネガティブなSNS反応によって、逆にハンデを背負った興行をしている可能性もあるかもしれません。

そのハンデを如実に感じさせたのは、『がっこうぐらし!』の苦戦です。いざ上映が始まると好印象のツイートもそれなりに出てきましたが、事前のネガティブなレピュテーションを払拭しきれていない印象を受けます。ただでさえ、実写化に難しい企画(というより宣伝展開しにくい企画)と言われていましたが、この作品の大きな魅力である、「あるネタバレ」を宣伝段階でしていたのは、原作ファンにとっても複雑な心境だったでしょう。

本作は、筆者も鑑賞しましたが、低予算ながら脚本がしっかりしており、原作のエッセンスをきっちり咀嚼して、表現手法の違う映像媒体へと上手く落とし込んでいる良作だと思いました。少なくとも、本編を観れば、原作ファンをないがしろにしているとは感じないでしょうが、宣伝展開の難しさも手伝ってか、ネガティブなインパクトを払拭しきれていないように思えます。

SNSが興行を左右する時代になって、実写化企画も曲がり角に来ているのかもしれません。2019年の実写化企画は、『翔んで埼玉』『キングダム』『アルキメデスの大戦』『東京喰種 トーキョーグール2(仮題)』などがありますが、これらの作品の興行成績がどうなるか、実写化企画にとって正念場ではないかと思います。

2019年の展望


2019年もおそらくSNSによって興行が左右される傾向は続くでしょう。それどころかますます顕著になっていくかもしれません。今年はどんなヒット作が生まれるのでしょうか。

筆者がSNSと興行収入の関係で注目しているのは2つのTVドラマの劇場版です。月9で放送され、視聴率は伸び悩んだもののSNS上では好評価だった『コンフィデンスマンJP』と、深夜ドラマながら大評判となった『おっさんずラブ』です。



©2019「コンフィデンスマンJP the movie」製作委員会 





ドラマ版写真


©テレビ朝日



特に『おっさんずラブ』はTwitterトレンド2018にも選ばれており、平均視聴率は4%と「土曜ナイトドラマ」の枠においても決して高くなく、そのかわりに見逃し配信視聴数はテレビ朝日史上最高を記録するなど、ネットがその人気を支えた作品です。「視聴熱」についてもウィークリーランキング5週連続トップを取るほどの人気でしたが、そのファンの熱が興行収入にどう結びつくのか、興味深いところです。

しかし、SNS発のヒットの醍醐味はやっぱり『カメラを止めるな!』のように、本当に知られていない作品に光が当たることだと思うので、そういった作品が今年も出てくることを期待しています。

なんにせよ、好きな作品についてSNSで発信することによってそれが作品のヒットの力になるということがわかってきたのですから、好きな映画について、臆せずどんどん発信すると良いでしょう。

(文:杉本穂高)

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