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映画コラム

REGULAR

2021年05月28日

『アメリカン・ユートピア』レビュー:「映画館で観るべき」傑作の理由

『アメリカン・ユートピア』レビュー:「映画館で観るべき」傑作の理由



2021年5月28日より、『アメリカン・ユートピア』が公開されます。

本作はブロードウェイのショーの映画化作品であり、米批評サイトRotten Tomatoesで98%の批評家支持率、IMDbで8.3点の超高評価を記録した話題作です。結論から申し上げれば、この上ない多幸感に包まれる、しかも予備知識を全く必要としない、「映画館で観るべき」傑作でした。どのような魅力と特徴があるのか、紹介しましょう。

この映画で語られる「物語」は、こんなところから始まります。ミュージシャンのデイヴィッド・バーンが、プラスチックで作られた脳をステージに持ち込み、「人間の脳の神経細胞のつながりは成長と共に衰える」という研究結果を語り始めるのです。

正直に申し上げると、この時点では「ヤバいセミナーに紛れ込んでしまったみたいだ」と思っていましました。しかも、予告編やポスターを見てわかるように、舞台のセットは極限なまでにシンプルで、演者たちはグレーの揃いのスーツに裸足という奇抜なスタイル。良くも悪くも困惑してしまう、不安でいっぱいの幕開けだったのです。



しかし、いざパフォーマンスが始まると、そんな不安はどこへやら。耳に残るメロディアスな楽曲の数々、ステージを縦横無尽に駆け回る演者たちの躍動、マーチングバンドのような一体感、何より絶え間なく続く「熱量」に圧倒されます。さらに、コミュニケーション、選挙の重要性、人種問題などさまざまな事象も語られており、現代に生きている人々であれば「当事者」として、作り手の真摯なメッセージを受け取ることができるのです。さらに、演者それぞれはルーツが多様性に富んでおり、彼ら彼女ら1人1人が「主役」と言えるほどの存在感を放っていました。

前述した冒頭の「人間の脳の神経細胞のつながりは成長と共に衰える」という言及は、「人間はどんどん愚かになっていくのだろうか?」「いや、大人も誰かとつながり、正しい道を選ぶことができるはずだ」という問題提起および希望のメッセージへとつながっているようでした。それを御歳69歳(劇中の公演時は67歳)のデイヴィッド・バーン、そして国際色豊かな演者たちが全身全霊で体現しているのですから、それはもう大感動してしまうのです。



画面がほぼステージ上から動くことがない、もはや「映画」というカテゴリーに属してもいいのかもわからないコンセプトでありながら、107分という上映時間でも全く飽きることはない、ずっと見てみたい、と思えるのは驚異的です。その興奮と面白さを、言語化するのは不可能。「とにかく、観てみたらわかる」としか言いようがありません

今回の映画化を手がけたのはスパイク・リー。些細な口論がきっかけの騒動を描いた『ドゥ・ザ・ライト・シング』、黒人解放運動の指導者の生涯を追った『マルコムX』、黒人刑事が白人至上主義団体に潜入捜査した実話を描いた『ブラック・クランズマン』など、スパイク・リーはアメリカ社会の歴史、特に人種差別の問題を描いてきました。その作家性は、アメリカのみならず世界の問題を訴え、希望を謳いあげる『アメリカン・ユートピア』の精神性と完全に一致していたと言えるでしょう。カメラワークや編集もダイナミックかつ細かく調整されており、メリハリのある映像として存分に楽しめる、「映画化」の工夫も存分にされていました。



なお、『アメリカン・ユートピア』の元々の公演は2019年10月から2020年2月まで行われており、劇中でも新型コロナウイルスの感染拡大の前だからこその、大勢の観客がステージの目の前で見ている光景が映し出されています。このことについて、デイヴィッド・バーンは「観客たちがそこにいることがすごく重要だった。何か通じ合うものがあった」と答え、スパイク・リー監督も「観客と舞台の人々の間に何かが生まれた。魔法のような感覚があった」と賛同していたそうです。

残念ながら、そうした「観客と出演者たちの親密な雰囲気」は、コロナ禍がまだまだ続く今では失われてしまった、または元通りの実現が難しいものになってしまいました。しかし、映画館で本作を観れば、その「一体感」を含め擬似的に体験できるのです。音響が優れている環境ということだけでない、「映画館という場所の意義」を再確認できる作品でした。ぜひ、お近くで観られる方は、一生に一度の至福の体験のために、劇場へ駆けつけてください。

(文:ヒナタカ)

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