映画コラム

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2021年12月30日

『明け方の若者たち』、映像化された“カツセワールド“に思ったコト

『明け方の若者たち』、映像化された“カツセワールド“に思ったコト




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「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」


映画『明け方の若者たち』に登場する、心なしか胸高鳴る、挑発的で挑戦的なこの16文字。

「これは私の・僕の物語なのかもしれない」と錯覚してしまうほどにリアリティのあるストーリーを生み出したのは、アルファツイッタラーでありウェブライターのカツセマサヒコ。原作「明け方の若者たち」は、彼の長編小説デビュー作でもある。

2020年6月に単行本が発売され、2021年2月には映画化が決定。カツセファンの一人として、公開を待ちわびていた。

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誰かにとっての忘れられない元カレ的存在・カツセマサヒコ


Twitterやエッセイなどで妙に共感力の高い言葉を紡ぎ出し、“タイムラインの王子様”とも呼ばれるカツセマサヒコ。独特で嫌味のないこじらせ文章に、なぜか深く共鳴したり、クスッとしたり、心にチクッときたり。

カツセマサヒコは例えるなら、復縁することはないけど一生忘れることはない元カレ的存在。好きとか嫌いとかそういう次元を越えていて、ついつい気になって彼の世界を覗き込んでしまう、ある種厄介な存在でもある。……こういうのを"恋"って言うんですよね、わかってます。

映画『明け方の若者たち』だけで、満足しないでほしい



めちゃめちゃ偉そうな感じが出てしまい恐縮なのだが、映画『明け方の若者たち』を語るうえで1つだけ言わせてほしいことがある。

北村匠海をはじめとしたキャスティングや、”カツセマサヒコ”というブランド、「なんかエモそうな恋愛もの」という話題性につられて、映画『明け方の若者たち』だけを楽しむなんてもってのほか、ということ。

文字で表現すること”に思い入れのあるカツセマサヒコの作品だからこそ、必ず原作「明け方の若者たち」も読んでほしい。

そんな私が感じた、本作品の原作と映画の対比を3つ紹介していく。

1.台詞、音楽、場所……サブカル心くすぐる"ほぼ脚色ゼロな脚色”



原作→映画において討論のネタになりがちな”脚色問題”。
映画『明け方の若者たち』は、台詞、音楽、場所などを通して総合120点な脚色だった。

映画で使われていた台詞は、原作での台詞とほぼ一言一句同じだった。原作がそのままプロットになったかのような高い再現度。原作通りに違和感なく進んでいく映像に、思わずどんどん感情移入した。

そんな中、最上級に気持ちが高揚したのは、<僕>と<彼女>が初めて一夜を共に過ごした翌朝に部屋に鳴り響くアラームソング・KIRINJIの「エイリアンズ」。
原作でも3つ目のエピソードタイトルに「明け方のエイリアンズ」と名付けられているほどには楽曲への重要さが感じられるこのシーン。文字としての表現だけでも強く印象に残っていたこの描写が、映像となって実際に"音"として流れてきたときの胸の高鳴りは尋常じゃなかった。

なお、主題歌であり本作品のために書き下ろされたというマカロニえんぴつの「ハッピーエンドへの期待は」は、『明け方の若者たち』を楽曲化したと言っても過言ではない一曲。



もともと、劇中歌としても登場しているマカロニえんぴつの「ヤングアダルト」を小説全体から連想される曲として挙げていたカツセマサヒコにとって、このタッグはこの上ない幸せだろう。

台詞、音楽に続いて心を揺さぶられたのは、明大前の沖縄料理屋やクジラ公園、下北沢のヴィレッジヴァンガード、高円寺の飲み屋街など本作品を象徴とする場所たち。
音楽同様、文字として描かれていた実在する場所が映像として映し出されることで、作品への親しみがより一層増すこととなる。

ちなみに、原作と映画とで場所が異なっていた部分もあった。
初デートとなる下北沢にて、原作では本多劇場での演劇鑑賞からのサイゼリヤ飲みだったところが、映画ではスズナリでの演劇鑑賞からの王将飲みに変わっていた。原作のままでも充分ではあるが、よりサブカル感を醸し出すにあたりこれは非常にいい変化だった。

全体を通しての原作→映画における違いで言うと、原作「明け方の若者たち」で中心となる"恋愛"と"仕事"のバランスが圧倒的に"恋愛"に寄っていたことくらいだろうか。

ベッドシーンが比較的濃厚に描かれているあたりは余白として残しておいてもよかったのではと感じたりもしたが、原作がそのまま映像化されたような"ほぼ脚色ゼロな脚色”が、功を奏したように思う。

2.映像化することでより浮き彫りになる<僕>と<彼女>の弱さ



本作品の中心人物となる<僕>と<彼女>。

<僕>に共感し涙する人、<彼女>の大胆不敵さに憧れる人、<僕>の決意が理解できない人、<彼女>の自分勝手さに怒りを覚える人…共感だけでなく反感を覚える人も少なからずいるだろう。

<僕>と<彼女>、2人とも正気じゃないことだけは明白。でも、そうならざるを得ない理由がある。
<僕>は人を本気で好きになってしまったことで生まれる”弱さ”、<彼女>は回避できない寂しさに耐えられない”弱さ”、当人にしかわからないそれぞれの”弱さ”を抱えているのだ。

注目してほしいのは、”どちらかが決して嘘をついたりはしていない”ということ。あくまでもお互いを受け入れた上で関係に発展している。
まさに需要と供給がマッチしているわけだが、これは消費期限があることが前提となっている関係。終わりがあるとわかっている恋ほど盛り上がり、あとを引いてしまうのはなぜなのか。



そしてこの心情は、原作と映画のどちらか一方を体感するだけでは理解には及ばない。
北村匠海演じる<僕>の感情が爆発するシャワールームでの錯乱や、黒島結菜演じる<彼女>が<僕>に決して「好き」と言わない闇など、文字だけでも切なさがダダ漏れているシーンが映像化されることで、それぞれの苦しみがより浮き彫りになっているのだ。

“弱さ”の表現が文字から映像へと移りゆく変遷を、ぜひその目で確かめてみてほしい。

3.<彼女>演じる黒島結菜の高い再現力



北村匠海演じる<僕>の相手役、すなわちヒロインである<彼女>を演じる黒島結菜。
来春放送予定の朝ドラ「ちむどんどん」でもヒロインに抜擢されている、2022年注目必至の女優だ。

原作での<彼女>のイメージは、いわゆる”あざとかわいい系女子”な印象があった。なんせあんな16文字を送っちゃうくらいなのだから。

対して黒島結菜は、キリッとした凛々しい顔立ちに黒髪ワンレンショートという、どちらかというと”サバサバ同性モテ系女子”な印象。
このことから、内心意外なキャスティングだなと思っていたが、実際、そんなことはなかった。

黒島結菜が<彼女>に憑依した瞬間、スクリーンの中で生きる黒島結菜は原作通りの<彼女>だったのだ。



<彼女>は、少女のような天真爛漫さに反して、本心が見えにくい謎に包まれたミステリアスさも持つ。映像化とともにこの対比が鮮明になるのだが、ここで黒島結菜のキャラクターが活きてくる。

原作の印象通りの<彼女>……例えば、山下美月や福原遥あたりだと、後にわかる<彼女>の”秘密”をまとうには少し幼すぎる。実写化され、人物の印象がひと目で伝わるからこそハマる”黒島結菜”なのだ。

2022年1月8日よりAmazon Prime Videoにて配信されるアナザーストーリー『ある夜、彼女は明け方を想う』では、黒島結菜演じる<彼女>の知られざる“秘密”が描かれているとのこと。映画『明け方の若者たち』とはまた異なる<彼女>の姿を覗き見することができるかもしれない。



2022年、さらなる飛躍が期待される黒島結菜の魅力を、この作品をキッカケにぜひ知ってもらいたい。

忠実に映像化された”カツセワールド”に乾杯



映画『明け方の若者たち』を観て、なによりも嬉しかったことがある。

それは、原作「明け方の若者たち」を読んで脳内に広がっていた映像と、映画『明け方の若者たち』が、見事にイコールだったこと。

本作品を語る上で欠かせない“カツセワールド”が、忠実に映像化されていたのだ。

だからこそ、<僕>の沼のような5年間と自身の出来事を重ね合わせてしまわないよう、要注意。
あなたの過去、もしくは現在進行形の沼を加速させる映画とならないことを、陰ながら祈ります。

(文:桐本絵梨花)

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(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

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