映画コラム

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2022年01月23日

『さがす』冒頭1分で正座して一礼したくなる、とてつもない傑作

『さがす』冒頭1分で正座して一礼したくなる、とてつもない傑作



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冒頭、佐藤二朗が金槌のようなものを持ち、素振りとも、踊りともつかぬ運動をしている。このショットを目撃した時点で、まさか居住まいを正さない者はいないだろう。筆者はオンライン試写で観た際、ガチで椅子の上に正座して一礼した。たった1分にも満たぬシーンだが、本作がとてつもない傑作であることを約束してみせる。

韓国映画のペン(ファン)であれば、『母なる証明』の冒頭で、草むらを歩いていたキム・ヘジャが劇伴にあわせて突如、奇妙だが美しいダンスを始めたシーンを想起するかもしれない。上記、たった1分にも満たぬシーンはそれに匹敵する。本作が韓国映画の傑作と並べ置いても、なんら遜色がないことを証明してみせる。

結論から言えば、『さがす』は滅法面白いエンターテイメント映画でありつつも、かたやケン・ローチの100倍付けくらい(舞台が日本だからリアルなので)貧困や社会問題への切込みや描写がエグい。前作『岬の兄妹』よりはライトなものの、人によっては相当「もらってしまう」ので念の為注意喚起しておく。とくに希死念慮がある方や、自殺に関して何らかの心的外傷を持っている方は慎重になったほうが良いかもしれない。



さて、ポン・ジュノはもとよりデヴィッド・フィンチャー、クエンティン・タランティーノ、マーティン・スコセッシなど、さまざまな監督を召喚しながらも、まさしく片山慎三の作品であるとしか言えない仕上がりになっていて、シネフィルはさらにあらゆる映画作家・作品を紐付けられるだろう。その紐付けは、そのまま映画の歴史のなかに片山慎三という映画作家と、『さがす』が組み込まれたことを意味する。

正直、上記だけで本評を終了してもいい。例え当該シーンは佐藤二朗が小道具の重みを確認しているのを隠し撮りしたものを使用していても(実際したそうだが)、それすら本作のテーマ性と完璧に合致して……とこれ以上はネタバレになるので書けない。



ネタバレといえば、本作は配給側より箝口令が敷かれており、公開1週間前までは劇中で提示される「ある」事実のネタバレが禁じられていた。だが、あまりにクリティカルなので公開後の今も書けるわけがない。「できるだけ前情報を仕入れずに観てほしい」というのは、映画館のトイレはおろかSNSでネタバレの爆撃に遭う現在において牧歌的に過ぎるが、本作のネタバレは観る前に『シックス・センス』の結末を知ってしまうのと同等のオッズで面白みが半減してしまう。ひょっとすると半減どころではないかもしれない。

なので今から無理を承知で、苦り切った顔でタイプするが、なるべく「何も知らない」状態で映画を観てほしい。本評でも極力ネタバレを避け、『さがす』という惑星の周囲をぐるぐると旋回する人工衛星のように観測していく。

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いきなり珍味だが、まずは誰がポスターをデザインしたのかを「さがす」



映画を鑑賞する前に、まず目にするのは宣伝用の予告編、またはポスターだろう。

『さがす』のポスターは韓国のデザイン会社「Propaganda」が制作している。韓国内では『The Witch/魔女』や『はちどり』、有名所では『愛の不時着』なども手掛けており、海外では『君の名前で僕を呼んで』などの韓国興行用ポスターも同社の仕事だ。本作においては、公式サイトで6種類のポスターを閲覧できる。

筆者はライターの他にグラフィックデザイナーを生業にしているので、少々デザインに関してテクニカルな面に触れてみると、韓国映画のポスターは(筆者が観測した範囲のなかでは)「写真一枚にタイトルデカめ、文字要素は控えめ」といったテイストのデザインが多い。

要はシンプルでヌケが良く、身も蓋もないことを書いてしまえば日本で主流の「役者いっぱい、タイトルに加えてサブタイトル、文字要素多め」の正反対である。

これは別に「日本のデザイナーがダサい」と言っているわけではない。デザイナーは天才はおろかアーティスト、クリエイターですらなく「問題を解決する職人」である。バックヤードを指摘してしまえば、日韓でデザインセンスや技術の違いはそれほどない。だが、デザイナー(プロフェッショナル)の意向は韓国のほうがより反映されている、程度のことだろう。ああ羨ましい。



ざっくりとした印象はこのくらいにしておいて、デザインの中で目を引くのが「さがす」のタイトルだ。ソリッドで切文字のようなロゴタイプになっている。「す」の払いが特徴的で、特に払う前に直線を入れるのは、あまり日本では見ない。

切文字は要素をひとつひとつ分解できるので、韓国人がデザインしたとすればこの方法は大成功だと思う。我々がハングルを記号のように感じるのと同じで、向こうさんも日本語を記号のように捉えているからだ。日本人であれば「さがす」だが、非日本語圏の人たちから見れば「さ」と「が」と「す」の3つの記号である。日本語フォントの扱いに不慣れな点を考えても、やはりこのテイストにしたのは賢い選択だろう。

日本語フォントに不慣れと書いたが、これは字詰めにも通じる。「お父ちゃんはどこや。殺したんか?」との台詞が入っているポスターでは「?」の級数や位置に違和感がある。また「消えた父を」の「消え」と「た」が離れすぎている。

ただ、妙に字詰めができている箇所もあり、クレジットなどは特に不自然さを感じない。要はシンプルで良いデザインなのだが、文字周りの処理を含め、タイトルを透過させる、させない、テクスチャを貼るといった違いもあり、どこか一貫性を感じない部分がある。



ここで「これ、完全に100%韓国サイド制作なのか」と、ひとつの疑問が立ち上がる。この解答に関しては、いくつかの予想ができる。

1.すべて韓国サイドが制作している。
2.クレジット以外のタイトルロゴとビジュアル、文字入れは韓国サイドが担当している。
3.タイトルロゴとビジュアルのみ韓国サイドが担当している。
4.タイトルロゴのみ韓国サイドが担当している。

文字詰めの甘さから見ると、3と4は除外できる。1に関してはポスター制作時では公開日が決まっていない可能性が高いので、1月21日(金)公開と書かれている箇所は後入れのはずだ。もっとも、後から公開日を入れるスペースを設けておく方法もある。

が、本命は2だろう。しかし卓球台の写真を使ったポスターは100%韓国側で制作したとも考えられるので、2.5として、「100%韓国制作もあるが、後々に何らかの手を日本サイドで加えた」に単勝一点賭けをしたい。

と、ここまで書いてきて「全部韓国でしたー」と言われたら少々気まずいが、別に恥ずかしくはない。「誰が、何をやったのか(あるいは、しているのか)」は、本作を駆動させるガソリンでもあるからだ。と、一応言い訳しておく。



さーらーにー。今、パンフレットにPropagandaのインタビューが載っているとの情報を見てしまった。締切の都合上パンフレットを参照できないし、よくよく考えたらプレスキットも手元にない。つっても徒手空拳での予想も楽しいものだし、まったく違った答えだとしても、屋台崩しが派手になったと言えば何とかなる気がしてきたので撤回はしない。

とにかく、総じてヌケのある、韓国マナーに沿った良ポスターだと思うし、後述する韓国映画との類似点においても、ポスターを韓国制作したという事実は重要であろう。

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(C)2022「さがす」製作委員会

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