『ZAPPA』ギターはマシンガンより軽く、音楽は銃弾よりも速く我々を貫く
ザッパの闘争、音楽による戦争の駆動
ザッパは一発の弾丸も、ドラッグすらも用いず、言葉と音楽のみで闘争を続けた。それが最も顕著なのは「Parental Advisory」の件だろう。本作でも比較的長い尺で触れられている。
過激な歌詞が含まれていることを警告する「Parental Advisory」のステッカーだが、この検閲に対してザッパは孤軍奮闘ともいえる闘争を「正式な場(上院議会が開催する公聴会)」で行っている。会にはディー・スナイダーやジョン・デンバーも参加していたが、多くのミュージシャンは傍観の構えをとっていた。
ザッパは彼らに対しても「言わない権利がある」と擁護してみせる(ただ煽っているだけかもしれないが、少なくとも筆者には、額面通りの「言わない権利がある」と感じられた)。
このエピソードだけでも「孤高のミュージシャンで周りのことはお構いなし、我が道と独自の音楽を作り続けるフランク・ザッパ」みたいなイメージが覆されるはずだ。今の日本であれば「この歌詞は◯◯を蔑視している」と国会で議論になり、代表として山塚アイがユンボに搭乗して登場するようなものであると書いたが、これはちょっと違うかもしれない。
それはさておき、ザッパは自分の(あるいは、音楽家全員かもしれない)音楽を、権利を守るために言葉を用いて闘争を続けた。もし彼が権利のために立ち上がらなかったら、ひょっとしたら米国の音楽シーンは、今とは少し違ったものになっていたかもしれない。もちろん、異なる世界線のシーンは地獄のようであろう。
結果として、彼は自分の音楽と権利を外敵から守りきった。これは戦争状態ではなく、外交的解決と言える。
アメリカは第二次世界大戦中に「Vディスク」なるレコードを作成していた。グレン・ミラー、カウント・ベイシー、ビリー・ホリデイ、デューク・エリントンなど、スウィングやジャズ、ブラックミュージックに至るまで、様々な楽曲がパッケージされていて、レコードは蓄音機とともにパラシュートで戦地に投下された。
米兵たちはビニライトから出る音楽を聴き、スウィングの力で戦争を駆動させた。音楽の力を利用して人殺しをさせていたようなアメリカが、「この歌詞は危険だ」と検閲するなど、どの口で言えたのだろうか。ザッパの検閲に対する闘争は、アメリカへの強烈な皮肉でもあるように思えてならない。
我々は、あらゆる闘争を停止し、話し合うべきだ。話し合うべきは敵とではない
我々は日々、何らかの闘争を止められないでいる。SNSを見れば一目瞭然で、皆が皆、誰も勝者になれない(原理的に負け続ける)闘争を続けている。そのほとんどは、何らかの誤解から発生している。
あれだけ語るべき言葉をもち、奏でるべき音楽を作り続けたザッパですら誤解されるのだから、一般人の我々など誤解されまくるに決まっている。誤解を解こうと躍起になればさらに誤解され、自分も相手を誤解する。
その誤解を少しでも解くには、自分は相手を誤解していると理解し、一時的にあらゆる闘争を停止するしかない。そして、話し合うべきだ。その相手は敵対している人ではないし、そんな暇はない。
話し合うのは両親や兄弟、友達や恋人、もしくは、ちょっと良いなと思っている相手がいいだろう。必ずお互い誤解をしているはずだ。もちろん、全ての誤解を解くのは不可能だ。けれど、少しでも解けたなら我々の世界は大きく変わる。そして、そこには音楽が鳴っていたらもっと良い。
正直、あまり時事ネタを映画に紐付けて「今観られるべき作品である」と綺麗な紙でラッピングするのは好きではないのだが、『ZAPPA』は間違いなく今、観られるべき作品であるし、多くの人が「誤解」について考えるきっかけになるだろう。
少なくとも、日本の公開時期は運命的で、誤解を恐れずに言えば、幸福な機会であると思う。「誤解を恐れずに」と言う人が誤解を恐れていなかった試しはないのだが。
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(文:加藤広大)
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