『劇場版ラジエーションハウス』窪田正孝演じる五十嵐唯織が壊す“壁”



4月29日、待ちに待った『劇場版ラジエーションハウス』が公開になった。

ドラマのシーズン1・シーズン2とも「ここに1つの~がある」というナレーションで始まるのがお決まりだったこの作品。劇場版でのテーマは「壁」だ。

劇場版では、登場人物それぞれが「壁」を壊し、乗りこえていく様子が描かれている。今回は、窪田正孝演じる五十嵐唯織に注目し、劇中で壊したものに焦点を当てていきたい。

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災害研修で見せつけた、「教科書どおりの医療」の壁



天才放射線技師・五十嵐の頭の中にはきっと、教科書通りに行えばいい医療なんて存在していない。

映画の冒頭では、複数の病院から集められた放射線技師たちが、放射線技師会の会長である及川貴史(高橋克実)による災害研修を受ける。

そこで及川は「心肺停止状態の男性患者と、歩行不能の女性患者、どちらを先に治療すべきか」とトリアージについて問う。答えは「心肺停止では救命できないので、歩行不能の患者が優先」と、自信満々に教示するのだ。

そこに、遅刻して登場した五十嵐は問う。
「場所は、ここですか?季節は?温度は?」

実際の災害では、その時の状況によって総合的に判断しなければならないもの。だから、与えられた患者の症状だけでトリアージするのは難しいと答えるのだ。この解答に、会場中の技師たちから納得の声が上がっていた。

教える立場であった会長・及川にとっては面目をつぶされるようなやりとりであるが、このように「あらゆる状況から総合的に判断し、最善の方法を見つけ出す」という方法こそが、五十嵐の基本スタイルだ。

「教科書通りの医療」の壁なんて秒で破壊し、既存の方法にはとらわれずにその患者にとってベストの治療を提案する。

短いやりとりであるが、五十嵐の基本スタンスがぎゅっと詰まっているシーンだ。

受け入れがたい、「助けられない命」との壁



思いがけない方法でたくさんの命を救ってきた五十嵐だが、劇場版では“助けられない命”とも対峙する。

若月佑美が演じる妊娠中の高橋夏希は、赤ちゃんの検診に向かう途中で自動車同士の事故に遭う。お腹の子は何とか無事だったが、夏希はもう意識が戻る見込みはなく、いつ急変して息を引き取ってもおかしくない状態。亡くなる前に、手術しておなかの子だけでも救わなければ……。

妻・夏希が亡くなることを受け入れられず、原因となった事故の相手や治療をしてくれない病院関係者に敵意を向けるのが、夫の高橋圭介(山崎育三郎)。思い詰めるあまり、病院内で立てこもり事件まで起こしてしまう。



そんな圭介に五十嵐は、夏希の脳の動きを見ながら話しかけてみることを提案する。話はできないけれど、まだ声は夏希さんに届くかもしれないから、と。

妻の死を受け入れられない気持ちを怒りに変えて周囲にぶつけることしかできなかった圭介の思いは、映画館で観ていても苦しくなるほど。妻に直接語りかけたことで考えが変わり、遺される自分がしなければならないことを自覚し前に進む決意をする姿に、涙が止まらなくなってしまう。

この先二度と会えなくなってしまう人と、命がある今だからできることを提案できる五十嵐の柔軟さはさすがである。命に関わる判断をしなければならないこともある医療現場だからこそ、もう「助けられない命」との壁を優しく壊し、つないだ五十嵐の行動は、生涯圭介を救うはずだ。

優先すべきは甘春病院か美澄島か、「常識」の壁



先のトリアージの話とも重なるのが、原因不明の感染症拡大の恐れがある島へ病院スタッフを派遣すべきかどうかの決断だ。

五十嵐が小学生の頃からずっと片想いし続けている甘春杏(本田翼)が、原因不明の感染症が広まりつつある美澄島で患者328名を診なければならない状況に追い込まれる。医療従事者はたった1人。設備は旧式だし、物資も十分ではない。

そこで「医師の派遣はできない」と切り捨てるのが、経営第一の考えをもつ院長・灰島将人(髙嶋政宏)。この状況で医師を派遣しないなんて!と、鑑賞している側としては人でなしのように思えてしまう。

しかし、病院スタッフを危険にさらすわけにはいかない・もしスタッフにも感染すれば患者にも迷惑をかけてしまうなど、責任ある立場だからこその判断である。



そこで、「今すぐ美澄島へ行かせてください」と真っ先に申し出るのが五十嵐だ。
たくさんの人が謎の病で苦しんでいる。それに対処しようと、愛しの杏ちゃんが1人で頑張っている。それだけで、五十嵐が行動を起こすには十分すぎるのだ。

「どうしても行くならこの病院を辞めてから行け」という院長の言葉に迷いなく「お世話になりました」と名札を置いて出ていく五十嵐の姿を、ぜひ杏ちゃんに見せてあげたい

この後、他の放射線技師たちの行動も見た灰島院長は、島への医師の派遣を決意する。五十嵐とは対極にある存在として描かれている彼が、技師たちの行動で既存のルールや常識をくつがえすような判断をしたのはグッとくるものがある。

やっと壊せた、20年に渡る「片想い」の壁



劇場版でもたくさんの「壁」を壊していく五十嵐が、唯一壊せないのが恋の壁だった。

医療に関してはみんなから一目置かれる五十嵐だが、恋愛面はまったくダメ。
小学生の頃「どんな病気も見つけられるお医者さんになる」といった杏ちゃんを支えるため、「どんな病気も映し出す世界一のカメラマンになる」という夢を実現するために生きてきた。

より専門性を高めるべく医師免許まで取得しつつ技師として一緒に働く関係になったのに、小学生の無垢な片想いのまま進展しない様子をじれったく思いながら見守ってきた。



劇場版では、五十嵐の恋を、“チーム・ラジハ”の面々が全力サポート

「あと72時間で杏ちゃんがワシントン医大に行っちゃう」とうじうじしているのを、病院から手助けをしてレントゲン写真を撮る作業を通じて「離れていてもサポートはできる」と全スタッフで証明する。

別れが迫ってもなかなか気持ちが伝えられない様子を見て、彼に憧れている広瀬裕乃(広瀬アリス)が失恋覚悟で思いを伝え、きっかけをつくる。

周囲に温かく見守られながら、恋に不器用な2人が壁を壊した先にどんな形を選ぶのかは、ぜひ自身で確かめていただきたい。

五十嵐唯織のすべては杏ちゃんのため。結果、たくさんの「壁」を壊していた



初恋の相手との約束とはいえ、人生全部かけて守ってくれる人なんてそうそういないだろう。
「世界一の医師になる」という杏ちゃんを支えるために突き進んできた五十嵐は、医療の世界では非常識とされるような単独行動をたくさんくり返しながら、いつのまにか仲間を増やし、チームをつくり、必要とされ、愛される存在になっていた。

メンバー1人ひとりの考え方を変え、互いに補い合いながら働く関係となったのは、窪田正孝演じる主人公・五十嵐唯織がいたからだ。いつもぶれない軸をもって最善を尽くして仕事に取り組む一方で、恋愛事にはポンコツすぎる愛おしい五十嵐をドラマ版から演じきってくれた窪田正孝には、全力で感謝の拍手を贈りたい。

劇場版では五十嵐以外の登場人物たちがさまざまな「壁」を壊す様子も多数描かれている。

本作は、高い撮影技術と天才的な診断力をもつ五十嵐の掟破りな働き方に翻弄されつつも、医療従事者として目の前の患者さんに真摯に向き合う姿がともに働く仲間の心の壁を壊し、1人ずつ変化させてきたからこそできた映画に違いない。

“チーム・ラジハ”がどんどん壁を壊していく様を、ぜひ劇場で見届けてほしい。

(文:荒川ゆうこ)

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