映画コラム

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2022年12月27日

極私的2022年ベスト映画賞10部門:ネタバレすると圧倒的に『TITANE チタン』

極私的2022年ベスト映画賞10部門:ネタバレすると圧倒的に『TITANE チタン』


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今や知らんオッサンの年間映画ベストなんぞ読んでもしょうもない気もするが、自分が大好きな作品を紹介して他人に「あれ、面白かったね」と言われるのは結構嬉しいし、何より原稿料が貰えるので正月の餅が買える。三ヶ日に餅を焼きながら「ああ、CINEMAS+様いつもありがとうございます」と噛みしめる磯辺焼きの味は格別だし、日本酒を注いた猪口の底を眺めながら「ああ、CINEMAS+様毎度お世話になっております」と香りを嗅ぐのも最高だ。

編集部への忖度はこのくらいにしておいて、2022年も素晴らしい映画との出会いがたくさんあった。『トップガン マーヴェリック』では開始2分で号泣し『OLD DAYS』では日本映画の底力に心底感動し、『呪詛』を観すぎて帯状疱疹になったのも今ではいい思い出……なわけないだろう死ぬかと思った。

とにかくそれなりの本数を観たうえで、年間の総括としてベスト10ではなく、アカデミー賞方式で各賞を勝手に授与していきたい。用意した賞は以下。

  • 監督賞
  • 脚本賞
  • 主演男優賞
  • 主演女優賞
  • ベストデザイン賞
  • 撮影賞
  • ベストエンジン音賞
  • ベストSATSUGAI賞
  • メイクアップ&ヘアスタイリング賞
  • 選曲賞
(※あくまでも筆者個人の見解です)

まずは監督賞から発表していく。コーヒーでも片手に年末の暇つぶしとしてお楽しみください。

【監督賞】ジュリア・デュクルノー



いきなりのメインどころである「監督賞」は、『TITANE チタン』ジュリア・デュクルノーが受賞した。パルムドールも受賞した本作は、クローネンバーグ産ボディホラー、鉄男もかくやといった顔付きで、果ては神話まで提示してみせるとんでもない快作だった。

また、最近の映画が忘れてしまったような、言い換えればレオス・カラックスを初めて鑑賞したときのような新鮮な驚きに満ち溢れ「映画にしかできない」「映画だからこそできる」ことが詰め込まれている。

前作『RAW 〜少女のめざめ〜』も相当アレだったが、改めて「フランス人は頭おかしい(褒め言葉です)」と思わせてくれた点が大いに評価されたのか、満場一致での戴冠となった。

【脚本賞】ジュリア・デュクルノー

脚本賞は意外にも『TITANE チタン』ジュリア・デュクルノーが2位に圧倒的な得票数をつけて受賞した。IMDbによれば、本作の脚本はジュリア・デュクルノーほか4名のライティングコンサルタントが起用されている。

クローネンバーグ、鉄男、レザーフェイスを壺に入れて2〜3ヶ月コトコト煮込んだような雰囲気を醸しながらも、『マッドマックス 怒りのデスロード』すら想起させ(車が出てくるからではなく、ジョーゼフ・キャンベル感)、さらには神話や聖書までたどり着く重厚な脚本が高得点を叩き出した。

衝撃的なシーンは数多くあるが、ショッキングなショットやド派手な描写でワンパンをカマし、観客がフラついている間に杜撰な物語を駆動させるなんて雑なことは、デュクルノーは絶対にしない。ここが凄まじい。

【主演男優賞】ヴァンサン・ランドン


主演男優賞に輝いたのは、偶然にも『TITANE チタン』ヴァンサン・ランドンである。

ランドン演じる消防署の署長ヴァンサンは、10年前に失踪した息子のアドリアンの面影を追い続けている。そこにアドリアンになりすましたアレクシア(アガト・ルセル)が名乗り出る。明らかに息子ではないのに、彼はアレクシアを受け入れ、息子として接する。

この、どう考えても無理筋な状況での彼の演技は「ああ、(息子ではないと)納得しながらも家族ごっこをしているのだな」とアンリアルをリアルに一変させるに十分なスキルが評価され、今回の受賞に繋がった。

さらにゾンビーズ(The Zombies)の「シーズ・ノット・ゼア」が流れるシーンでのヴァンサンとアレクシアのやり取り(というか運動)は、映画史に遺る屈指の場面であることは論を持たないだろう。

【主演女優賞】アガト・ルセル


なんと、主演女優賞は再び『TITANE チタン』アガト・ルセルが受賞。ここまで無敗の4冠グランドスラムである。大作から粒ぞろいの佳作まで豊作だった2022年の作品において『TITANE チタン』の圧倒的躍進と大勝利を誰が予想できただろうか。

再びなんと、アガト・ルセルは本作のキャスティングディレクターがInstagramで発掘してきた新人であり、短編映画の出演経験があるくらいのキャリアながらも堂々とアレクシアを演じた。書き忘れたが主演女優賞だけでなく新人賞も受賞している。

演技だけでなく(演技の一部だが)、身体能力も高く、ショーガール並びにアドリアン時に踊るダンスは『ウェンズデー』でジェナ・オルテガが見せたキレッキレの動きに匹敵する。

助演男優として燻し銀の活躍を見せてきたベテラン、ヴァンサン・ランドンとタイマンを張ってまったく見劣りしない演技力は凄まじく、キャスティングのクリステル・パラとコンスタンス・デモントワにはついでに「ベスト新人発掘賞」を捧げたい。

【ベストデザイン賞】ローリー・コールソン


ベストデザイン賞には、ななななんと!『TITANE チタン』ローリー・コールソンが輝いた。これほどまでに賞レースを総なめにする作品が未だかつてあっただろうか。『ベン・ハー』の持つ11冠の記録までもう少しである。

モーターショーで使用される車に描かれたファイヤーパターンのガチさもさることながら、「神は細部に宿る」を実証するかのような職人技によって最多得票数を獲得した。

余談だが、本作は大島依提亜の手による日本版パンフレットも素晴らしい。藤原紙工の「いいかげん折」を採用しているそうで、小口がガタガタになっている。少々もったいないかもしれないが、パンフを分解してみるのも面白い。実際やってみたが、かなり驚くと思う。

コスパコスパ言ってる世の中で、(パルムドール受賞といえど比較的公開規模の小さい作品で)このようなデザインが楽しめるのは幸福であるとしか言いようがない。というわけで、ベストパンフレット賞も『TITANE チタン』の大島依提亜だろう。

【撮影賞】ルーベン・インペンス


映画における撮影監督は非常に重要である。ウォン・カーウァイであればクリストファー・ドイルがいるし、北野武には柳島克己がいる。

そして、ジュリア・デュクルノーにはルーベン・インペンスがいる。そう、撮影賞に輝いたのは『TITANE チタン』ルーベン・インペンスである。

脚本は言わずもがなだが、デュクルノーが描き出そうとした『TITANE チタン』の世界に色を付けたのはルーベン・インペンスであり、彼なくしてはあの独特の世界観は作り得なかっただろう。擬闘シーンの緩急はタランティーノをすっ飛ばして『オールド・ボーイ』のチョン・ジョンフンにまで肉薄する。

ちなみに、インペンスは『TITANE チタン』でAマグリット賞最優秀撮影賞も獲っているため妥当というか、当然の受賞である。

【ベストエンジン音賞】『TITANE チタン』

今年のベストエンジン音賞はかなり拮抗しており、票を投じた有識者のなかでもかなり意見が割れ、殴り合いにまで発展しそうになったのは記憶に新しい。

最終ノミネートまで残ったのは『トップガン マーヴェリック』『ザ・バットマン』そして『TITANE チタン』で、結果としてはほんの鼻差で『TITANE チタン』がゴール板を駆け抜けた。

『トップガン マーヴェリック』で登場した極音速戦闘機Dark Starの身震いするような轟音や、ゼネラル・エレクトリックF414から放たれる映画館の空気が震えるほどの爆音も素晴らしかった。『ザ・バットマン』の暗闇から登場する、バットモービルの溜息が出るほどの唸り声を挙げるエンジン音も素晴らしかった。

だが、『TITANE チタン』のエンジン音には勝てなかった。そもそもアレクシア自体がエンジンみたいなものなので、そのあたりも投票の決め手になったことは想像に難くない。

【ベストSATSUGAI賞】『TITANE チタン』


ベストSATSUGAI賞の下馬評は、モラルの欠片もない圧倒的狂宴を繰り広げた『哭悲/The Sadness』一強であったが、蓋を開けてみれば『TITANE チタン』が受賞するという大番狂わせになった。

だが、『TITANE チタン』を観れば決して番狂わせではないことは一目瞭然だ。簪で男の耳をぶっ刺して脳まで到達させるわ、椅子を効果的に利用してスピーディーかつ確実、斬新に殺害するわ、挙げ句の果てには『悪魔のいけにえ』への目配せまでしてみせる。

投票者の選評では「あまりに素晴らしすぎるので、正直あと30人くらい殺してほしかった」「オールタイムベストSATSUGAIシーンです!」など、熱量のあるメッセージが数多く寄せられた。

もちろん『哭悲/The Sadness』も現時点でのゴア・グロ表現の極地とも言えるほどの残虐シーンが繰り広げられるが、『TITANE チタン』が魅せた刹那の殺害芸には敵わなかったと見える。何事も腹八分目ということだろうか。

【スタイリング賞】『TITANE チタン』

ドラマ部門のスタイリング賞は『ウェンズデー』のウェンズデーのスタイリングが獲得し、映画部門はななななななななななななんとぉ!!!!『TITANE チタン』のアレクシアのスタイリングが受賞。

もう誰も『TITANE チタン』を止めることはできないのか。ネタバレするができるわけねぇだろ面白ぇんだからこの!!!!映!!!!画!!!! 

オシャレと実用性を兼ね備えた簪や、ショーガールでダンスを踊るシーンの蛍光色の大きな網目のタイツ、オリエンタルな模様が織られたトップスなどはどれもアレクシアにピッタリで、つまり「持ってきて着せた」感じは一切しない。

服を着る、というのは寒いからとか暑いからとか全裸で街に出たら捕まるからではなく、生き様を背負うことである。テッズがエドワードジャケットを着るように、モッズが細身のスーツを仕立てるように、好きなバンドのTシャツを着ることだって生き様を背負うことだ。服が好きな人だけの話ではない。土日に渋谷の場外馬券場近くのゴミ箱で競馬新聞を拾い上げているユニクロのダウンを着たオッサンだとしても、ユニクロのダウンを着るという生き様を背負っているのである。

念のために書くが、ユニクロのダウンをディスっているわけではない。あれは軽くて暖かいし、一度着てしまうと手放せなく魔力がある。

【選曲賞】『TITANE チタン』



本年でもっとも素晴らしい選曲といえば、『TITANE チタン』で流されるゾンビーズの「シーズ・ノット・ゼア」であることに異論がある方はいな……いるかもしれないが居ないだろうということにしておいてほしい。

本曲が流れるシーンは、映画史上屈指の名場面として語り継がれるはずだ。あらゆる感情が33回転でスピンしてしまい、気絶しそうになるほどの素晴らしさ。ちなみに歌詞も完全にシンクロしている。

意訳も意訳だが、歌詞の内容はこうだ。

誰も忠告してくれなかった。彼女が過去についてきた嘘のこと。誰も忠告してくれなかった。彼女に泣かされた男の数。

だけど今さら謝られても、もう遅いんだ。知る由もなかったし、疑いようもなかった。あの子を探し出そうなんて。

やめてくれよ。見つかりっこないさ。

教えてやるよ。あの子がどんな風だったかを。あの子の振る舞い、髪の色、優しくて冷たい声色。透き通ってきらめくような眼差し。でもあの子の心はそこにはないんだ。

この歌詞はアレクシア、ヴァンサン両名ともシンクロする。ネタバレになるのでシーンの詳細は書かないが、観れば解る。

【総括】2022年のベスト映画賞は


こんな結果になるとは誰も予想していなかっただろう。2022年のベスト映画賞はすべて『TITANE チタン』が受賞してしまった。

大作・佳作・小品・珍作と様々な作品がリリースされた本年において、その全てを抑えて戴冠するというのは、ちょっと常識では考えられないし、これはもう、とてつもない事ではないのかと思う。しかし、結果は結果だ。

以上「『TITANE チタン』はとんでもねぇ映画でしたよ!!!!!」と叫んで、本年の映画の総括としたい。

(文:加藤広大)

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