映画コラム

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2023年02月07日

『仕掛人・藤枝梅安』トヨエツ梅安に可能性を感じる“3つ”の魅力

『仕掛人・藤枝梅安』トヨエツ梅安に可能性を感じる“3つ”の魅力

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スクリーンに“藤枝梅安”が帰ってきた。

実に萬屋錦之介先生版以来、42年ぶりとなる(テレビなら、岸谷五朗版以来17年ぶり)。藤枝梅安は、表向きは人望もあり腕のいい鍼医者。だが実は、依頼を受けて殺しを請け負う“仕掛人”でもある。

梅安は強い。梅安はモテる。そして、梅安は悲しい。七代目梅安である豊川悦司はその強さ、モテ度、そして悲しみを体現できているだろうか。

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1:梅安の強さ


仕掛人の殺しは、人知れず行わなければならない。そして「殺しだとバレてはいけない」。この2点を満たす最適な武器こそ、治療用の鍼である。

梅安が狙う箇所は、延髄か心臓。この箇所なら、抵抗する間も声を上げることもなく、即死に至る。また鍼ならば、ピンポイントで刺すことができる。心臓を刺す場合は肋骨が邪魔するだろうが、鍼なら隙間を通せる。

そして、鍼の最大の利点は「痕跡が残らないこと」。
鍼治療を受けたことがある方ならわかるだろうが、鍼は血も出ず、刺し傷も残らない。死体を検分した人間もまさか刺殺とは思わず、心臓発作などで片付けてしまう。(医学も発達してない時代だし)

トヨエツ梅安は、鍼の刺し方にも一工夫が見られる。歴代の梅安は「ズビユッ!」といった効果音と共に、一気に突き刺していた。だがトヨエツ梅安は、当たりをつけるように軽く刺してから、ゆっくりと奥まで押し込んでいく。そのシーンをアップで見せるため、注射が苦手な人間(筆者)なら「ひいいいいい……」とあれこれ縮み上がる。この丁寧な仕事を見ていると、“表の鍼”もさぞかし名医であることがわかる。

『キス・オブ・ザ・ドラゴン』

ちなみに、同じく主人公が鍼を武器として戦う映画として『キス・オブ・ザ・ドラゴン』がある。意外にも、米・仏合作の映画で、あのリュック・ベッソン製作、ジェット・リー主演の名作だ。
本作のジェット・リーも、梅安同様ラスボス(『ニキータ』のイケオジ、チェッキー・カリョ)の延髄付近を刺す。するとラスボスは、目から鼻から耳から口から血を噴き出して死ぬ。

一方で梅安に刺された人間は、その瞬間の表情のまま“スイッチが切れたように”事切れる。
同じ箇所を刺しているように見えても、これだけ効果に違いがあるのだ。ちょっと刺すところを間違えたら大変だ。鍼灸とは、奥が深いものである。

どちらの殺し方が好きかは、各人の好みによる。筆者はどちらも大好きだ。

2:梅安のモテ度


梅安はモテる。丸坊主なのに。おっさんなのに。無愛想なのに(作品による)。

歴代の梅安。田宮二郎(二代目)や渡辺謙(五代目)がモテるのはわかる。男前だもの。そりゃモテるだろうさ。良かったね。

だが、失礼ながら一見二枚目ではない梅安もモテるのだ。

例えば、初代梅安の緒形拳。この梅安は三枚目キャラだが、笑顔がとにかくかわいらしい。愛玩動物のような顔をして笑う。これはさぞかし母性本能をくすぐるだろうなと、男子の目から見てもわかる。勉強になる。

例えば、三代目梅安の萬屋錦之介先生。中の人が大御大なのでやたら貫禄がある。だが女性とふたりになった時に、辛い生い立ちを語って涙を見せ、女性に抱きしめられたりする。貫禄と涙のギャップが、これまた母性本能をくすぐったのであろう。勉強になる。

これは、ただ「モテて良かったね!」という話ではない。梅安はこのモテ具合を利用して標的に近しい女性に近づいてはそのまま懇ろになり、有力な情報を手に入れるのだ。


では、七代目梅安・豊川悦司はどうか。

現代劇における豊川悦司は、基本的に男前だ。だが、トヨエツと言えば長い髪のイメージが強い。そもそも丸坊主が似合うのか。蓋を開けてみたら、大変似合っていた。髪を切ったことにより甘さが消え、鋭さが浮き彫りになり、ゾクゾクするような色気を醸し出している。だがこの色気は真似して出せるものではないので、勉強にならない。それでいて、女性と接する時は底抜けに優しい目になるのだから、モテるに決まっている。

これは筆者の主観なのだが、トヨエツにはあまりチョンマゲが似合わない。彼のその他の時代劇を観て感じたことだ。面長の顔には、チョンマゲは似合わない気がする。丸坊主で良かった。


一方、梅安の相棒・彦次郎を演じる片岡愛之助は、今日本でいちばん“チョンマゲが似合う男”である。筆者は、CMや現代劇で見られるチョンマゲではない彼に、とても違和感を感じてしまう。

このコンビが、また絶妙なバランスなのだ。

3:梅安の悲しさ


仕掛人は、決して勧善懲悪の正義の味方ではない。依頼を受ける際に、標的が殺される理由は聞かない。善人・悪人も問わない。金と引き換えに、仕事として粛々と人を殺めるだけだ。とはいっても、映画としてのカタルシスのためにも、基本的には悪人を退治していく。代々の梅安作品でも同様である。

だが、運命というものは本当に残酷で、たまたま依頼を受けた標的が梅安にとっては“もっとも殺したくない存在”であったりもする。そして、そのことに気づくのは依頼を受けてからなのだ。

仕掛人の掟として、一度前金を受け取ってしまったら(報酬は、前金・後金に分けて半分ずつ支払われる)、つまり依頼を受けてしまったら、もう断ることはできない。後になって「殺したくない」と思っても、遅いのだ。


ネタバレになるので詳細は書かないが、不幸な生い立ちの梅安にとって「こんな残酷な巡り合わせってある!?」という展開になる。悲痛な表情で“もっとも殺したくない存在”に鍼を突き立てる梅安が、辛すぎる。

今作は、池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」シリーズのまさに一作目となる「おんなごろし」が原作となっている。一作目から梅安をこんなにかわいそうな目に合わせる池波先生は、鬼である。

そして豊川悦司には、悲痛な表情がよく似合ってしまうのだ。

そして、仕掛人はつづく



仕事が片付いた梅安と彦次郎は、上方(関西)に旅に出る。その旅の途中で、彦次郎はかつての妻と子供の仇に出会う。そこで唐突に映画は終わる。そう。この作品には続きがある。二部作なのである。それは前もって知ってはいたが、一話完結だと思って安心していた。こんな引きのある終わり方をされたら、二作目も観るしかないではないか。(元々観るつもりだったが)

どうやら二作目は、依頼された殺しというよりも、因縁の復讐劇のようだ。仇を演じるのは椎名桔平。そして佐藤浩市が、梅安の因縁の相手として登場する。

これはもう、観るしかないじゃないか。

ところで……



肝心なことを忘れていた。『仕掛人・藤枝梅安』は、とにかくメシが美味そうなのである。
梅安や彦次郎の作る薬味たっぷりのお粥や、アジの開きや、湯豆腐や、田舎鍋が、美味そうに湯気を立てており、激烈に腹が減る。そして、日本酒を飲みたくなる。

梅安と彦次郎が、差し向かいでまた美味そうに酒を飲む。酔いつぶれた彦次郎がそのままコタツで寝てしまったりして、大学生の下宿のようである。

『仕掛人・藤枝梅安』は、ぜひ気の置けない誰かとふたりで観に行ってほしい。絶対帰りに日本酒を飲みたくなるから。伴侶でも恋人でも友達でもいい。楽しく、かつ気を使わずに“サシ飲み”できる誰かと、観に行ってほしい。

人がたくさん死ぬのに、腹が減り酒が飲みたくなるという、稀有な作品である。二作目を観る際は、劇場近くの居酒屋を前もってリサーチしておこうと思う。

(文:ハシマトシヒロ)

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