<解説>『羊たちの沈黙』の「2つ」の危うい問題とタイトルの意味とは?



『羊たちの沈黙』のタイトルの意味は、ポジティブかネガティブか


クラリスは、幼少時に暮らしていた牧場で、屠殺される子羊たちを救えなかったことがトラウマとなっていた。これは、FBIという「命を救えるかもしれない」職業を目指すクラリスが、実際に殺人を阻止して女性(=子羊)を救い、かつてのトラウマを克服するまでの物語であり、その悲鳴が聞こえなくなることが、『羊たちの沈黙』というタイトルにポジティブな意味で表れている、という解釈もできるだろう。

だが、クラリスは上院議員の娘キャサリンを救えても、ラストのレクター博士からの電話に対して、トラウマを克服できたとは明言できていない。しかも、レクター博士は「古い友人を夕食に…」と言って電話を切り、自身への嫌がらせをしてきたチルトンを次のターゲットと決めたかのように、雑踏へ消えてしまうシーンで幕を閉じる。子羊たちが沈黙した(殺される被害者の悲鳴はもう聞こえない)とはいえない結末でもあるのだ。

さらに、ポスタービジュアルでは(クラリスらしき)女性の口に(バッファロー・ビルがサナギを死体の口に入れ込んでいたと思しき)蛾の成虫がいる。この蛾をよく見ると(劇中でバッファロー・ビルに殺された人数である)6人の裸の女性が描かれており、それはサルバドール・ダリの作品が元ネタだ。

その蛾の模様が裸の女性はもとより「髑髏」に見えるのは、「死」を象徴しているということだろう。つまりは、タイトルの「沈黙」は殺人鬼に殺されたり、あるいはクラリスのようにセクハラ的な抑圧を受けたために、「被害者(子羊)がその苦しみを言うことができない」というネガティブな意味も含んでいる、それをもって問題提起をしているともいえるのだ。

このように、『羊たちの沈黙』は同性愛や異性装やトランスジェンダー、はたまた女性への抑圧を描く作品としては危うさがある、いや大いに問題をはらんでいる一方で、作り手はその問題を無視しているわけではなく、むしろ向き合おうとした姿勢がみられるのだ。

その賛否を含めて語り合うことにも、また意義があるだろう。

(文:ヒナタカ)

▶︎『羊たちの沈黙』を観る

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