戦後70年の今、戦争を改めて考える―半藤一利&原田眞人監督フォーラム全文

日本のいちばん長い日 半藤一利

阿南さんは、陸軍士官学校を卒業した時の成績は300人中90番。あまりいい成績じゃありません。陸軍大学校も卒業しているんですが、陸軍大学校を実は3回落ちているんですね。そして4回目の時は、阿南さんはすでに中尉になっていて、阿南さんたちの部下たちが「うちの中隊長は教育の方に熱心で陸軍大学校を受ける。今度が最後だから、我々は阿南中隊長に協力するから、阿南中隊長は我々を訓練しなくてもいい。自分たちは自主的にやるから」と、全中隊が阿南さんを応援にかかったというぐらいに、教育熱心な方なんです。

そのおかげがあったかどうか知りませんが、陸軍大学校に入りまして、この時も卒業するときは60人中18番。これはかなり成績がいいんです。しかし、出世コースを歩いたとなれば、もっと今回の話が以前から出て来てもいいのですが、阿南さんの名前を昭和史で探そうとしても、1回だけ大きく出てきたのみです。

海軍大臣の米内光政大将が内閣を組織した時に、米内内閣を倒すために陸軍が畑俊六という陸軍大臣を辞職させる、その時に阿南惟幾という名前が陸軍次官として出てきます。阿南さんがむりやり米内さんに「陸軍は内閣に協力出来ないので大臣を辞めさせ」というようなことを言うわけです。

その件で名前がばっと出てくるんですが、またスッと消えちゃいます。それ以降は中国大陸で勇戦力闘したとかいう形で出てくるんですが、あんまり褒められた勇戦力闘じゃないんですね。「進め、進め、進め」というんで、ものすごい損害を出すような戦い方だった。

だから「あの人は戦争下手だ。あの人は訓練とか教育とか、そっちのほうが向いている」と陸軍では言われていたようです。

阿南さんがいちばん真価を発揮したのが、東京陸軍幼年学校の校長であった頃といいますから、阿南さんは本当に教育といいますか、陸軍の軍人を鍛えあげるのには向いた方であったようです。

「誠なれ…」「顔を直せ」阿南惟幾が遺した2つの言葉

半藤:
この方が自分で常に言ってたことが2つあります。映画の中でも出てきたと思いますが「誠なれ、ただ誠なれ誠なれ、誠、誠で誠なかれし」この言葉が有名なんです。

要するに人間は“誠実”でなければならない。人間は誠心誠意、全力を尽くさなければならない。だから「誠なれ、誠なれ、誠なれ…」とこれが一番大事なんだとこういう風に部下たちを教育したと。

もうひとつ「顔を直せ」という言葉を盛んに言ったそうです。「顔を直せ」というのは、化粧をしていい顔になれというのではなく「人間というのは人格を磨くことによって非常にいい顔に変化する」と。「若い時の顔と、年取った顔というのは人格を磨くことによって全然違う人間になれるんだ」と。したがって「精神というものを鍛えあげて、そしていい顔になれ」と。そういう風に言われていたようであります。

実は終戦の時、天下を取っていた統制派の軍人たちが次から次に大失敗を犯していくんです。戦争を行うより惨めだと言っていて、どうにもならなくなった時に陸軍が失敗をしてしまうんです。そこで、そういう人格者であった阿南さんが残っていたというのが、日本の国にとっては非常に幸運なことであったと私は思います。

もうひとつ大事なことは、阿南さんは昭和4年から8年の4年間、昭和天皇のお側に使えた侍従武官(じじゅうぶかん)をやっているんです。

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