『フロントランナー』が訴える、スキャンダルが人や国の運命まで狂わせる恐怖

人間誰でも生きていれば過ちのひとつやふたつは犯してしまいがちな生き物ではありますが、それがばれずにすめばよいけれど、万が一公衆の面前にさらされるようなことになってしまったら、しかもそのときの己の立場が人生でもっとも輝かしくステップアップを図るチャンスの時だったとしたら……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街359》

『フロントランナー』は、アメリカ大統領選挙を背景に、実力ある有望な政治家が、あるスキャンダルを暴露されて失墜していく人生の数奇な運命を描いた社会派エンタテインメントであり、衝撃的かつ他人事ではない実話の映画化です。

失墜を余儀なくされた
フロントランナーの3週間

まずは1984年、民主党大会の大統領予備選挙でウォルター・モンデールが当選しましたが、そのときコロラド州から選出された史上最年少46歳の候補者ゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)は大躍進。

次の大統領選挙の民主党代表選ではモンデールVSハートになると誰もが予想し、事実4年後の1988年、ハートは「ジョン・F・ケネディの再来」として民主党の大統領選挙最有力候補“フロントランナー”と謳われるまでになりました。

しかし、誰もが彼の栄光を確信し、選挙まで3週間と迫った時期、マイアミ・ヘラルド紙の政治部に「ハートが浮気している」とのタレコミがが入ります。

ワシントンのハート宅を張りこむ記者たちは、やがて彼がその相手と思しき女性を連れて現れたところをスクープ。

かくしてハートのスキャンダルは全米を轟かせ、彼を応援する者たちはマスコミに向けてのコメントを求めますが、「彼らに答える必要はない」と突っぱねます。しかし、それが火に油を注ぐことになり、ひいては彼の未来すら大きく揺るがす一大事件へと発展していきます……。

本作で描かれるのは、まずマスコミの行き過ぎた報道の是非です。

ハート自身が訴える「プライバシーと尊厳」の問題は古今東西いつでもどこでも巻き起こることではあり、人間そのものの好奇心を良くも悪くも刺激する困った事象でもあります。

しかし映画を見ていきますと、ハート本人にも心の奥にやましいものがあることが徐々に伺い知れてきます。

選挙のために公の場では仲睦まじい夫婦を装っているものの、実際は妻との仲が冷え切って別居している彼は、その理由の一端なのか、女に対して少しだらしない側面もどこかしらあるようで、そういった弱みが彼をいつになく感情的にさせ、冷静な判断を狂わせていくかのようなのです。

本人の罪、マスコミの罪
そして人間そのものの罪

本作は実話の映画化ですが、もしハートが大統領になっていたら、その後のアメリカはかなり違った方向を歩んでいたのではないかと見る向きもあります。

湾岸戦争も、9・11も、トランプ大統領が提唱する“アメリカ・ファースト”の思想も育っていかなかったかもしれません。

しかし政治家としてそれだけの実力を秘めた才能ある者が、たった一つの過ちで全米で叩かれ、政界から抹殺されていくことは、果たして是か非か?

しかもこの映画、実はこのときのハートのスキャンダルが本当だったのかどうかまでは深く言及していません。

その意味では“真実は藪の中”ではあるわけですが、問題はそれを面白おかしく掻き立てるマスコミと、あたかもスキャンダルをエンタメ的にみなして騒ぐ一般の人々。

ハートの非とマスコミの非、民衆の非、もはや三者は誰も止められないほどに巧みに絡み合い、ひいてはハートの運命のみならず、アメリカという国そのものの運命まで大きく変えていきました。

本作は今から30年前に起きた事件の映画化ですが、その内容は現代社会を生きる我々にこそ矛先を向けて訴えています。

かつて人生に淡白なリストラ宣告人の心の変貌を通してアメリカ社会の光と影を活写した『マイレージ、マイライフ』(09)のジェイソン・ライトマン監督は、ここで再びアメリカのみならず人間そのものの心の闇を多角的に描きこんでいきます。

ハートに扮するヒュー・ジャックマンの好演も見逃せないところで、最近の『グレイテスト・ショーマン』(17)でも家族を愛する優しい父&夫の姿と、カリスマ興行師としてのいかがわしい側面を巧みに両立させた彼の個性は、本作でも公の場におけるヒロイックな才覚と私生活における欠陥の両面を忍ばせつつ、見事に開花されています。

しかし、ハートにしろマスコミにしろ民衆にしろ、人は常にどこか罪深き存在ではあり、それをどこまで断罪するのか、あるいは許容するのか。

特に今の緊迫した世界情勢なども鑑みますと、この映画の観客ひとりひとりにそれが問われているような、そんな気もしてなりません。

あえて答えを提示していない映画ですので、ご覧になった方それぞれがご自身の答えを導き出してみてください。

(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画レビュー・コーナー『戯画日誌』を連載中。近著に『映画よ憤怒の河を渉れ 映画監督佐藤純彌』(DU BOOKS刊)がある。

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