シネマとクラシック~『マエストロ!』で奏でられる浄化の旋律「未完成」

シネマズ公式ライターの田下愛です。

何百年も多くの人に愛され続けている音楽「クラシック」が、映画を盛りあげ、より美しく彩ることがあります。

今回は、アマチュアオーケストラで長年ヴァイオリンを弾き続けていて、クラシック音楽が大好きな筆者が、映画で奏でられるクラシック音楽に注目したいと思います。

取り上げる作品は、2015年公開作品で、オーケストラを題材とした物語『マエストロ!』です。

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行き場を失った演奏家たちと謎の指揮者・天道の物語『マエストロ!』

映画『マエストロ!』は、プロオーケストラの団員たちと、謎の指揮者・天道(西田敏行)の物語。

解散してしまった中央交響楽団。オケのコンサートマスターである若き天才ヴァイオリニスト・香坂(松坂桃季)をはじめとする再就職がままならない団員たちは、楽団を再結成すると天道に集められます。そして、天道がスカウトしたアマチュアフルート奏者の橘あまね(miwa)も加わり、彼らは演奏会を目指して廃工場で練習をすることに。

指揮棒の代わりに大工道具を振り、容赦ない言葉で罵倒する天道に、団員たちは最初のうち反発を覚えます。しかし、天道の指導によって、オーケストラの音楽は、少しずつ変わりだし、後ろ向きだった団員たちがいつしか音楽と真剣に向き合っていくのです。

“未完”にしてシューベルトの代表作となった交響曲第7番「未完成」

劇中、中央交響楽団が演奏会プログラムとして取り組むのは、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と、シューベルトの交響曲第7番「未完成」ですが、今回、筆者が注目したのは、「未完成」です。

交響曲第7番「未完成」は、その名のとおり、“未完”の作品。ウィーン出身の作曲家・フランツ・シューベルトは、この作品の1楽章と2楽章を作り上げた後、続きを仕上げることなく、書くのを止めてしまいました。しかし、2楽章分だけであるにもかかわらず、「未完成」はその美しさと完成度の高さでシューベルトの代表作の一つとなっています。

「未完成」の1楽章は、ひそやかなため息のような低弦の旋律で始まります。そして、風のようにざわめきながらささやく弦楽器と、静かだけれどのびやかに歌い上げる木管楽器のメロディが展開し、やがて、激しく泣き叫ぶような盛り上がりを見せていきます。この1楽章は、たとえるなら、人の心の苦悩や悲しみの声を表しているかのような旋律です。

続く2楽章は、うってかわってやさしくやわらかなメロディ。1楽章では風のようだった弦楽器が、この楽章では水の流れのように曲に潤いをもたらし、管楽器の響きは、やさしく照らす光のよう。まさに、1楽章の苦しみは、2楽章で浄化されていくのです。

『マエストロ!』劇中で、演奏家たちの心に響いた『未完成』

映画『マエストロ!』では、「未完成」の2楽章が奏でられる名場面があります。

練習中、第一ヴァイオリンの音がうまくいかず、指揮をやめてしまう天道。それに対して「音を小さく」など技巧的なことしか返せない香坂。「お前らの音には愛がない」と天道は怒り、フルートのあまねに「見本見せたれ」と、2楽章の旋律を吹かせます。

そして、唯一アマチュア奏者である彼女の美しく心のこもった音が、団員たちの心に響くのです。

実は、家族を震災で失った悲しい過去を持つあまね。この演奏シーンでは、彼女の幼い頃がプレイバックしていきます。あまねは演奏をすることで、団員たちの心を動かすとともに、涙を浮かべながら、自身の悲しみを受けとめていきます。

かつて、「未完成」を演奏したとき、筆者はその素晴しさに静かな感動を覚えました。人の心の悲しみや悩みや絶望に寄り添ってくれるような、そして、浄化してくれるような曲だと。

映画『マエストロ!』でも、「未完成」は、まさに演奏者たちの心を浄化する役目を担った旋律となっていました。

なお、上記のシーンは、それまでアマチュアだからと馬鹿にされていたあまねが、団員たちから認められる場面でもあります。

筆者は彼女と同様にアマチュア奏者なのですが、アマチュアがプロに唯一勝てるのは「心意気」だといつも思いながら、練習、そして本番に取り組んでいます。それだけに、このあまねの心のこもった演奏場面は、まさにアマチュアならではの「心意気」を体現してくれたかのようで、嬉しかったですね。

指揮者の佐渡裕さんが指揮指導と指揮演技監修を担当し、ピアニストの辻井伸行さんがエンディングテーマを書き下ろすなど、日本のクラシック会を代表する音楽家たちが集結していることでも話題になった『マエストロ!』。音楽はもちろんのこと、演奏家たちのドラマもきちんと描かれていて、とても楽しめる作品に仕上がっています。

興味をもった方は、ぜひ見ていただいて、そして、その際は、「未完成」の悲しく、そしてやさしい旋律に耳を傾け、心を寄り添わせて見てほしいと思います。

(文:田下愛)


    ライタープロフィール

    田下愛

    田下愛

    フリーランス・ライター。雑誌、書籍、Webメディアで、幅広いジャンルの仕事をこなして活動中。ファンタジー映画が大好物で、『オズの魔法使い』『ナルニア国物語』『アリス・イン・ワンダーランド』など、魔法やおとぎの国を扱った作品にはすぐ飛びついてしまいますが、一方、『レインマン』のような人間をきっちり描いたドラマも好き。石ノ森章太郎先生をリスペクトする昭和特撮フリークでもあります。

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