『沈黙‐サイレンス‐』と篠田版『沈黙』、そして日本文学の海外映画化などなど

■「キネマニア共和国」

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江戸時代初期のキリシタン弾圧を題材に、遠藤周作が66年に出版、谷崎賞を受賞した小説を原作にしたアメリカ映画『沈黙‐サイレンス‐』が話題を集めています。

巨匠マーティン・スコセッシ監督による執念の企画がようやく実ってのこの映画、作品として十分に語り得る価値のある傑作ではありますが、同時に周囲の様々な側面にも目を向けたくなるものがあります……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.194》

『沈黙‐サイレンス‐』の周辺を、ざっと探ってみましょう!

篠田版とスコセッシ版
双方の『沈黙』

まず、遠藤周作の小説は、日本で既に篠田正浩監督が1971年に『沈黙 SILENCE』として映画化しています。
71年度のキネマ旬報ベストテンでは第2位を獲得。72年度のカンヌ国際映画祭パルム・ドールにもノミネートされました。
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マーティン・スコセッシ監督版(以下MS版)と比べてみた場合、二人の若きポルトガル人宣教師ロドリゴとガルペが日本に密かに入り込み、そこで信徒たちの惨状を目の当たりにしながら数奇で過酷な運命をたどっていくという基本ストーリーに変わりはありません。

ただし、篠田版は遠藤周作自身が脚本に関わり、原作にはない描写が加えられています。

それはキリシタン武士・岡田三右衛門(入川保則)とその妻・菊(岩下志麻)の存在で、江戸幕府は捕らえたロドリゴを転宗させるため、岡田を拷問にかけ、夫を救うために菊は踏絵をしてしまいます。

この事態を目の当たりにしたロドリゴは大きなショックを受け、後々の展開に大きく影響を及ぼしていきます。

MS版では岡田夫婦そのもののエピソードはありませんが、その存在は語られ、篠田版とは違う意味でドラマに大きな影響を及ぼすことになるのですが、これ以上は記しません。

ぜひ劇場で、確認してみてください。

ただし、篠田版はこのエピソードを盛り込んだことで、観客にわかりやすく、信仰のために絶望に追い込まれていく者に対する真の救済とは何か? を説くことに成功しているように思えます。

簡単に言うと、スコセッシ版がキリスト教を日本に受け入れさせようと腐心した側の目線で貫かれているのに対し、篠田版は受け入れることができなかった側の目線から遠藤原作に臨んでいます。

そして、どちらも悲劇でありつつ、どちらも原作に内包される真の「魂の救済」を描き得ています(ただし、篠田版のほうが鑑賞後の重さはドッとくるかもしれません。その点、MS版のほうが観客に優しい感触は受けました)。

沈黙-サイレンス- 場面写真

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キャストで比較しますと……。

(ロドリゴ)
篠田版…ディヴィッド・ランプソン
MS版…アンドリュー・ガーフィールド

(ガルペ)
篠田版…ダン・ケーイ
MS版…アダム・ドライバー

さすがに篠田版は現在の日本では馴染みのないキャスティングではあります。

それに対してMS版のアンドリュー・ガーフィールドは『アメイジング・スパイダーマン』2作(12・14)の主演、アダム・ドライバーも『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15)カイロ・レン役で大躍進したものの、まだまだこれからの存在といえますし、双方の作品とも初々しい印象をもたらしてくれていることに間違いはありません。

(キチジロー)
篠田版…マコ岩松
MS版…窪塚洋介

(モキチ)
篠田版…松橋登
MS版…塚本晋也

(老人)
篠田版…加藤嘉
MS版…笈田ヨシ

(井上筑後守)
篠田版…岡田英次
MS版…イッセー尾形

(通辞)
篠田版…戸浦六宏
MS版…浅野忠信

このあたりは、もうどちらもお見事! 双方とも存分に堪能していただきたいところです。
(個人的にはMS版の中で特に、塚本晋也の好演に目を見張りました。監督業もさながら、『野火』といい、『シン・ゴジラ』といい、最近の役者としての彼は素晴らしいものがありますね)。

一方、異彩を放っているのが……。

(フェレイラ)
篠田版…丹波哲郎
MS版…リーアム・ニーソン

さすがは丹波先生! 日本人が外国人を演じているのに、なぜか違和感がない!その存在感はリーアム・ニーソンにひけをとらない名演なのです!(そういえば御大は76年の大作『アラスカ物語』でもエスキモーの酋長を演じていました!)。

スタッフでは篠田版の撮影・宮川一夫と音楽・武満徹の成果が素晴らしく、対するMS版の撮影ロドリゴ・ブリエドと音楽キム・アレン&キャスリン・クルーゲは、日本人の目と耳からするとやはり東洋のエキゾチズムが入っているような感を受けましたが、それはそれでこの作品の魅力になり得ていると思います。
(もっともMS版の音楽は、初見では正直ほとんど印象に残らなかったので、もう1回見てみないと確実なことは言えないかな……)

日本文学を原作にした
海外映画化作品のいくつか

沈黙-サイレンス- 場面写真

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さて、MS版を見ているうちに、日本文学を原作にした海外映画はどのくらいあるものかと、ふと考えてしまったのですが……。

1976年のルイス・ジョン・カリーノ監督の『午後の曳航』は三島由紀夫の同名小説の映画化。
資本的にはイギリスと日本の合作ですが、実質、とある港町を舞台にした外国映画とみなしてよいかと思われます。
海と船を愛する少年の美意識に入り込んでくる大人たちへの嫌悪の念を描いた、三島原作ならではの耽美な作品。
主演はクリス・クリストファーソンとサラ・マイルズ。名撮影監督ジョン・オルコットの映像美と、ジョニー・マンデルのささやかな音楽が素晴らしい効果を醸し出しています。

また1985年には、フランシス・F・コッポラ&ジョージ・ルーカス製作総指揮、ポール・シュレイダー監督といった布陣で、三島由紀夫の生涯を緒形拳主演で描いた『MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS』を発表。
その中には『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬』『豊饒の海』といった三島小説もダイジェストで映像化され、劇中に挿入されています。

85年度のカンヌ国際映画祭では最優秀芸術貢献賞を受賞していますが、が、三島家遺族の意向によって未だに日本では劇場未公開となっています。

その後も三島文学は、98年にフランスでブノワ・ジャコー監督&イザベル・ユペール主演で『肉体の学校』が映画化されています。

イタリアでは谷崎潤一郎の『鍵』がエログロ・スペクタクル大作『カリギュラ』(80)のティント・ブラス監督、ステファニア・サンドレッリ主演『鍵』(84)として映画化。
ややコミカルなタッチではありましたが、名匠エンニオ・モリコーネの甘美な音楽なども含めて、官能美にぬかりはありません。

同じく『愛の嵐』(73)で知られるイタリアのリリアーナ・カヴァーニ監督は、谷崎潤一郎『卍』を原作に『卍/ベルリン・アフェア』(85・未)を発表。
ドイツを舞台に外交官夫人(グドルン・ランドグレーペ)と日本の外交官の娘(高樹澪)との愛欲の世界が、意外にも両者の裸体を一切見せることなく描出しています。

川端康成の小説では、フランスでジョイ・フルーリー監督、シャーロット・ランプリング&ミリアム・ルーセル主演で『美しさと哀しみと』(85)があります。
(余談ですが、篠田正浩監督も65年にこれを映画化しています)

2005年にはドイツで、川端原作の『眠れる美女』が、ヴァディム・グロウナ監督・主演で映画化されています。

こうしてみると、どうしても日本の独自の耽美的もしくは官能的な要素を持つものが、西洋では好まれて映画化される傾向があるようにも思われますね。

その点アジアのほうが、吉本ばななの『キッチン』が香港と日本の合作で『Kitchen キッチン』(97)として、また韓国では金城一紀原作の『フライ,ダディ,フライ』が『フライ・ダディ』(06)として映画化されるなど(ちなみにこれらの原作は、日本で先に映画化されています)、自由度が高い感があります。

一方、2004年には現役バリバリの作家・小川洋子の同名小説をディアーヌ・ベルトラン監督が映画化したフランス映画『薬指の標本』が制作されています。
『007慰めの報酬』(08)や『オブリビオン』(13)で知られるオルガ・キュレリレンコのデビュー作でもあります。

最近は日本の漫画やゲームの映画&ドラマ化、また日本映画の海外リメイクといったケースも、洋の東西を問わず増えているようです。

漫画&アニメ原作では、ジャッキー・チェン主演『シティーハンター』(93/原作・北条司)、正確には東映ビデオが海外制作した『北斗の拳』(95/武論尊&原哲夫・原作)、土屋ガロン&峰岸信明の『オールド・ボーイ』は03年に韓国で、13年にはアメリカで映画化されました。

その他、アジア各国の若手を集めた『頭文字〔イニシャル〕 D』(05/しげの秀一・原作)や、中・日・香・韓合作の史劇大作『墨攻』(06/森秀樹&酒見賢一・原作)、2008年にはウォシャウスキー姉弟がタツノコプロの『マッハGoGoGo』を『スピード・レーサー』として実写映画化。

原作者が全く関与しなかった『ドラゴンボール』(09/原作・鳥山明)は、国内では“ドラゴンボールの惨劇”として伝えられるところ!?

最近では桜坂洋の『All You Need Is Kill』がトム・クルーズ主演の超大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(14)として映画化され、話題を集めましたね。

ゲーム原作では『スーパーマリオ/魔界帝国の女神』(93)や『ストリートファイター』(94)、『ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー』(09)、『TEKKENー鉄拳ー』(09)、『バイオハザード』シリーズ(02~16)などが有名なところ。

日本映画の海外リメイクの代表格は、何といっても『リング』(98)→『THE RING』(02)や、『仄暗い水の底で』(02)→『ダーク・ウォーター』(04)といった中田秀夫監督のホラー映画作品のハリウッド・リメイクでしょう。

また,黒澤明監督作品も『羅生門』(50)→『暴行』(63)、「七人の侍』(54)→『荒野の七人』(61)『宇宙の7人』(80)『マグニフィセント・セブン』(16)、『用心棒』(61)→『荒野の用心棒』(64/こちらは無断リメイク)『ラストマン・スタンディング』(96)など海外でリメイクされることが多いですね。
(そういえば、マーティン・スコセッシ監督も『生きる』(52)をリメイクしようと企画していた時期がありましたが、その後どうなったのでしょう?)

その他『Shall we ダンス?』(96)→『Shall we Dance?』(04)、『ゴジラ』(54)→『GODZILLA』(98)『GODZILLA ゴジラ』(14)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)→『僕の、世界の中心は、君だ。』(05)、『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』(77)→『イエロー・ハンカチーフ』(08)などなどなど、もはや枚挙に暇なしのリメイク本数ではあります。

まもなく押井守監督のアニメ映画『GHOST IN THE SHALL攻殻機動隊』(95)も、スカーレット・ヨハンソン主演の実写映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』(17)として、まもなくリメイク公開。

中国では10億人が見たとも言われる佐藤純彌監督&高倉健主演の『君よ憤怒の河を渉れ』(76)をジョン・ウー監督がリメイクした『追捕 MAN HUNT』も2018年2月の公開が発表されました。

エンタテインメント映画として
接してほしい『沈黙‐サイレンス‐』

沈黙-サイレンス- 仮サブ

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……何だかポイントが外れてきた感もあるので(!?)、話を『沈黙‐サイレンス‐』に戻しますと、マーティン・スコセッシ監督は『タクシードライバー』(76)『グッドフェローズ』(90)『ギャング・オブ・ニューヨーク』(01)などヴァイオレンス映画の快作群と並行して、キリストの最期とその直前に彼が見た幻想を描いた『最後の誘惑』(88)やダライ・ラマ14世がチベットを脱出してインドへ亡命するまでを描いた『クンドゥン』(97)といった宗教を題材にした映画に果敢に挑戦しています。

暴力と宗教、一見まったく真逆のモチーフのように思えますが、歴史を振り返ると世界中で勃発した戦争や紛争の大半は宗教絡みのものであり、今なお解決の見通しがつかない中東の諍いなど、その最たる例でもいえるでしょう。

本来、人を救済するべき信仰が、なぜさまざまな争いを引き起こすのか。スコセッシ監督の興味はその部分にこそあるのだと思われます。

『沈黙‐サイレンス‐』もまた、人を救済するはずのキリスト教によって、数多くの日本人が弾圧を受け、拷問の果てに息絶えていきます。

しかし、それでも洋の東西を問わず、人の世から宗教が廃れることはありません。

それはなぜなのか? を問い続けてきたスコセッシ監督が見出した光明が『沈黙‐サイレンス‐』であると、私は確信しています。

さらに言うと、『沈黙‐サイレンス‐』の素晴らしさは、実に簡明に、かつて日本で起きた壮大な悲劇を観客に伝えていることです。

いわゆる歴史が苦手な人でも、理屈ではなく感性から入り込める演出がなされていて、インテリぶったところは皆無です。

これをあまりアーティスティックな観点で気難しく語るのは、逆に作品の本質から離れてしまう行為であるともいえるでしょう。

『沈黙‐サイレンス‐』は徹頭徹尾、エンタテインメント映画です。

真のエンタテインメントとは、芸術などありとあらゆるジャンルを含めたものであり、その上でその作品に接する人の意識をなにがしか啓蒙してくれるものであると、私は確信しています。
(啓蒙といっても、それまた堅苦しいものではなく、たまたま見た映画によって生きる希望が湧いてきて、自殺を取り止めた、みたいな話も立派な啓蒙ではありますが、何も考えずに2時間過ごせてストレスが発散できた、みたいなものも当然含むべきでしょう)

繰り返しますが、『沈黙‐サイレンス‐』は、マーティン・スコセッシ監督による、今年のみならず映画史上に残るべき、洋画だ邦画だの枠すら優にフっ飛ばした、見事なエンタテインメント映画です。

心を楽にして、この地獄図絵の中から見出されていく魂の救済に、ぜひ触れてみてください。

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(文:増當竜也)

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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