『スター・ウォーズ』が日本公開されるまでの1年間

『スター・ウォーズ』が公開される前に作られた
日本SF映画その1『惑星大戦争』

映画雑誌のみならず、さまざまな雑誌のグラビアに『スター・ウォーズ』のスチル写真が載り、特集が組まれるようになっていき、映画ファンはますます日本公開を心待ちにするようになっていきます。

すると、そういったファン心理を見越して、世界各国の映画会社が『スター・ウォーズ』に便乗したSF映画の製作に乗り出していくのでした。

日本も例外ではありません。

まずは東宝が、もともと『スター・ウォーズ』の最初の邦題として予定されていた『惑星大戦争』のタイトルを流用し、人類VSヨミ惑星人の攻防を描いたSF映画を福田純監督・中野昭慶特技監督のメガホンで撮りました。
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『ゴジラ』など東宝の大プロデューサー田中友幸は、昭和ゴジラ・シリーズが『メカゴジラの逆襲』(75)で終焉を迎え、次の特撮映画を思案していた折、『スター・ウォーズ』のブームを受けて、今こそSF映画を復権させる好機と思い、かつて製作した『海底軍艦』(63)の宇宙版を構想、企画したのです。

『惑星大戦争』は77年12月17日に公開されました。
同時上映は山口百恵&三浦友和主演のサスペンス・ラブストーリー映画『霧の旗』で、配収8億8900万円のヒットとなったものの、番組としての組み合わせは正直あまりよろしくなかったかもしれません。
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作品の中身も旧態依然としたドラマと演出が災いし、『スター・ウォーズ』とは真逆の古めかしい勧善懲悪映画になった感は否めません。
『100発100中』(65)などのスパイ活劇映画や傑作『野獣都市』(70)、そして『電送人間』(60)『ゴジラ対メカゴジラ』(74)など特撮映画にも定評のある福田純監督ですが、今回は少し勝手が違うようにも思えました。
(本作が福田監督の遺作映画となりました)

ただし特撮に関しては、戦闘機発射口がリボルバー形をしているなど実にクールな地球側の轟天号、古代ローマ船を彷彿させる敵の金星大魔艦や、スタッフの間ではお釜ファイターと称された球体型小型戦闘機ヘルファイターなどメカ・デザインが実に秀逸で、ベテラン特撮美術監督・井上泰幸が陣頭に立っての特撮美術のセンスは大いに買えるものがありました。

実際、この作品は企画から完成まで半年もかかっておらず、たったそれだけの期間で特撮映画を作り上げることのできる当時の東宝特撮スタッフの力技には感服すべきでしょう。

また近年、『新世紀エヴァンゲリオン』などでおなじみ庵野秀明監督が『惑星大戦争』の大ファンであることを吐露して以降、徐々に再評価もなされるようになっています。

なお、78年3月には東宝特撮映画の名作『地球防衛軍』(57)が、“東宝チャンピオンまつり”枠でリバイバル公開されました。

『スター・ウォーズ』が公開される前に作られた
日本SF映画その2『宇宙からのメッセージ』

78年のゴールデンウィーク4月29日には、東映が『宇宙からのメッセージ』を発表しました。
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こちらは『南総里見八犬伝』の舞台を宇宙に置き換えたような内容で、さらに監督の深作欣二は当時大ヒットさせたばかりの時代劇大作『柳生一族の陰謀』(78)から数百年後の“未来を描いた時代劇”とみなし、“竹槍SF”と称して取り組んだものです。
(ちなみに深作監督は、83年に時代劇大作『里見八犬伝』を発表しています)

ユニークなのは、悪しきガバナス星人の野望を打ち砕くべく選ばれた8人のリアベの勇士が、暴走族にチンピラ、わがままお嬢様にアル中軍人、裏切り者などなど、誰一人として立派な御仁がいないことで、ここに『仁義なき戦い』(73)など社会の底辺に蠢く者たちにシンパシーを抱き続けた深作監督ならではの目線がありました。

悪役宇宙人たちの台詞がことごとく時代劇調なのも楽しく、善玉・千葉真一と悪玉・成田三樹夫のチャンバラも大いに盛り上がります。
またエメラリーダ姫を演じた志穂美悦子の優雅で可憐な美しさは、他の追従を許さないものがありました(ほんのちょっとですが、殺陣のサービスもあります)。

矢島信男特撮監督による特撮も宇宙を飛ぶ帆船エメラリーダ号の美しさや、シュノーケル・キャメラを用いた敵要塞内部のトンネルを通過する移動撮影など認めるべき部分は多く、その証拠に本作のクライマックスと同じ描写が、後の『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(83)のクライマックスで見られます。
そう、『スター・ウォーズ』のスタッフは他国の便乗SF映画もちゃんとチェックし、認めるべきところはちゃんと認めた上で、自分たちの糧としていたのです。

また『宇宙からのメッセージ』はヴィク・モロー、フィリップ・カズノフなど海外スターも出演していたことから全米公開もされ、SF映画のアカデミー賞ともいえるサターン賞最優秀外国映画賞(80年度)にもノミネートされました。

1978年の夏、
『スター・ウォーズ』日本公開のライバルたち

『惑星大戦争』と『宇宙からのメッセージ』を挟む78年春には、人類と宇宙人のコンタクトを描いたスティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』が日本公開されました。
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全米では77年12月に公開されており、およそ3か月後にしてこのSF超大作を日本でも見られるということで当然大ヒット(配収32億9000万円/78年度第2位の成績)となり、やがて映画ファンは『スター・ウォーズ』派と『未知との遭遇』派に大きく二分していったものですが、数年後、ルーカスとスピルバ-グが手を組んで『レイダース 失われたアーク』(81)に始まるインディ・ジョーンズ・シリーズを制作することになるわけです。

『スター・ウォーズ』は78年6月24日に先行ロードショー、7月1日に全国公開され、配収43億8000万円を計上し、この年最大のヒット作となりました。

ちなみにこの年の夏休み映画はサム・ペキンパー監督の『コンボイ』がアメリカ版『トラック野郎』的スケールの大きさで大ヒットし(配収14億5000万円)、ディスコ・ブームを巻き起こした『サタデー・ナイト・フィーバー』(配収19億2000万円)でジョン・トラボルタが日本でも人気沸騰。
一方、殺人蜂の大群が人類を襲うオールスター・キャストの超大作『スウォーム』は大コケし、映画ファンの興味がパニック映画からSF映画へ移り変わったことを象徴する作品となってしまいました。
傭兵映画の一大傑作『ワイルド・ギース』が公開されたのもこの年の夏です。
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日本映画では手塚治虫の名作を実写とアニメの融合で映画化した『火の鳥』や、人気SFテレビアニメの総集編『劇場版科学忍者隊ガッチャマン』などがありましたが、もっとも目を引いたのは、やはりアニメーション大作『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』で、配収21億円とこの年の日本映画ナンバー1となる大ヒットを記録しました。

結局、日本で『スター・ウォーズ』を堂々迎え撃つことのできたのは“宇宙戦艦ヤマト”だけだったようです。
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『スター・ウォーズ』の後、世界的なSF映画ブームが巻き起こり、『スーパーマン』(79)『エイリアン』(79)『スター・トレック』(80)などの超大作が生み出されるとともに、『スター・ウォーズ』そのものもシリーズ化されていき、現在に至ります。
そして82年にはSF映画の大革命ともいえる『ブレードランナー』が登場し、そのブームはピークに達していくのでした。

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

(文:増當竜也)
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』は2015年12月18日18時30分より全国一斉公開!
公式サイト http://starwars.disney.co.jp/movie/force.html

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    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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