映画コラム

REGULAR

2017年04月16日

6つの短編映画集『ブルーハーツが聴こえる』の豊川悦司×李相日監督『1001のバイオリン』が傑作すぎる理由。

6つの短編映画集『ブルーハーツが聴こえる』の豊川悦司×李相日監督『1001のバイオリン』が傑作すぎる理由。



(C)TOTSU、Solid Feature、DAIZ、SHAIKER、 BBmedia、 geek sight



1985年に結成された伝説のバンド、ブルーハーツ。2015年の結成30周年を記念して制作されたオムニバス映画『ブルーハーツが聴こえる』が現在公開中だ。選ばれた曲は、「ハンマー(48億のブルース」)」「人にやさしく」「ラブレター」「少年の詩」「情熱の薔薇」「1001のバイオリン」の6曲。それぞれの曲から着想を得た6作品が6人の映画監督たちによって撮影された。どの作品も短編とは思えない見応えがある。



クラウドファンディングで全国上映が実現


映画制作は2年前に着手されたが、資金面で一度は上映をあきらめかけたそうだ。しかしクラウドファンディングを試みたところ、あっという間に資金が集まり全国公開にこぎつけた。エンドロールで「青空」が流されるが、スクリーンには青空が映し出され、クラウドファンディングに協力してくれたファンの名前が流れる。どこまでも続く、なかなか切れないスクリーンの文字。もしブルーハーツの曲を初めて聴く人でも、バンドの人気の根強さに驚くに違いない。

160分で、6つの短編映画+1曲「青空」


1:飯塚健監督『ハンマー(48億のブルース)』/主演・尾野真千子




アンティークショップに勤める28歳のいつき(尾野真千子)の煮え切らない恋愛ストーリー。同棲中の彼氏の浮気現場を目撃してへこむ自分にどう踏ん切りをつけるのか。周囲の友情に後押しされながら自分への打破に向かう姿をコミカルに描く。



https://tbh-movie.com/hammer/

2:下山天監督『人にやさしく』/主演・市原隼人




極限下のサバイバルを描いた本格SF作品。遥か未来、刑務所惑星を目指す囚人護送船を流星群を襲った。主演の市原隼人がアクションをこなし影のある謎の男を熱演する。



https://tbh-movie.com/hito/

3:井口昇監督『ラブレター』/主演・斉藤工




脚本家の大輔(斉藤工)は、自身の高校時代の物語を書いているうちにトイレから当時へタイムトリップしてしまう。可笑しくも泣ける初恋ファンタジー。相棒の純太役に要潤、ヒロイン彩乃役に山本舞香。



https://tbh-movie.com/loveletter/

4:清水崇監督『少年の詩』/主演・優香




思春期に差し掛かった少年の繊細な心情と、シングルマザーとして一人息子を育てる母親の愛情と絆を描くドラマ。母・ユウコ役に優香。少年・健役に内川蓮生。ユウコの上司・永野役に新井浩文。



https://tbh-movie.com/shounen/

5:工藤伸一監督『ジョウネツノバラ』/主演・永瀬正敏




最愛の女性を亡くしてしまい、狂おしいほどの喪失感にとらわれた男。全編台詞なしで究極の愛の光景をシュールかつ壮大なビジュアルで構築する。狂気の域にまで踏み込んでいく男を、脚本から参加した永瀬正敏が言葉に頼らず演じる。水原希子が美しい。



https://tbh-movie.com/jyounetsu/

6:李相日監督『1001のバイオリン』主演・豊川悦司




3.11の悲劇に翻弄された一家の姿を見つめた社会派ヒューマンドラマ。福島原発の元作業員を豊川悦司。妻を小池栄子。元後輩を三浦貴大。



https://tbh-movie.com/1001/

※1~6まで映画『ブルーハイツが聴こえる』公式サイトより抜粋

公開後のファンの方のSNSで流れる感想を見ると、6作品のうち、どれが好きかは結構人によるらしく、みんな好きな順番をツイートしたりして楽しそうだ。今回は、記事のタイトルにあるように、6番目に上映された『1001のバイオリン』の魅力をできるだけ深く掘り下げてみたい。筆者は予備知識なく観に行ったが、この作品にちょっと興奮して、いったいどんな監督が撮ったんだろう、と思ったら、『怒り』の李相日監督だった。


『1001のバイオリン』ストーリー


福島県の被災地の原発工場で働いていた元作業員の達也(豊川悦司)が、故郷に置き去りにした飼い犬のタロウを探す話だ。達也は、家族4人で東京に避難してきた。子ども二人は学校にも慣れつつあり、妻もパートに出ている。家族がどんどん東京に慣れていく中で、達也だけが、仕事もなかなか続かず、煮え切らない毎日を過ごしている。3年ほど経ったある日、原発工場で一緒に働いていた後輩の安男(三浦貴大)が突然訪ねてくる。それを機に、達也は残してきた犬のタロウを探しに、安男を連れて福島に行ってしまう。なんと震災前に住んでいた傾いた家に寝泊りし、立ち入り禁止地区になっている場所に入り込んで、残してきた犬を男二人で探すのだ。





犬はいないとわかっているけど、探す必要がある


達也は、タロウを置き去りにしたことを、3年経ってもずっと気にしている。しかし、自分たちも取るものも取り敢えず逃げねばならなかったのだ。そんな環境で、タロウが3年も生き延びているとは、考えにくい。けれど、達也は、探さなければならないと言う。「俺があきらめてしまったら、なかったことになる」と言うのだ。

被災地から逃げても逃げなくても苦しい


達也は、「原発でずっと働き、事故が起きたらすぐさま逃げてきた自分」が少し苦しい。何もなかったように東京で暮らすことに罪悪感があるのだと思う。しかも福島に残った安男は、奥さんに赤ちゃんが出来たものの、放射能の影響の不安は当然ぬぐいきれない。毎晩指がない子どもの夢を見るという。その苦しさから安男は東京に来て達也を訪れたのだった。

物語のポイントは「良心」


二人とも本当はわかっている。いるはずのない犬のえさをまいたり、あれこれ涙ぐましく探し回る様子が切ない。安男がとうとう本当のことを言う。もう見ていられないのだ。つらすぎる。ここから後がラストシーンになるが、ここまで来て思った。これは、震災や原発事故が題材だけど、社会的な問題提起というより、人が再構築する時の心理的な問題を扱っているのだ。映画.comニュースで公開しているインタビュー記事「李相日監督&豊川悦司が放つ「THE BLUE HEARTS」の魂を込めた不変のメッセージ」の中で、李相日監督本人が、この物語のポイントは「良心」だと明言している。

再構築と良心の関係


では、その「良心」が「1001のバイオリン」とどのように関連しているのか?インタビューではそこには言及していない。この曲から震災という題材を発想できること自体すごいと思うが、曲の歌詞をじっと聴いてみると、確かに「再構築」という内容に触れている。意外にも良心はその重要な要素なのだと思う。良心があるからこそ、その良心を貫き通せない状況下に置かれると、自分をダメだダメだと叩いて動けなくしてしまう。

犬はいないのに温もりがある


そもそもブルーハーツには、地面にたたきつけられて動けなくなっている人を、起こして立たせる、という技があるように思う。映画の終盤では、もう達也は東京で生きていけるだろう、と思えるシーンがあった。その時、ここがいちばん不思議なところだが、犬はいないのに、観ている自分が、温もりある犬を腕に抱っこしているような気分になっていたのだ。何かよくわからないものに絡まって重かった体が軽くなって、億劫だった一歩が踏み出せそうな、この感じ。ファンのみんなが背中を押されると言っているのは、この感じなのではないのか。

先はわからなくても大丈夫だと思えるか


再構築。進んでみないと先はわからないけど、ここに温もりがある限りは、生きているんだから大丈夫だと思える。終盤になって、なぜ、その温もりが得られたか?すごくヘンテコな形ではあるが、もう充分、達也は「良心」と格闘したんだと思う。いないとわかっている犬を探しに、男二人で震災の疵も生々しい危険な地域に入るとは。しかも達也はなぜかビーサンを履いていた。ほとんどイカレテいる。

これに付き合ってくれた元職場の後輩・安男と過ごした時間がとても良かった。同じ船に乗り合わせて、同じ事故に合った二人だから良かった。小学生の息子でさえ、犬はもう天国に行ったと作文に書いているのに、福島まで犬を探しに行く達也。そんなお父さんのことを家族は嫌いになれないだろう。最後は「自分が働きかければ、働きかけた通りに自分に返ってくる。そういうふうに世界はできている」そんなことを感じさせる映画だった。ブルーハーツのファンの中だけに留まるには、あまりにももったいない。

「1001のバイオリン」は、映画監督の深作欣二が「人生で最も好きな曲」と語った


深作監督の葬儀の際には自身が手掛けた映画の音楽に加え、この曲が流されたという。ブルーハーツは1985年から10年ほどで解散され、その後の10年は「ザ・ハイロウズ」として、現在は「ザ・クロマニヨンズ」として活動している。「ザ・ハイロウズ」はブルーハーツよりややポップな感じ、「ザ・クロマニヨンズ」はブルーハーツよりメッセージ性を抑えた感じ。時代に合わせて変えているそうだ。バンド自体が10年おきに再構築しているとも言えるのではないだろうか。

最後に


リードボーカルの甲本ヒロトがテレビで言っていた。「40年間バンドをやっていたとして、今日やっていなかったら意味がない。今日はじめてやるバンドと同じステージに立ったとして、必ずしも僕らのほうが優れているとは限らない。過去の実績は今日の演奏に関係がない。

今日デビューしたバンドと僕らは同列で、今日彼らの方が素晴らしければ、それは彼らの方が素晴らしいのだ」

年齢性別国籍を問わず、30年以上に渡ってみんなを励まし続けてきたバンドは、10年おきどころか、毎日が再構築の気持ちで演奏していたのだ。

6作品をまとめた珠玉の短編集。そのトリを飾った『1001のバイオリン』は、ブルーハーツの根底に流れるスピリッツを感じる作品だった。ぜひ、劇場で。

映画『ブルーハーツが聴こえる』は、4月8日より新宿バルト9ほか全国ロードショー

(文:こいれきざかお)

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