『紙の月』

梨花は

私の理解を超える不思議な存在だった。

いつしか私は、奇妙な浮遊感を感じながら、

遠くからじっと彼女を観察するように映画を観ていた。

梨花と夫とのもどかしい関係。

褒めてもらいたい同士の夫婦。

顧客である、いかにも気難しそうな老人と、

その孫の、いかにも純情そうな青年。

この対照的な二人の姿は

「目に見えるもの、耳に聞こえるものに惑わされるな」

と私に警告する。

はたして、

純情そうに見える

その青年の心に隠れているものは?

それは、

清楚で美しい梨花の心に潜む、

得体のしれないものを呼び覚ます。

二人は傍若無人で貪欲なエゴイストとなり、

同じ方向に走り出す。

しかしほどなく、

二人の暴走は方向を変えていく。

梨花は一人になってしまっても、

悲しむ暇もなく暴走を続ける。

同じように梨花を観察していた女性の登場で

ようやく私は自分の着地点をみつけた。

梨花は

欲しいものを追い求めている限り生きていける。

全てを破壊し、すべてを失っても

前に進んでいける。

これからも、聖女の顔をしたまま、

己のうちに住まう怪物に支配されて生きていくのだろう。

混沌とした異国の街に消える梨花を見送りながら、

私は、

自分が映画の冒頭に出てきた秩序ある街並みに住む側の人間だと再認識して、

映画館を後にした。

私が梨花に感じた嫌悪感は

際限なく落ちていくことへの軽蔑ではなく、

すべてを犠牲にしてでも欲しい物があるということへの

あるいは、梨花に内在している膨大なエネルギーへの

嫉妬だったのかもしれない。

以上です。

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