武侠映画への美しきオマージュに満ちた ホウ・シャオシェン監督の『黒衣の刺客』

■「キネマニア共和国」

『童年往事/時の流れ』(85)『恋恋風塵』(87)などで80年代台湾映画のニューウェイヴとして注目され、『非情城市』(90)でヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞するなど、当時の日本国内におけるミニシアター・ブームを大きく牽引したホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督。どちらかといえば淡々とした作風で知られる彼が、初めて武侠映画『黒衣の刺客』を撮りました。

しかし、その作風に何の変わりもなく……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.21》

ホウ作品ならではの映像美は健在です。

黒衣の刺客


アクションそのものよりも
こだわりの映像美で魅せる映画



中国、唐の時代。幼い頃より女道士のもとで非情な訓練を受けた美しき女刺客・隠娘(インニャン)に、暴君・田季安(ティエン・ジィアン)の暗殺指令が下ります。
しかし、彼はかつて隠娘の許嫁でもありました……。

台湾映画界の名匠・ホウシャオシェン監督8年ぶりの新作は、武侠映画。
いわゆる時代アクション剣劇で、何と5年の歳月を費やして完成させたものです。

中国(というよりも香港)映画には昔から武侠映画の伝統があり、その中から『侠女』(71)などの名作で“香港の黒澤明”とも称された名匠キン・フー監督が生まれ、後に彼は台湾でも『山中傳奇』(79)などを撮っています。
黒衣の刺客


ホウ監督は、キン・フーをはじめとする武侠映画に若いころから魅せられ、いつかは自分もそういった作品を手掛けてみたいと願っており、今回はその宿願が叶ったわけですが、いざ見てみるとソード・アクションそのものよりも、キン・フー作品のもう一つの大きな特徴でもある映像美に力を入れているのが一目瞭然なのでした。

ホウ・シャオシェン監督作品は概して淡々とした映像美の中から人間の日々の営みを魅せることに長けているのですが、今回も一見極彩色的ながらもどこか淡い映像美を駆使して、刺客として育てられたヒロインの悲しみを巧みに描出していきます。

隠娘に扮するのは『ミレニアム・マンボ』(01)『百年恋歌』(05)に続いてホウ映画のヒロインを務めることになったスー・チー。刺客としての凛とした佇まいとアクションの切れの良さを両立させながら、かつて愛した男を標的にせざるをえない悲しみをも見事に体現しています。
黒衣の刺客


大河のような画の流れに
身を委ねて楽しむべし



撮影には今や珍しいフィルムを用いていますが、これによってデジタルでは出しづらい赤の発色が特に美しく映えていますが、完成した尺のおよそ45倍たる44万フィートも回したと聞くと、ぞっとするものがあります。
また、武侠映画というと香港映画のシネマスコープ・サイズがすぐ連想されるのですが、本作は何とスタンダード・サイズ(部分的にビスタサイズ)。

これはホウ監督が幼い頃に『三日月童子』(54)など日本のモノクロ・スタンダード・サイズの時代劇に慣れ親しんでいたこととも無縁ではないように思われます。彼が敬愛する黒澤明監督の『七人の侍』(54)もスタンダードでした。
つまり本作は香港武侠映画だけでなく、日本の時代劇にもオマージュを捧げたと捉えていいかもしれません。

実際、本作には遣唐使として大陸に渡り、今では鏡開きの仕事を営みながら帰国の途につこうとしている青年役で妻夫木聡が、そして彼が日本に置いてきた妻の役で忽那汐里が出演しています(これは日本だけのオリジナル・ディレクターズカット版)。

もともと日本びいきで、小津安二郎監督『東京物語』(53)へのオマージュとして一青窈主演の『珈琲時光』(03)を日本で撮っているホウ監督ではありますが、そういった先達への敬意を映画的に活用しているのも本作の魅力ともいえます。
黒衣の刺客


あくまでも映像で魅せることに腐心しているゆえ、台詞で優しく説明する日本のテレビドラマなどに浸りすぎていると、ほんの少しでも画面から目をそらしたら話がわからなくなるかもしれません。
ただ、そこで無理に理解しようとするのではなく、むしろ大河のような悠々たる画の流れに身を委ねていくことをお勧めします。

『燃えよドラゴン』(73)のブルース・リーの名言「考えるな、感じろ」ではありませんが、『黒衣の刺客』はそういう映画です。

いや、ホウ・シャオシェン監督のすべての映画が、実は“体感する映画”と言っても過言ではないかもしれません。

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(文:増當竜也)
『黒衣の刺客』は現在絶賛公開中!
公式サイト http://kokui-movie.com/
https://www.youtube.com/watch?t=2&v=IfQ9D09nRtc
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