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2015-12-15

『スター・ウォーズ』サーガのほんのちょっとしたトリビア①

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■「キネマニア共和国」

スター・ウォーズ トリビア 豆知識


いよいよ公開間近となった世界的人気シリーズ第7弾『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』ですが、そこに至るまでのマコトかウソかの噂も含めたトリビア(というほどでもない小ネタ)のいくつかをご紹介……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.77》

おヒマつぶしにどーぞ。

『フラッシュ・ゴードン』のリメイク企画から
『スター・ウォーズ』へ


ヴェトナム戦争を背景とする青春映画『アメリカン・グラフィティ』(73)で成功を収めたジョージ・ルーカス監督は、往年のアメリカ映画が備えていたエンタテインメント性の復権を目指し、1930年代から40年代にかけて人気を博した新聞連載コミックを原作とするSF冒険活劇シリーズ『フラッシュ・ゴードン』シリーズ(36~40)のリメイクを企画しました。

しかし、既に映画化権をイタリアの大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスに押さえられていたことで断念。代わって書いたオリジナル脚本が『スター・ウォーズ』でした(77/後に『エピソード4/新たなる希望』とサブタイトルがつけられます)。

『スター・ウォーズ』の冒頭、ドラマの概要を記した巨大な文章が画面の奥のほうへと流れていきますが、あれは30年代の『フラッシュ・ゴードン』シリーズで用いていた手法であり、それに倣いつつオマージュを捧げたものでもありました。

ちなみに、ディノ・デ・ラウレンティス製作の『フラッシュ・ゴードン』自体は80年に製作費70億円を投じた超大作として完成したものの、評価は芳しくなく、久しく忘れられた映画になっていましたが、2012年の『テッド』でユニークなリスペクトがなされたことでり再び注目されるようになり、今では映画ファンから愛される(?)微笑ましい映画として存在しております。

さらに『スター・ウォーズ』公開以前の74年、『フラッシュ・ゴードン』のパロディ・ポルノ映画『フレッシュ・ゴードン』が制作されており、日本でも『スター・ウォーズ』公開直前の78年GWに公開され、こちらも大いに話題になりました。

実現しなかった
三船敏郎のオビ=ワン・ケノービ


『スター・ウォーズ』には西部劇や戦争映画、海賊映画、さらには日本の時代劇などなど、古今東西あらゆるエンタテインメント映画の要素が詰め込まれていますが、その中で黒澤明監督作品を愛してやまないジョージ・ルーカスは、『隠し砦の三悪人』(58)の太平(千秋実)と又七(藤原釜足)をモデルに、劇中を賑わすロボット(ドロイド)コンビ、C3-POとR2-D2を設定しています。

また、劇中『用心棒』(61)や『椿三十郎』(62)にオマージュを捧げたシーンも存在しています。

さらにオビ=ワン・ケノービは黒澤映画の象徴でもある三船敏郎をイメージして作られた役で、当然三船に出演依頼しましたが、彼はこれを辞退。

それでも諦めきれないルーカスは『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(83/初公開時のサブタイトルは『ジェダイの復讐』)の際、ダース・ベイダー=アナキン・スカイウォーカー役をオファーしましたが、これも叶いませんでした。

出演辞退の理由は「子ども向けの映画だと思ったから」とか言われていますが、実際は単にスケジュールが合わなかったからというのが真相のようです(ちなみに彼は『ゲンと不動明王』などの子供向け映画にもちゃんと出ています)。

当時三船プロ社長を兼任していた彼の立場として、長い日数を拘束されるような映画出演、特に海外作品は慎重にならざるを得ない状況にあったようです(そう考えると、スティーヴン・スピルバーグ監督に乞われて出演した『1941』(79)などは奇跡だったのかも)。

もし三船が出演していたら、ライトセーバーの殺陣は日本のチャンバラのようになっていたかもしれませんね。

キャスティングといえば、当時レイア姫のオーディションでジョディ・フォスターが最終選考まで残っていたとのことで、結局はキャリー・フィッシャーが見事に役を射止めたわけですが、もし彼女が抜擢されていたら、その後の女優人生はどう変わっていたことでしょうか?

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