映画コラム

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2016年11月27日

〝無垢〟から〝進化〟へ。『エヴォリューション』とルシール・アザリロヴィック、11年の沈黙

〝無垢〟から〝進化〟へ。『エヴォリューション』とルシール・アザリロヴィック、11年の沈黙

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」

エヴォリューション メイン


(C)LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMS A.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015


ついに今週から公開された『エヴォリューション』は、現代フランス映画界で最も鋭利な映像表現を見せてくれる女性監督、ルシール・アザリロヴィックの11年ぶりとなる長編映画だ。彼女の作品にはいつも創造力を刺激される。多くを語らないストーリーテリングに、決して一定のラインを超えないエロティックとグロテスクさを隠し持った繊細な映像。本作でも、そんな彼女の才能が炸裂する。

〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol8:〝無垢〟から〝進化〟へ。『エヴォリューション』とルシール・アザリロヴィック、11年の沈黙>

ルシール・アザリロヴィックといえば、何と言っても公私に渡るパートナーである、ギャスパー・ノエとのコンビネーションが、特別な存在感を放ち続ける。99年の『カノン』から、『アレックス』、『エンター・ザ・ボイド』、今年公開された『LOVE 3D』へと連なるノエのフィルモグラフィーは、賛否両論が飛び交う問題作として、世界中の映画ファンの記憶に焼き付いて離れない。

それは、アザリロヴィックの作品でも、同様である。しかし彼女の場合は、例えば『カノン』でクライマックスに訪れるカウントダウンテロップや、視覚的な攻撃は決して選ばない。実に美しい絵画的かつ童話的な世界に観客を誘い、その裏側にえも言われぬ残酷さが見え隠れすることによって、それに気付いた観客は、彼女の世界の虜になってしまうのである。まさに、「本当に恐ろしいグリム童話」を彷彿とさせるような存在なのである。

彼女の代表作、といっても長編監督作はこれまでに一本しかないから、必然的にこれを挙げなければならないだろう。2004年に制作され、日本では2006年に公開された『エコール』という作品だ。

エコール(字幕版)



森の中に佇む寄宿学校。高い塀に覆われ、外界とは隔絶されたその空間には、6歳から12歳までの少女たちが生活している。彼女たちは白い制服を身にまとい、学年によって異なる色のリボンをつけている。イリスという6歳の少女が棺桶に入れられてこの寄宿学校に連れてこられる冒頭、在校生の少女たちはイリスを迎え入れるために、それぞれのリボンを交換し合うのだ。

森での水浴びから、バレエのレッスンと、イリスは新しい環境に慣れようとしながら、この学校の厳しい規律を目の当たりにしていく。決して塀の向こうに逃れることができないこの学校は、男性を排除した楽園のように思わせて、深い秘密を抱えているのだ。そんな中、最上級生のビアンカは、夜な夜な宿舎を離れてどこかへ向かっていく。

ユートピア的な自由さが漂う昼と、ミステリアスな夜の対比が、周囲を取り囲む森の暗さと相まって魅力的に映し出される。そして、自然な森の緑の中に浮かぶ、彼女たちのリボンの人工物らしい色合いも、作品全体の童話感を高める。本作と同じフランク・ヴェーデキントの原作は、のちにイギリスでも『ミネハハ』(原作と同じ題)で映画化されたが、そちらに比べると本作の方が神秘的なルックから脱しない。

アザリロヴィックは監督デビュー作となった中編『ミミ』でも、12歳の少女を主人公に、「赤ずきんちゃん」の物語を潤色させた独特の世界を披露していた。男性的な性の描写をまざまざと描くギャスパー・ノエと対照的に、決して男性監督では描くことのできない少女世界を貫き通す。それはまるで、彼女の中に秘められた、無垢さだけで描き出されたファンタジーなのかもしれない。

ところが今回の『エヴォリューション』は、少女たちの物語ではない。ある島に暮らす女性たちと、彼女たちに育てられながら奇妙な治療を受ける幼い少年たちの生活が描かれるのだ。アザリロヴィック作品で男性が主人公となるのは異色な感じがするが、外界から隔絶した空間で、ある目的のために、その無垢さを操られていくという点では、『エコール』と共通している。そして母親として存在する女性たちもまた、これまでの彼女の作品の大人の女性キャラクターと同様の立ち位置だ。

しかし、アルジェントやリンチ、勅使河原宏などのアヴァンギャルド作家の作品からヒントを受けて作品に反映されたショッキングな描写が、これまでの彼女の作品と異なることを顕にする。前作から10年がかりで作り上げられたこの新作によって、アザリロヴィックという存在を、今後のフランス前衛映画界を担う女性監督へと進化させていくのだろう。

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(文:久保田和馬)

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