インタビュー
『クリミナル 2人の記憶を持つ男』、脳科学者 井ノ口馨教授インタビュー。現在の技術でも記憶を消したり、くっつけたりできる
『クリミナル 2人の記憶を持つ男』、脳科学者 井ノ口馨教授インタビュー。現在の技術でも記憶を消したり、くっつけたりできる
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2月25日から公開される『クリミナル 2人の記憶を持つ男』。同作は人から人へと記憶を移植させて任務を達成しようとします。記憶を移植させるということは現在の脳科学でできるのか?脳科学者で富山大学大学院教授の井ノ口馨教授にインタビューしました。
── 映画をご覧になっての感想をお聞かせください。
井ノ口 記憶移植というと、昔だったらSFでとんでもないことをやっているというイメージでした。しかし今だったら割と近い将来できるのではないかなと、現実感があって面白いと思いました。
記憶を移植したあと人が変わっていくところ、人格が影響を受けていくところが面白かったです。
── 記憶の移植は現在の技術で無理だと思いますが、将来的に可能になるのでしょうか?
井ノ口 今はまだ無理ですが、特定の記憶をピンポイントで消すことや、無関係な記憶を構成して脳内で新しい記憶をつくるといったことはできます。
── 催眠術ではなく?
井ノ口 催眠術のようなまやかしではなく実際にできます。記憶を消す、くっつける、離すまではできます。記憶を丸ごと移植するということを将来できるかどうか、この場に来るまでは具体的な方法は思いつかなかったのですが、話していて閃きました。人間の記憶は海馬にあります。3年くらいは海馬にあるのですが、そのあとは海馬から消えて大脳皮質に移動します。同じ人の脳だけど、記憶のある部位から他の部位に移っています。メカニズムではこれがどういうことか分かってきています。
海馬から大脳皮質へ移動するメカニズムで何がわかったかというと、海馬で蓄積した記憶が夢などで思い出すことがあると思いますが、その時の海馬の活動パターンが大脳皮質に同調して現れます。それが3年くらい経つと海馬から消えて大脳皮質に海馬の活動そのものが転写される。そういうことがわかってきたので、同じようなことを人間同士を繋いでやれば他者の記憶を移すこともできるかもしれないと思っています。
── 海馬から海馬に移すのか、大脳皮質から大脳皮質に移すのかどちらでしょう?
井ノ口 多分どちらもできる気がします。大脳皮質から大脳皮質も可能だと思います。
── そうなると記憶の運び屋みたいな仕事もできそうでしょうか?
井ノ口 できるかもしれないですね。『クリミナル 2人の記憶を持つ男』みたいに死んだ人から、記憶を移すこともできるかもしれない。
この映画のように、記憶だけでなく人格も移るかもしれない。
実は記憶は人格そのもので、記憶がなくなるとアイデンティティがなくなるということなんです。精神活動はすべて記憶によるものです。記憶がないと考えることやクリエイティブなことができなくなり、感情もなくなります。記憶は人格そのものということをこの映画はうまく描いています。劇中でも普段他人に対して謝るということをしない主人公が、死んだCIAエージェントの記憶を移植されたことで別の人格が入り、ついつい咄嗟に謝ったり、お礼を言ったりするシーンがあります。それとそのCIAエージェントの娘と主人公のやりとりが面白いと思いました。娘は主人公がどこか父親と親しい人間というのを直感的に感じていますよね。あのような形で人格が移っていることを描写しているのは説得力がありましたね。
── もしかしたら、記憶の持ち主の歩き方や癖も移っているかもしれません
井ノ口 その可能性はありますね。それは面白いですね。改めて見直してみたいです。ケヴィン・コスナーならやっているかもしれませんね。
── 記憶を移植した場合、行動や仕草などは移植した人間に似たりするのでしょうか?
井ノ口 歩き方とか喋り方などは記憶からでるものだから似てくると思います。例えばイチローの記憶を移せばバッディングが上手くなると思う。
もしかしたら将来的に記憶を買ったりできるかもしれません。今日の帰りにコンビニに寄って楽しい記憶を買って、夜いい思いをするとか。
記憶そのものが人生そのものでアイデンティティ。脳の中にその人の全てが詰まっています。いまの科学で記憶をピンポイントで消したり、そういうことが技術的にできるので人格も変えたり、SFではなく現実的に起こり得ると思って見るとまた面白くなると思います。
── 映画の中で特に好きなシーンは?
井ノ口 娘とのシーンが全般に好きですね。そこからのエピローグも良かった。ラストも捻りがあって面白かった。
脚本家がちゃんと脳科学者に話を聞くなど調べて反映して書いたと思います。細かいところもおろそかにしてないのがいいですね。例えばフラッシュバックのシーン、何かが引き金となって移植された記憶がフラッシュバックするというのは記憶のメカニズムそのもの。
── 映画を期待している人にオススメのポイントを。
井ノ口 記憶移植をテーマにしたアクション映画に見えるけど、根底はヒューマニズムの映画。男性だけでなく女性にも受けると思います。女性にはとっつきにくいかもしれないけど見てみると面白いと思います。
『君の名は。』も見たけどなかなかいいストーリーでした。若者が見る恋愛映画だと思っていましたが、あっちはかなりSFでした。(笑)
同作は、米軍の核兵器すら操ることができるプログラムを開発した謎のハッカー「ダッチマン」の居所を唯一知るCIAエージェントが殉死。ハッカーの居所を知るべくCIAは死刑囚にエージェントの記憶を移植し……。死刑囚が自分とは真逆のタイプの人間の記憶を移植され、テロと戦うアクション大作。
『クリミナル 2人の記憶を持つ男』は2月25日から全国公開。
(取材・文:波江智)
井ノ口馨 プロフィール
1979年
名古屋大学農学部農芸化学科卒業
1984年
名古屋大学大学院農学研究科博士課程修了(農学博士)
1985年
三菱化学生命科学研究所 副主任研究員
1991年
米国コロンビア大学医学部(Prof. Eric Kandel lab)
Howard Hughes Medical Institute (Research Associate)
ニューヨーク州立精神医学研究所
2009年
富山大学大学院医学薬学研究部(医学)教授
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