『散歩する侵略者』黒沢清ワールドを楽しむ入門編5作を紹介
最新作『散歩する侵略者』が、今年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門に出品されるなど、いまや21世紀の〝世界のクロサワ〟として、国内外で高い評価を獲得している黒沢清監督。
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
青山真治や塩田明彦ら、日本映画を代表する監督を輩出した立教大学の映画サークル「パロディアス・ユニティ」の一員として、自主映画製作を経験し、今でも日本映画界の才能を発掘し続けるPFF(ぴあフィルムフェスティバル)で入賞。
長谷川和彦や相米慎二らの助監督として経験を積み、83年に監督デビューを果たした彼は、多くの映画ファンから絶大な信頼を寄せられている。
ホラーやサスペンスなど、ジャンル映画を独自の映画的文法で紡いでいく手腕は、とりわけフランスで高い評価を得ている。しかしながら、日本では少しハードルが高い映画作家という印象を持っている方も少なくないはずだ。
今回は彼のフィルモグラフィの中でも、比較的身構えることなく、作品世界に没頭できるタイプのものを5つ紹介しようと思う。
『アカルイミライ』
まずは2003年に公開された本作は、二人の青年を通して〝未来〟への漠然とした不安を描き出した青春ドラマ。
そんな彼らの心情が、黒沢清作品特有のどんよりとした景色とシンクロし、他の作品とは異なるニュアンスで見えるのが印象的だ。浅野忠信とオダギリジョーを筆頭に、加瀬亮や松山ケンイチのキャリア初期の姿も見ることができる。
主題歌にはTHE BACK HORN。曲のチョイスもまた見事。
『トウキョウソナタ』
カンヌ国際映画祭で絶大な指示を集め、現在の黒沢清の評価を決定づけた本作は、都会で生きる家族の崩壊を静かに綴った現代劇。
ある意味では、今回の『散歩する侵略者』へと繋がる部分もあり、はたまた『東京物語』のように、ひとつの時代の日本の家族の姿を切り取った部分も感じることができよう。
いずれにせよ、彼の作品の中で最も現代人の心に響くタイプの作品であることは間違いない。ちなみに、本作で津田寛治の娘を演じ、デビューを飾ったのは、現在『トリガール!』が公開中の土屋太鳳。
『クリーピー 偽りの隣人』
(C)2016「クリーピー」製作委員会
香川照之が演じる奇妙な隣人と、一家行方不明事件を追う犯罪心理学の教授を描いた驚異的な怪作。
代表作である『CURE』など、猟奇的な登場人物を配したジャンル映画を得意とする黒沢清だが、一層その手腕が洗練された印象を受ける。強い魅力を放つキャスティングに、クライマックスの運転シーンの異質さ。
〝黒沢清らしさ〟という強い作家性が、娯楽性と結びついた決定的な瞬間が記録されている映画ではないだろうか。
『回路』
インターネットを介して「死」が感染するという、2001年当時としてはあまりにも最先端で掴みどころのなかった題材が、ネット社会と化した現代から見ると、実にリアルに描写されている。
幽霊ホラー映画でありながら、社会派サスペンスでもある。ラストシーンのおどろおどろしさに加え、図書館のシーンなど、記憶に焼きつくヴィジュアルの数々が何よりの魅力。
2006年には『ヴェロニカ・マーズ』でおなじみのクリステン・ベル主演でハリウッドリメイクもされた。
『花子さん』
テレビで放送された、わずか30分程度の本作ですら黒沢清の持ち味は衰えることがない。
取り壊しの決まった旧校舎に訪れた4人の男女に起こる恐怖を描いているのだが、いくつもの不穏さによって徐々に駆り立てられていく静かな恐怖が、とてもテレビクオリティとは思えない。90年代の学校ホラーには欠かせない存在である〝花子さん〟の姿が、夢に見るほど恐ろしく、不気味なのだ。
ちなみにこの「春の物の怪スペシャル」は、どれも傑作揃いで必見の作品ばかりである。
『散歩する侵略者』
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会
そして新作の『散歩する侵略者』は、宇宙人の侵略というSF要素が軸ながら、松田龍平と長澤まさみが演じる夫婦の神聖なる愛の物語と、長谷川博己と乗り移られた若者たちの友情の物語が重なり合った、これまでとは一風変わった黒沢清ワールドが展開される。
薄暗い雲に覆われた空や、不気味な登場人物たち。いつもの黒沢清映画を観ている気分を味わいながら、何だかジャン=リュック・ゴダールらフランス製のSF映画を観ているような、哲学的な気分にも包まれる。
また、舞台劇を原作にしているだけに空間の切り取り方が非常に精巧であり、スピード感がある展開に息つく暇をも与えない。これは黒沢清の最高傑作と言ってもいいかもしれない。
『散歩する侵略者』は2017年9月9日(土)から全国ロードショーされる。
(文:久保田和馬)
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