インタビュー
バンダイに行ったら、20周年を迎えた“「たまごっち」の今”が面白かった話
バンダイに行ったら、20周年を迎えた“「たまごっち」の今”が面白かった話
──いちばん売れたという初期のものは、どれくらいの売り上げたんでしょうか?
木次:単体での個数は出していないのですが、第一世代の1996年〜99年3月までの公表値では、海外での販売数も合わせて4000万台ですね。
──2004年からでも11種と、これだけ出ていると新作を考えるのも大変そうですね。
木次:たまご形に3つボタン、という形状と、たまごから生まれて、お世話の仕方で成長するキャラクターが違う、というところは「たまごっち」のアイデンティティとして、ずっと変えていないんです。それを残しつつ、どういう新しさや驚きを加えていくかというのは、いつも苦労しますね。
「たまごっち」というものが確立されているというのは、いい部分でもあり、悩ましい部分でもあります。
──赤外線通信はギリギリ知っていたような気がしますが、カラー液晶になったというのは、今回初めて知りました。
木次:赤外線通信をつけたのは、自分が育てた“たまごっち”を友達に見せるだけでなく、通信によってコミュニケーションツールにするという意図があったんです。これは小学生の女の子たちにとても人気でした。
カラー液晶になった「たまごっちプラスカラー」からは、画面の表現力など、できることの幅が広がって遊びが深くなっているんです。白黒のときは、画面の中をキャラクターがウロウロしているだけだったんですが、カラーで背景を表示できることで、お部屋やお出かけ、天気といった概念ができました。
──カラーになったことでボタン電池から単4電池に変わり、サイズも大きくなったということでしたが、苦労も大きかったのでは?
木次:おもちゃ業界としてもカラー液晶が少ない時代だったので、新しい試みとしてのノウハウだったり、開発的なところで手探りだったというのはあります。遊びという面でも、カラーならでは、というものを考えるのが初めてだったので、そういう苦労はあったと思います。
──約10年前となると、スマートフォンも普及してないくらいの時代ですもんね。
木次:そうですね。ガラケーのときは、赤外線通信を使って携帯電話と通信させる遊びもありましたが、スマートフォンが広まって赤外線通信が使えなくなったときに、遊びかたも変えなきゃいけないね、という話になりました。
──今は“たまごっち”を預けるような機能もついていると聞きましたが、それも時代背景を反映していますよね。
木次:2012年の「Tamagotchi P’s(たまごっち ぴーす)」のときに、たまごっちを学校に行かせるという遊びが追加されました。
自分が忙しくても、ご飯をあげたり、掃除をしたり、ペットとして世話をしなくてはいけないというのが、ほかのゲームにはあまりない、いいところだと思っています。
ただ、子供たちも塾や習い事などで忙しいし、お母さんも面倒を見続けるのは大変なので、世話をしなくてもいい時間を「たまごっち」らしく作るということで、学校を作りました。
“たまごっち”を生き物として育ててほしいという思いから、誕生から今まで、電源のオンオフやポーズボタンをつけないことにも、ずっとこだわっています。
──本当にペットのような感覚で向き合うことで、命を大切にすることも教えているんですね。
木次:はい。昔は少し世話をしないと、すぐ病気になったり、死んじゃったりしていたので、今はだいぶ育てやすくなったと思います(笑)。それでも、ちゃんとお世話をしなきゃいけない、とか、自分の都合のいいときだけかまえばいいものではないよ、という目線は今だに持っていますね。
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