『夏時間』レビュー:ノスタルジックな空間になじめない少女の繊細な“夏の時間”
田舎に住む祖父ヨンムク(キム・サンドン)の大きな家で夏を過ごすことになった10代の少女オクジュ(チェ・ジョンウン)と弟(パク・スンジュン)、そして父ビョンギ(ヤン・フンジュ)。
まもなくしてそこに父の妹ミジョン(パク・ヒョニン)も加わり、三世代の賑やかな、しかしどこか寂し気で空虚な趣きも感じられないではない生活が始まります。
真夏の白々とした暑い空気感の中、庭の緑やトウガラシ、ミニトマト、スイカ、麺など夏を感じさせる食材、そして日本の昭和を思わせる邸宅の部屋の空間、世代的にも懐かしい蚊帳やミシンなどのアイテム……。
どこかノスタルジックな雰囲気の中、なぜかそれらになじめないまま日常を過ごす少女の苛立ちとも焦燥ともつかない繊細な想いが巧みに描出され、見る者にふわりとしたスリリング感をもたらしてくれています。
1枚の写真から今回のヒロインに抜擢されたというチェ・ジョンウンが、こうした“夏時間”を体感させる全ての要素と堂々対峙ながら、その存在感を際立たせてくれているのは、まさに映画ならではの奇跡の発露。
昨年日本でもヒットした『はちどり』に続く少女映画の傑作としても大いに讃えたいところがありますが、それは同時に『パラサイト』半地下の家族』を今更ながらに持ち出す必要もないほど、韓国映画の隆盛を示唆しているともいえるでしょう。
そういえば『はちどり』も含めて、このところ韓国映画界は女性の監督が続々と登場するようになり、秀作を世に放っては世の注目を集めるのが日常化しているほどの盛況を示しています。
本作のユン・ダンビ監督も当然ながらその中のひとり。
これが彼女にとっての初長編映画となりましたが、第24回釜山国際映画祭でNETPAC賞&KTH賞&DGK賞&市民批評家賞を受賞し、ロッテルダム国際映画祭でもBright Future長編部門グランプリに輝くなど、早くも世界的な脚光を浴び始めています。
また性の別など優に超越した次元でも、画と音の隅々にまで腐心し続けていく彼女の瑞々しくも思慮深いこだわりに満ちた演出姿勢は長編デビュー作という冠にもふさわしく、多くの観客の心を切なくも優しく包み込んでくれることでしょう。
本当にまたまた韓国映画界はとてつもない逸材を世に放ってくれたものだと唸らざるを得ない、そんな秀作です。
(文:増當竜也)
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