弘兼憲史人生を学べる名画座 Vol.11|『砲艦サンパブロ』|「「何が旗だ 何が名誉だ」」
この映画は日本ではあまり知られていませんが、隠れた名画といえる作品です。
この作品の年にアカデミー賞作品賞を獲ったのは、フレッド·ジンネマン監督の『わが命つきるとも』です。この映画もなかなかよかったのですが、僕は断然『砲艦サンパブロ』をお薦めしますね。
監督は、この作品の前に『ウエスト·サイド物語』(1961年)、『サウンド·オブ·ミュージック』(1964年)でアカデミー賞監督賞を受賞しているロバート·ワイズ。
ミュージカルが得意な監督なのかと思っていたもので、『砲艦サンパブロ』を観た後に「こういう作品も撮れるのか」と、非常に感心しました。ロバート·ワイズはとても器用な監督で、この後には僕の結構好きな『アンドロメダ...』(1971年)というSF映画も撮っています。好きな監督の一人ですね。
キャストもなかなか素晴らしく、主演のスティーブ·マックィーンの他に、後に監督した『ガンジー』(1982年)でアカデミー賞監督賞を受賞したリチャード·アッテンボロー、この年にデビューしたキャンディス·バーゲン、この作品でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた日本人俳優·マコ岩松などが存在感を出しています。
『砲艦サンパブロ』で描かれているのは、1926年の中国。
日本ではちょうど大正から昭和になった年で、お隣の中国では国民党と共産党が国をあげての内乱寸前という状態でした。
そんな不穏な空気の中、アメリカやイギリスの軍艦や砲艦が、国威を示すために中国各地に停泊していた。この映画のタイトルになっているサンパブロも、その中の一隻です。中国の人々からすれば、その存在自体が煙たいのだけれども、戦争になったら負けてしまうので迂闊に手出しはできない。当然、反米感情が沸き上がります。
この映画は、そんな時代背景を通して、様々な人間模様を描いていくのです。
ホルマン (スティーブ·マックィーン)は海軍の優秀な機関兵。ちょっと複雑な過去を持っているために、周りの人たちとうまくやっていくことが苦手で、9年間に7回も艦を変えている。その7回目の異動先が、海軍の中でもっとも旧式の砲艦サンパブロでした。
「サンパブロは軍に認められていない中国人たちが機関室を運営していたため、エンジンは故障寸前。「構造を知らない中国人にエンジンを任すことはできない」とホルマンは反発し、中国人のリーダーであるシンと対立します。
そんな中、それまで機関室を仕切っていた中国人が事故で死んでしまい、その後任としてホルマンが育てようとするのが、ポーハン (マコ岩松)という中国人です。
ホルマンは、みんなにバカにされている彼に愛情を持って、一生懸命機械のことを教えてやり、二人の間には信頼関係が生まれる。ですが、シンはそんな二人を快く思わない。
ある日、シンは反米感情が過熱している港にポーハンを騙して上陸させたため、彼は艦の目前で中国人たちに生け捕りにされてしまいます。
反米中国人は、「こいつはアメリカの手先だ。今から処刑する」と言って彼を吊るし上げ、裸にした上半身を、青龍刀のようなもので切り裂いていく。
それを見た艦長は、発砲すると国際問題となるために身代金を払うと言って交渉するのですが、中国人たちは聞く耳を持たない。胸や腹を残酷に切り裂かれるポーハンは、あまりの苦しみに耐えかねて「誰か俺を撃ってくれ」と船員たちに懇願する。とうしようもない状況の中、ホルマンは無理矢理銃を奪って、ポーハンを射殺してしまう。
これは、忘れることのできない名シーンでした。
(制止を振り切ってポーハンを射殺したホルマン。彼の表情から、苦しい胸中が見てとれる。)
冤罪によって裁判に巻き込まれた牧師を、サンパブロの兵士たちが領事館まで送りに行くというシーンがあります。
その帰り道、真っ白い軍服を着ている兵士たちに向かって、道の両側から、あるいは建物の二階から、中国市民がいろいろなものを投げつけるのです。トマトのような野菜や残飯、生ごみのようなものまで投げつけられて、真っ白い軍服は汚れにまみれてしまう。ですが、抵抗すると国際問題になってしまうので、兵士たちはなにもできない。
艦に戻った兵士たちが、「この軍服は、洗わずに焼却しろ」と、汚れた軍服を脱いで床に叩きつける。このシーンも、とても印象に深く残っています。
また、この映画にはラブロマンスの要素も含まれています。
ホルマンの唯一の友人であるフレンチー (リャード·アッテンボロー)は、港近くで立ち寄った酒場で出会った中国人女性に恋をする。当時、中国人との結婚は海軍で禁止されていたのですが、フレンチーは酒場に売られてきた彼女を身請けしたいと思うのです。
その金額は200ドル。ホルマンはフレンチーに協力して200ドルをなんとか調達して身請けにいくのですが、酒場の主人は欲を出して彼女を競りにかける。テーブルの上に彼女を乗せて、「こいつをいくらで買うか? 買うか?」 と、スカートを捲り上げたり、ブラウスを破ったり。
このイメージは、『取締役 島耕作』のチャコママのシーンで使わせていただきました。
(C)弘兼憲史/講談社
この後、助け出された彼女とフレンチーは、軍に秘密で結婚式を挙げるのですが、彼女に会うために冬の海を泳いだことがたたって、フレンチーは命を落としてしまう。
ホルマンはそれを知らずに艦に戻らないフレンチーを探しに行くのですが、彼の目の前で彼女も中国人に突き落とされて死んでしまう。
そして、その濡れ衣がホルマンにかけられるのです。
中国人たちはサンパブロを取り囲み、「殺人者を引き渡せ」とのアピールを繰り返す。ホルマンは艦のために濡れ衣をかぶろうともするのですが、コリンズ艦長(リチャード·クレンナ)は断じてそれを許さない。艦長はアメリカ海軍の誇りにおいて、部下が殺人者として中国に連行されることをよしとしないのです。
艦長はホルマンを乗せたまま、揚子江上流に向かうことを決断する。しかし、上流では激しい戦闘が予想されるため、船員たちはホルマンを中国人に差し出すべきだと考える。そしてある日、コリンズ艦長が命令した反米中国人の小船に対する威嚇射撃を船員が行なわず、ホルマンに対するシュプレヒコールが艦内に沸き上がる。明らかに命令違反です。艦長は自ら銃をとり、部下の前で威嚇射撃をします。国の名誉、艦の名誉、そして部下を守らなければならないという上官の意地、正義とヒューマニズム、部下に反抗された不名誉など様々な感情が入り乱れて、艦長は自殺という心境にまで追い込まれてしまいます。
ちょうどその日、南京で国民党がアメリカ人を殺害するという事件が起こり、その報告がサンパブロに入る。コリンズはこれを名誉挽回の絶好の機会と考え、艦長独自の判断で揚子江上流にいるアメリカ人宣教師と女性教師·シャーリー (キャンディス·バーゲン) の二人を救出しようとするのです。
上流では中国軍の激しい抵抗に遭い、戦闘によって双方に多数の犠牲者が出ますが、サンパブロはなんとか防衛線を突破する。コリンズ艦長は、ホルマン以下数名の部下を引き連れて、自ら伝道所まで救出に向かうのです。
しかし、伝道所にいた牧師とシャーリーは、アメリカによる救出を拒否する。コリンズ船長は、それが信じられません。「せっかく助けに来てやったのに、なにを言ってるんだ」という心境でしょう。なんと二人は、アメリカ国籍までを放棄してしまっていたのです。
艦長と牧師の間で、「帰る、帰らない」の問答が続いているところへ、学生の義勇兵が伝道所の庭にフラフラになって人ってくる。牧師が驚いて駆け寄ると、その義勇兵は牧師たちがかわいがっていた一人の優秀な学生·ショージェンの死を告げるのです。
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牧師:シャーリー ショージェンが死んだ
〜コリンズ艦長を見て〜
牧師 :君が殺したのだ そして償うのは私
みな君のせいだ 誇りに目がくらんだ君の
何が旗だ 何が名誉だ
大切なのは人間なのに..
〜涙にくれる牧師〜
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コリンズは、確かに名誉挽回のために救出に向かったとはいえ、その行動はアメリカの正義によって行なわれたものです。南京での事件があった以上、アメリカ人が迫害されるだろうというのは目に見えている。だからこそ、危険を顧みずに救出にやってきた。
ですが、牧師には牧師の正義があって、その正義は中国に残って布教活動を続けることだった。せっかく救いに行ったのに、「僕は残る」という皮肉は、『プライベート·ライアン』(1998年)にも通じるものがありますね。
僕が思うのは、世の中に絶対的な正義はないということです。
救出しようとした艦長にも正義があり、残ると言った牧師にも正義がある。そして、アメリカにはアメリカの正義、中国には中国の正義があるのですね。
この映画は、当時過熱していたベトナム戦争への批判が込められているともいわれましたが、こういった国際状況は、アメリカとイラクにも共通する部分があります。
アメリカはアメリカの正義の名の下によかれと思ってやっていることが、その国にとっては必ずしもよいことではないということですね。
しかし、一部の人が主張するように、アメリカがイラクにまったく干渉せず、「自分たちのことは自分たちで片付けろよ」という態度を取ったら、独裁者による圧政によって少数民族がどんどん殺されてしまう危険性がある。クウェートがイラクに侵略されたときも、アメリカがもし動かなかったら、数多くのクウェート国民が虐殺されていたと思います。
複雑な問題は数多くありますが、「世界中が平和に暮らせるようにするためには」ということを考えると、大国の責任として、おせっかいかも知れませんが他国を救わなくてはいけないときがあるでしょう。
そしてそれは、名誉や旗のためではなく、人間のために行なわれる行為であるべきです。だからこそ、「何が旗だ 何が名誉だ 大切なのは人間なのに......」という牧師の言葉が心に残るのだと思います。
僕がこの映画を観たのは大学生の頃でしたが、観終わった後は、座席に背中がはりついたように、しばらく動けませんでした。「反米感情の中で働くアメリカ兵というのは、難しい立場だなあ」とつくづく思ったものです。
この作品は、一人の水兵の「不器用だけれども自分の考えを貫いた」という生き方を描いています。その中に恋もあれば友情もあり、人種差別問題、反米感情や国際間の感情の行き違いなどもある......。
『砲艦サンパブロ』は、時代を超えた問題を提起してくれる、素晴らしい作品なのです。
弘兼憲史 プロフィール
弘兼憲史 (ひろかね けんし)1947年、山口県岩国市生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年に『人間交差点』で小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年、紫綬褒章を受章。19年『島耕作シリーズ』で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。
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