<映画『あの頃。』>「推し」との時間は限りがあるけど、永遠だ



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シネマズプラス月刊企画のテーマ「夏の終わりに観たい映画」。自由な発想で執筆OKとのことで、映画『あの頃。』(21)の「あの頃」を人生の夏に見立て、推しとの時間について書くことにした。

ハロプロのヲタクたちを描いた映画『あの頃。』



推しを好きになる瞬間、推しを通じた人との出会い、推しと初めて会った時、推しの卒業、そして全力で推す時期が過ぎた後……さまざまな瞬間が切り取られている。内輪ノリっぽい感じや下ネタなど、見る人を選ぶ描写もあるにはあるが、ハロヲタはもちろん、誰かしら「推し」がいる人、いたことがある人は、何かしら琴線に触れる部分があるのではないかと思う。

前提として少しだけ自分語りすると、筆者は24年ハロヲタをやっており、在宅だった時期もあれば推しに会うためにアメリカのシアトルまで行ったこともある。またハロプロ以外にも男性アイドル、バンドなど各方面さまざまな方面に推しがいる・いた(ほぼ好きでなくなることはないので、だいたい10年以上好きである)。

普段推しという言葉はアイドルにしか使わないが、今回はわかりやすくまとめて「推し」とさせてもらう。

推しとの時間はいつか終わる……?



全力で推せる楽しい時期が永遠に続けばいいと思うけど、いつかは終わってしまう。アイドルはいつか卒業するし、グループやバンドは解散や活動休止をするし、その他いろいろな事情でステージから姿を消してしまうことは多い。もしくはこちら側がファンを辞める場合もある。

ことの経緯によっては、推しを思うこと自体が痛みを伴ってしまう場合すらある。すでにそういった経験があるという方も多いだろう。ちなみに非常に言いづらいが、筆者がしんどかったのは、数少ない歴代推しのひとりが逮捕されたことだ。ちょうど友人とごはんを食べていたとき、ネットニュースのタイトルを見て絶句したときのことは忘れられない。大好きなバンドが解散して、何年も曲を聴けなかったこともある。

でも、もし終わったとしても、意味がなかったわけじゃないし悲しいだけじゃない。この映画は、そこに改めて気づかせてくれた。本記事では、共感したエピソードや心に残ったトピックを、ちょいちょい思い出を挟みつつ紹介したい。

※ハロプロのヲタク、通称ハロヲタは「ヲタ」表記なので本記事では「ヲタク」「ヲタ」と表記します。

推しに落ちる瞬間



『あの頃。』では、推しとの出会いの瞬間、推しに落ちる瞬間が描かれている。
バンドをクビになった主人公・劔(松坂桃李)が友人からもらったDVDに入っていた松浦亜弥「桃色の片思い」PVを観ているうちに涙が出てくる、というものだ。次の瞬間、はつらつとした様子で自転車を走らせ、CD屋を訪れていた。

推しを好きになるきっかけは本当にさまざまで、いろんなケースがある。どんな出会いもすべからく尊くて、本人にとっては特別だ。そして、その瞬間の多くは突然やってくる。

ちなみに筆者は、ハロプロの推しに落ちたきっかけは「オーディションで思うようにできなかった自分に“ムカツク”と言った瞬間」と、「演劇でのお芝居に衝撃を受けて、次のツアーに行ったらその子ばかり目で追うようになってた」だった。

「見た目が自分の理想だった」人もいるし、「歌やダンスなどのパフォーマンスに落ちた」人もいるし、「握手会の対応が良くて好きになってしまった」人もいる。

推しに対する感情・共感セリフ集



「わかる」と共感するセリフがたくさんあったので、いくつか紹介させてもらう。

「見たら元気出る」


主人公・劔がハロプロを通じて新しくできた友人の一人から「(バイト大変でも)あやや(松浦亜弥)見たら元気出るんちゃう?」「俺はごっちんやけどな、めっちゃ元気出んねん」「ほんっとそうなんです」「わかるわー」と会話する場面がある。

それな!!

推しを見てると元気が出る。これは推しを持つ人、ほぼみんな思うことなんじゃないだろうか。日常であるいろんな嫌なこと、推しを見ている瞬間は忘れられる。明日からまた、頑張ろうと思える。

「そんなことであややに迷惑かけたくない」


セクシータレントの握手会に行ってガチガチに緊張した主人公・劔が、友人であるコズミン(仲野太賀)に「松浦の握手会やったら即死ちゃうか」と言われて出たセリフ。ヲタクたるもの、推しに迷惑をかけるようなことだけはせずに生きていきたいものだ。ちなみにここでのそれぞれの反応の違いがそれぞれ、こういうヲタクいる~! という既視感があった。そして相手の緊張度や要求によって柔軟にベストな対応を調整するタレントの子、プロだ。

「毎日楽しいの、誰のおかげやねん」


あややとの握手会に当選した劔が「行っていいんですかね」と言ったのに対し、コズミンは「行かなあかん。自分毎日楽しいの、誰のおかげやねん」
「ちゃんと目ぇ見て、あややにいつもありがとうって言おうや」と言う。

推しのおかげで毎日楽しいというのもその通りだし、握手会に行くことになったとき「ありがとうと言わなければ……!」と思う気持ちもわかる。

推しとの初握手シーンがリアル


はじめて推しと握手する瞬間に、ものすごく共感した。
並んであと数人になったときの緊張、前の人の握手がちょっと聞こえてきてああ本当に存在するんだ、と実感するところ……。言いたいことを何度も心の中で繰り返して、だいたいその通りに言えたためしはない。

そして直接見る推しは、びっくりするほどかわいい。

「あややが見ている 汚辱にまみれた この見る価値のない僕を」

これもわかる。そんな綺麗な目に一瞬でも自分なんかを映していいのかと思う。

握手のあとに「今まで逃げてばかりだった自分を卒業できたのは、あややのおかげだった」とナレーションが入るのもいい。推しは人生の恩人なのだ。

ロマモーがかかったら踊ってしまう生き物・ハロヲタ


大学祭でのイベントで藤本美貴「ロマンティック浮かれモード」をバックにヲタクたちが踊り狂っているシーン。引いた方もいるかもしれないが、この曲のイントロがかかったら自然に身体が動いてしまうものなのだ。みんなラジオ体操の音楽が流れたら自然と身体が動くでしょ? あんな感じ。

途中で「美貴様美貴様美貴様美貴様」と掛け声がかかるところ、本来は「美貴様美貴様お仕置きキボンヌ!」だ。お仕置きキボンヌが何らかの理由により駄目だったんだと思う。

卒コンの西田尚美とのシーンが秀逸


個人的にいちばん共感したのが、石川梨華卒コンのシーンだ。
劔はネットで隣の席が余っていた女性・馬場さん(西田尚美)からチケットを購入し隣で見るのだが、梨華ちゃんのパフォーマンスや卒業挨拶(手紙)を見る二人の表情がいい。涙を浮かべながら微笑んでうなずくような、何とも言えない表情。すごい、卒コンってこうだよな……と共感した。おそらく普段からたくさんライブに行っているタイプではなさそうな馬場さんが、食い入るように真剣な眼差しで推し・梨華ちゃんの一挙手一投足を見守っている様子もまた、わかるな~と思った。

筆者が初めて現場に行く決心をしたのも推し(吉澤ひとみ)の卒業が決まったからだったし、10年後、3分の1公演行った推し(工藤遥)卒業ツアーでは何か所行っても1秒たりとも彼女を見逃したくないと思った。手紙朗読のときは隣にいた友人が引くほど泣いた。

モーニング娘。の名曲・恋ING


もう、この曲をメイン曲にしたところがわかってる! と思った。
「恋ING(こいあいえぬじー)」というこの曲は、シングル「Go Girl 〜恋のヴィクトリー〜」のカップリング曲だ。カップリング曲ながら、多くのハロプロメンバーに歌い継がれてきた曲で、ハロヲタは大好きな人、多いんじゃないかと思う。

恋愛からしばらく遠ざかっていた主人公が、大好きな人に出会って恋の喜びを知って、いつまでも二人でいたいと願うという最高に可愛い曲だ。歌詞もいいしメロディーも素晴らしい。シングル曲ではないため、ハロヲタではない人が知る機会は少なかったこの曲をメインテーマに据えたの、とても秀逸だと思う。

残念ながらオリジナル音源の入った公式動画がないので、公式として出ている中で比較的原曲のイメージと近いミキティこと藤本美貴オフィシャルYouTubeの動画をご紹介する。実際に原曲でも、ミキティはメインで歌っている一人だ。



夫である庄司智春さんがギター伴奏しているところもよい。この曲の歌詞を体現している。ミキティはスキャンダルで脱退したけど、ここまで続いて幸せになってたらもうあっぱれだと個人的には思う。

それにしても、映画に合わせて娘。やハロプロ公式チャンネルでYouTubeをアップしてたらもっとシェアされただろうに、ちょっと残念だ……。

「片思いも出来なくて 人生つまんないって時期もあった
今 実際 恋愛中 久しぶりに夢中」

「いつまでも二人でいたい パンが一つならわけわけね
まだ 実際 駆け出しね 全ての始まりね」

こんな感じの歌詞で、なんならヲタが結婚式でかけたい曲だと思うのだが、
映画を観ていると、ある意味推しと出会えたヲタクの歌にも思えてくる。

コズミンが病気になり、エロいものより二次元の美少女のほうが好きになっても、病床で聴いていたのは恋INGだった、という演出には泣いた。しかも劇中で出てくるこの曲は1回目と2回目はお世辞にもあまりうまいとは言えないヲタク役の男性たちの歌唱なのだが、最後の最後で、コズミンが聴くところでオリジナル音源が流れてそのままエンドロールになるのが、もう……。

この名曲に新たなスポットを当ててくれた『あの頃。』に、あらためて感謝したい。

下ネタ演出に感じたこと


『あの頃。』は共感を集める一方で、ヲタクの内輪ノリや下ネタに嫌悪感を示した人もいた。個人的には内輪ノリのシーンで痛々しいものを見る気持ちにちょっとなったし、下ネタはまあなくても良かったかな~とは思う。

ただひとつ感じたのは、この作品に出てくるヲタクたちは推しを恋愛や性の対象にしていなかったことである。AVを見たり風俗に行ったり友達の彼女を狙ったりしているし自慰のシーンも出てくるが、アイドルはその対象ではないのだ。

アイドル好きではない人の中には、アイドルを好き=恋愛対象として好きになるパターンしかないと思っている人がいる。筆者は女なので「なんで女性なのに女性アイドルが好きなんですか? 僕だったらどうせ好きになるなら異性がいいですけど」と言われたことがある。そうじゃないんだよな~! と何度思ったことか(もちろん、ガチ恋という方を否定する気はなく、本人に迷惑をかけない範囲なら全然アリだと思う)。そこがはっきり分けられていた点は良かったと思う。

推しとの時間は、有限だが永遠だ



「仲間たちとの中学10年生のような時間が、これからもずっと続いていけばいいなと思った」と思っていた劔だったが、彼も彼が出会った仲間の多くも、途中からハロプロよりも大事なものができた。だが前ほどの熱量ではなくなったものの、ゆるくハロプロを追いつづけていた。

劔は「ときどき思い出します、みんなと過ごしたあの頃を」とナレーションしてたし、病気によりほぼ助からないことがわかったコズミンの生前葬イベントで恋INGを歌ってた最中に思わず泣いてしまった劔に「あの頃おもろかったなぁ」と笑顔で言ったコズミン。もうなんか、それがすべてだなと思った。

楽しく推せる時間はいつまでも続くわけではないと、冒頭に書いた。
でも、どんなことがあっても夢中で推した時間が無駄だったかというと、それは絶対に違う。その時間はたとえ終わっても、すごく好きなものに夢中になった時間や感じた気持ちは永遠に残って、どこかで自分の人生を励ましてくれる。

ずっと熱量高い同じ時間が続くわけじゃないし、推しの状況も自分の状況も変わるし、ヲタクはいい人もいるけど正直面倒な人もまあまあいて、嫌な思いをしたこともある。

でも振り返ってみれば「あの頃おもろかったなぁ」だったな、とあらためて気づけた。

推しのいる人生で、よかった。

(文:ぐみ)

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(C)2020「あの頃。」製作委員会

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