中田秀夫監督・先駆者としての変化と挑戦。『“それ”がいる森』インタビュー


▶︎『“それ”がいる森』画像を全て見る

9月30日から公開された相葉雅紀主演、中田秀夫監督最新作『“それ”がいる森』。

公開日前日、“それ”の正体に大きな注目が集まるタイミングで中田秀夫監督にインタビューを実施。話は映画『“それ”がいる森』だけにとどまらず、ホラー映画の今昔をJホラーの先駆者から聞くことができるものになった。

※一部『“それ”いる森』のネタバレ要素を含むものになっています。
 

『“それ”がいる森』まで恐怖を描き続けることについて



――まず、映画を観て“それ”について驚かされました。


中田監督:“それ”というのは?

――一つは森の中の“銀色の物体”ですね。

中田監督:そうですね(笑)。通常は、その痕跡から始めますものね。

――特に森の中に“それ”があったので非常に際立った違和感を持ちました。もう一つが、クライマックスの学校のシーンに代表される“それ”の存在です。

中田監督:企画そのものが、“それ”ありきではじまったのです。実際にある森で、映画そのままではないけれど、多くの目撃情報があるということで、『事故物件 恐い間取り』(以下『事故物件』)の秋田プロデューサーたちが企画を自分に持ってくる前に現地に行ったそうです。話を聞いて、「“それ”についての映画をどう物語化するか」と思案しました。

――公開前、ネット上では“それ”について多くの考察が出ていました。森という言葉もあるからか、どちらかというと日本に土着の存在、物の怪のようなものを考えている人が多いようです。

中田監督:ヒバゴン(広島県比婆郡で目撃例のある生物)という人がいたり、心霊の方向の存在という可能性もあるのではという人もいたり、これは和製英語らしいのですが“UMA(未確認生物)”という意見もあって。作り手としてはもちろん“それ”が何なのか分っていて、皆さんの想像力を掻き立てる戦略的なこともあって(公開前は)伏せることにしました。

――公開後、“それ”についての観客の反応が楽しみですね。

中田監督:僕も正直すごくドキドキしています。『事故物件』のときよりさらにドキドキしている。『事故物件』もかなりプレッシャーがあったけれど……。

Jホラーとして『女優霊』(1995年)、それから数年後に『リング』(1998年)を撮りました。『女優霊』については、仲間うちからは「撮影所の様子はよく描けているけど、全く怖くないね」と言われて悔しい思いをしました。その分、『リング』は「とにかく恐さだけを追求しよう、恐いと言われなければ負けだ」という思いで作ったんです。

ホラー映画というものはもちろん、恐くなくてはいけないのだけど、今回『”それ“がいる森』について“ホラーエンタメ”という言葉を使っているのが、ヒントになっていると思うんです。『事故物件』のときは“ホラーエンタメ”とほとんど同じ意味の言葉として、“恐ポップ(こわポップ)”という言葉を作って「恐いけどポップなんだよ」と。(『事故物件』のメインキャラクターとして)芸人さんも登場してきて、「ストレートホラーとは異なる何か」というヒントを観客に提示してみたつもりです。

というのも、90年代からの『リング』や『呪怨』(オリジナルの監督である中田監督と清水崇監督はともにハリウッドリメイク版でメガホンを取った)といったテイストのホラー映画が一つの基準値としてあるんだけれど、なかなかそれをずっと繰り返していくわけにいかないんです。

日本人も若干アメリカナイズされてきていて、ハロウィンなどで“恐怖感を楽しむ感性”が育ってきた。『カメラを止めるな!』(2018年)なんかは、ゾンビ映画という一面を持ちながら成功を収めましたよね。僕はゾンビ映画は日本では流行らないと思っていたけれど、いよいよ受け入れられたりして、観客が座席で身を硬くして恐がるだけではなくて“能動的に観客が反応するホラーエンタメ”というものがあってもいいんじゃないかということを『事故物件』あたりから思い始めたんです。

『事故物件』と『“それ”がいる森』とではサブジャンル的には違うけれど、“恐さもあり、エンタメ感もあり、家族ドラマであり、子どもたちの友情ものでもある”という点で、ホラーエンタメ作品なっているんです。



――劇中に登場する秘密基地などはまさにジュブナイル的でした。

中田監督:まさに、撮影開始のときには「この映画の少年たちの出だしは『スタンド・バイ・ミー』みたいな感じ行くと」言っていました。相葉(雅紀)くん演じる淳一と、(上原)剣心くん演じる一也との、父と息子の親子ドラマの要素が一番強いのだけど、一也が森に入ったところで友だちがいなくなり強い責任感を持つという、ある意味“ジュブナイル的”な要素もあります。試写観てそのことを言ってくれる人もいて、『スタンド・バイ・ミー』を意識して作った分、嬉しかったですね。

映画の本筋として、“それ”を描く、“それ”と対峙するというものは映画の肝ではあるんです。第3章(=クライマックス)は、ある種のエンタメ、一種のアクションっぽくなるというものを考えつつ、今回『“それ”がいる森』に合わせて“アクティブ・ホラー”という言葉を作って、受け身でなく能動的に主人公が活躍するホラーですよ、ということにしました。

進化する中田監督作品の背景にあるもの

 
――『女優霊』の頃から中田監督のホラーを追いかけているのですが、『事故物件』あたりから“描写に容赦がない”ようになって、それまでの中田監督作品とはまた違った雰囲気を感じました。恐い以外の要素も取り込むことで、恐さの部分を際立たせているのでしょうか?

中田監督:それはあるかもしれません。おのずと90年代からやってきたことを繰り返していてはだめだという思いもあり、一方でそういったテイストを求め続けているマニアの方たちもいるのですが、『女優霊』や『リング』を全く知らない世代が中高生になっているので、スタイルチェンジも必要になってくる。

“全く動かない影がちらっと映り込む”というような、かつてのJホラー的な見せ方ではなく、『事故物件』のときには亀梨(和也)くんに幽霊がどんどん迫ってくる描写をやりました。かつては、襲ってくる幽霊は人間的過ぎることを理由に恐くないと言われていたんですけどね。

ただし、アメリカでは当たり前にやっていました。アメリカでのホラー映画の根本には神と悪魔というキリスト教的な対比があって、悪がどんどん襲ってくる。日本の場合は、もとを正せば人間だった亡霊には、何処かに人間的感性があるので、簡単には襲ってこない。日本とアメリカ(西洋)では、この考え方が大きく違うんです。先ほども言ったように、日本人がアメリカナイズされたことで、西洋流の方法をそのまま日本に持ち込めばいいというわけでないけれど、なにか新しいこと、違うことをやっていかなくてはと模索しています。

実は、僕は一時期「ホラーはもう撮りたくない」とも思っていたけれど、自分の映画(『リング』)のハリウッドリメイク版の続編『ザ・リング2』を監督したりするにあたり、これはもう受け入れるしかないと思ってホラーを作り続けています。 

森と俳優、映画の重要なファクターについて



――もう一つの主人公というべき森ですが、実際にモデルになる森があるのですが、映画に取り込むにあたり意識された所などあるのでしょうか?

中田監督:実際にその森でも撮影しました(冒頭のシーンなど)が、そこだけで撮り切れるわけでもなく、撮りやすさなどの観点からセットを含めて5か所ぐらいの森を用意して、それを組み合わせて撮りました。別々で撮った森を“一つの森”に違和感なく見せることを考えていて、森をどう見せてやろうとか言うところまでは、正直考える余裕がなかったですよ(笑)。

――5か所で撮影されたんですね。観ていて実物とセットの違いを全く感じませんでした。

中田監督:そこは観ている方に違いがあると思われないようにがんばりました。



――キャスティングについてお伺いします。前作『事故物件』の亀梨さんに続いて、本作も相葉雅紀さんという男性主人公にされています。アメリカのホラーなどではどうしても“スクリーミングクィーン”という形で女性が主人公になりがちですが、今回2作続けて男性主人公のホラー映画を撮られていかがでしたか?

中田監督:『リング』『リング2』『仄暗い水の底から』『クロユリ団地』……などは全部女優が主人公を演じています。それは、僕ももともとはアメリカの発想に近いものを考えていたからです。やはり女性のほうが“この世ならざるもの”、特にJホラーでは幽霊になるので、襲ってこないから「必死に逃げれば大丈夫でしょ?」という話になる。

そこで女性を主人公にすると、子どもなどの護るべき存在もいたりして、「幽霊の力にかなわないのではないか?」という、危うさを出すことができます。その意味で、女性主人公のほうがいいとずっと思っていたんですね。

ただ、亀梨くん、相葉くんと続いて、偶然の部分もあるんですけど、90年代にやってきたホラーとは違う今までにない“ホラーエンタメ”へと移行するために、男性を主人公にして、主人公がアクティブにふるまう……例えば、『事故物件』では瀬戸(康史)くんが助太刀に入りますけど、ああいうふうに恐怖と対峙するという描写ができるようになりました。今までのJホラーにはなかったので、「なんだこれは!?」とぶっ飛んだ方もいると思うんですけど。

今回の『“それ”がいる森』でも“それ”との対峙を描くときに、よりアクティブに、武器的なものを携えて、言わば“対決感”というもの出しやすい。ちょっとアクションに近いものも取り込みやすくなったんです。

――まさに”アクティブ・ホラー”ですね。

中田監督:アメリカではどんどん襲ってきますから。基本、ジッとしているのはダメ。

ただ僕がLAに滞在していた頃に15歳の少年から「中田監督の“静かなるホラー”が好きだ」という“新鮮なホラー描写について”の手紙をもらったことがあります。そういう空気感はアメリカでは数年で途絶えましたけど、やはりエンタメ的な映画は手を変え品を変え必死になって、同じことをやっていると思われないようにしていかないと。それに、自分たちも何か違うことをするのが好きでもあるんですよ。

――キャスティングでもう1点、松本穂香さんをホラー映画に起用するというのも面白いなと思いました。

監督:松本さん自身がホラーや怪談が好きみたいですよ。怪談話を聞きながら朝の道を歩くらしいんです。ホラーが好きということもあってか、やはりとても巧かったですね。クライマックスの、学校に”それ”が襲ってきたとき、”うわ!!”と振り返って見るのに大きな表現をしてくれる。自分はそのシーンごとに恐怖度を1~5に分けて「ここはMAXですから!」「5を振り切ってしまっていいよ」とか言うんですが、松本さんはスパーンとやってくれる。ホラーが好きというだけあるし、たぶんホラーに向いているんです。眼も大きいし、表情がわかりやすい。

こういうホラーははっきりくっきりやってくれることが大事なんです。俳優はリハーサルの段階だとクサい、大げさだと思いがちなんですが、人間ドラマの部分もあるけれど、そこには”恐怖”という相手があるので、”ちょっとやりすぎかな?”くらいでちょうどいい。これはアメリカに行ったときも同じでした。

『“それ”がいる森』を創り上げて


――完成してみて、いかがですか?

中田監督:楽しかったですよ、こうしたオリジナル作品はなかなかやれないことだから。私もベテランと呼ばれる段階に達して、新しいことをやれたのは面白かったですよ。

――『事故物件』以降、またJホラーが元気になってきた感もありますが?

中田監督:僕たち自身で皮をむいていかないといけないですよね。ちょうど『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』を撮っていたときに、清水さん(清水崇監督)の“村シリーズ”(『犬鳴村』『樹海村』『牛首村』)が出てきて「なるほど!」と思いました。Jホラーのテイストをしっかり守りながら、どう見せればエンタメ感のあるものを創り上げられるかが考えられていましたよね。

――そういう意味で『“それ”がいる森』をこのタイミングで作ったことに関して、監督がチャレンジという言葉を使われたことにつながるのでしょうか?

中田監督:そうですね。多種多様な映画があることが大事だと思うので、というところに行き着きますね。

(取材・文:村松健太郎)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

(C)2022「“それ”がいる森」製作委員会

RANKING

SPONSORD

PICK UP!