映画コラム

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2023年05月17日

<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く

<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く


そして「モンスターハンター」

(C)1979 Omni Zoetrope. All Rights Reserved.

リディアはドイツを離れ、フィリピンの地で再起を図る。非常に示唆的なのは、ボートで川を上っていくとき、現地の少年が『地獄の黙示録』(1979)について言及することだ。この川にはワニが棲みついていて、それはかつて映画スタッフがこの地で撮影した時の置き土産なのだと。

そう言われてみると、リディアを乗せたボートを俯瞰で捉えたショットは、哨戒艇に乗り込んでジャングルの奥地へと向かう『地獄の黙示録』のワンシーンのようだ。

フランシス・フォード・コッポラ監督によるこの超大作には、ジャングルに自分だけの独立国家を築くカーツ大佐(マーロン・ブランド)という謎の独裁者が登場する。リディアもまた、ヨーロッパから離れてアジアで新たな栄光の時代を創り出そうとしている。そう考えると『地獄の黙示録』はフィリピン・パートの補助線として完璧に機能しているのだ。


……と思ったら、どうもこれは『地獄の黙示録』ではなく、実際には同じマーロン・ブランド主演の『D.N.A./ドクターモローの島』(1996)のことを言っているらしい。(なぜ字幕で『地獄の黙示録』になっているかは謎)

ただこの『D.N.A./ドクターモローの島』も、マッド・サイエンティストが孤島でヤバい実験をする話なので、「未開の地で独裁者になる」というアウトラインからは外れていない。

そして、驚愕のラストシーン。コスプレ衣装に身を包んだ観客たちを前にして、リディアはゲーム「モンスターハンター」のタクトを振る。「高尚なクラシック音楽の頂点に鎮座していた彼女が、ゲーム音楽に身を落としてしまった」とか「古典音楽から離れ、今最も新しい音楽に挑戦した」とか、この場面に対する解釈は人それぞれだろう。

正直筆者は「モンスターハンター」解釈に対して一家言がある訳ではない。むしろ気になるのは、このフィリピン・パートは本当に現実の世界なのか?ということだ。ニューロティック・ホラーとしての体裁を考えるのなら、これもまたリディアの空想の世界なのではないか。

▶︎『TAR/ター』画像を全て見る

トッド・フィールドが仕掛けた罠は、出口のないラビリンスのようだ。冒頭で述べた通り、この映画は抽象的で、観念的で、謎に満ちている。我々は、映画の隅々にまで散布されたかけらを拾い集めて、自分なりの解釈をするしかない。きっとそれこそが、トッド・フィールド監督が望む映画体験なのである。

(文:竹島ルイ)

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