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2023年08月04日

『熊は、いない』イランの《闘う映画監督》ジャファル・パナヒとは?政府の圧力に屈せず極秘で映画を制作

『熊は、いない』イランの《闘う映画監督》ジャファル・パナヒとは?政府の圧力に屈せず極秘で映画を制作


世界三大映画祭ほか主要映画祭にて高く評価され続け、イラン政府に映画制作を禁じられながらも圧力に屈せず映画撮影を続けるジャファル・パナヒの最新作『熊は、いない』が、9月15日(金)より公開される。

世界から絶賛と応援が止まらない《闘う映画監督》ジャファル・パナヒ監督とは一体何者なのか、彼の経歴をエピソードと共に紹介する。

デビュー作でいきなりカンヌ国際映画祭で受賞!

キアロスタミが脚本を書いた『白い風船』(95)で長編デビューすると、いきなりカンヌ国際映画祭カメラドール(新人賞)を獲得。その後も、『鏡』(97)でロカルノ国際映画祭金豹賞、『チャドルと生きる』(00)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞と快進撃を続け、映画ファンだけでなく一般の人にまで知られるようになりイランのメディアも注目するようになっていく。

イランの市井の人々の生活に目を向けた人道的な視点のものが多く、子ども、貧困層、女性の苦難に焦点を当てる作風でパナヒ監督の映画は一躍世界に知られていくことになる。

イランの厳しい現実を描く作風に、
政府から20年の映画制作禁止命令が

しかし、イランの厳しい現実をありのまま描き出す作風をイランの政府は厳しく見張っていた。そして、女性2人が刑務所から脱走する物語『チャドルと生きる』(00)と、サッカーのイラン代表を応援したい女性たちがスタジアムへ潜り込もうと奮闘する(※イランでは女性がスタジアムでスポーツ観戦することを禁じている)『オフサイド・ガールズ』(06)の2作でイラン政府と数年間対立する。

社会にある障壁や理不尽な規制など、人権の尊重をテーマに、誠実で人道的な視点を持って映画を撮り続けるパナヒ監督の作品は、厳格なイスラム国家であるイランでは、タブーへの挑戦とされたのだ。

さらに09年の大統領選とその後の「グリーン・ムーブメント(緑の運動)」において改革派の野党候補を支持したことを引き金に、2010年3月に“イラン国家の安全を脅かした罪”として妻、娘、15人の友人と共に逮捕され、のちにイラン政府に対するプロパガンダで起訴される。

このイラン国内でのパナヒに対する刑罰に、世界中の映画製作者、映画団体、人権団体が猛抗議。しかし2010年12月、6年の懲役刑と、20年間の映画制作をはじめ、海外渡航、インタビュー出演を禁止宣告されてしまう。監督生命に関わる、絶体絶命の状況に追い込まれた。

映画制作禁止にも関わらずあの手この手で新作を作り続けていく

(C)2015 Jafar Panahi Productions

普通に考えれば映画作りを断念することを選択しそうだが、パナヒ監督は諦めなかった。控訴の結果を待つ間に撮った、自宅軟禁中の自身をビデオ日記の形で綴った『これは映画ではない』(11)は、撮影データを入れたUSBをケーキの中に忍ばせイランから運び出し、カンヌ国際映画祭でプレミア上映され絶賛。盟友カンボジア・パルトヴィと共同監督で撮った『閉ざされたカーテン』(13)は少人数のスタッフと共に、カスピ海に面した監督の別荘で密かに撮影を敢行し、ベルリン国際映画祭で銀熊(脚本)賞を受賞した。

そして、『人生タクシー』(15)では監督がタクシー運転手に扮し、ダッシュボードに取り付けられた車載カメラで全編を撮影。乗客とのやり取りを通してイランの今が鮮やかに浮かび上がる本作は、ベルリン国際映画祭で映画祭の最優秀作品に贈られる金熊賞を受賞。

さらに、首都テヘランから遠く離れた地方の村でロケーション撮影を敢行した『ある女優の不在』(18)はカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞。家族に女優業を禁じられ失踪した少女を探すロードムービーだ。政府の監視下に置かれながらも、パナヒ監督はあの手この手で、ミニマムながら工夫と発想に富んだ豊かな映画を作り続ける世界で最も勇敢な映画監督となった。

最新作『熊は、いない』完成後、パナヒは再び逮捕


最新作『熊は、いない』ではイランの村からリモートでトルコの街を繋いで映画を撮影するという新たな手法を用いている。撮影で訪れていたイランの小さな村で起きたあるトラブルに、監督自身が巻き込まれていくという物語で、映画監督役として主演するパナヒ監督を軸に、迷信や圧力、社会的な力関係によって妨げられる2組のカップルに起きる想像を絶する運命を描いた力作。

事実と虚構を織り交ぜ、規律が厳しいイランだからこその隠喩がそこかしこに散りばめられた、フィクションとノンフィクションのハイブリッドな作品で、パナヒ監督を軸に展開する2つのストーリーが交錯していく見事な構成力と緊迫感溢れる展開でパナヒ監督の最高傑作との呼び声も高い。自国イランでは上映禁止だが、本作は見事、第79回ヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞を獲得した。

しかし映画の完成後、2022年7月。パナヒ監督は逮捕された上司に関する情報を得るためイランの刑務所を訪れた際に、拘束されてしまう(2023年2月3日に保釈)。今もなお、パナヒ監督の動きにイラン政府は敏感に注視し続けている。

それでも、芸術的表現の権利を放棄することなく映画を撮り続けるパナヒ監督はまさに<闘う映画監督>であり、本作『熊は、いない』はその集大成といえるような作品だ。ぜひ、命がけで作り上げた本作を劇場で確認していただきたい。

パナヒ監督のメッセージ

イラン映画の歴史には検閲を押し返し、この芸術の存続を確保するために奮闘してきた独立系の監督たちの存在が常にありました。この道を歩む中で、映画制作を禁止される者や亡命を余儀なくされる者、孤立無援に陥る者もいました。それでも、再び創造するという希望が、存在理由なのです。いつ、どこで、どんな状況であっても、インディペンデントの映画監督は創作しているか、考えているかのどちらかなのです。
ジャファル・パナヒ(ニューヨーク映画祭での上映時メッセージより)

『熊は、いない』ストーリー

国境付近にある小さな村からリモートで助監督レザに指示を出すパナヒ監督。偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている男女の姿をドキュメンタリードラマ映画として撮影していたのだ。さらに滞在先の村では、古いしきたりにより愛し合うことが 許されない恋人たちのトラブルに監督自身が巻き込まれていく。2 組の愛し合う男女が迎える、想像を絶する運命とは......。パナヒの目を通してイランの現状が浮き彫りになっていく。

作品情報

『熊は、いない』
9月15日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ

撮影:アミン・ジャファリ「白い牛のバラッド」 編集:アミル・エトミナーン「ザ・ホーム 父が死んだ」 
出演:ジャファル・パナヒ、ナセル・ハシェミ、ヴァヒド・モバセリ、バクティアール・パンジェイ、ミナ・カヴァニ・ナルジェス・デララム、レザ・ヘイダリ
2022 年/イラン/ペルシア語・アゼリー語・トルコ語/107 分/カラー/ビスタ/5.1ch/英題:NO BEARS/日本語字幕:大西公子/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン 
配給:アンプラグド

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