夕陽は不自然なほど赤く、恋する女は記憶を失い、父から逃れたい若者は山へ向かう。
忍者は霧の中で敵と味方を見失い、貧しい女の頭上には、たった一度の鮮烈な色として“あかね雲”が広がる。
映画監督・篠田正浩の世界は、一つの言葉では捉えきれない。
ポップなアクションコメディから恋愛メロドラマ、山岳青春映画、忍者映画、そして戦時下を背景にした文芸作品まで。
そのフィルモグラフィーには、同じ監督が撮ったとは思えないほど多彩なジャンルが並んでいる。
だが、その表情の違いに惑わされず、もう少し深く見つめてみると、一本の太い線が浮かんでくる。
篠田正浩が描き続けたのは、社会や組織が人間に押しつける「役割」と、そこから逃れようとする者たちの姿だった。
今回は、『夕陽に赤い俺の顔』『わが恋の旅路』『山の讃歌 燃ゆる若者たち』『異聞猿飛佐助』『あかね雲』の5本を紹介する。
1961年から1967年まで。
松竹の若き異才が、ジャンル映画の枠内で試行錯誤を重ね、やがて独立プロ・表現社の第1回作品へたどり着くまでの7年間を追ってみたい。
篠田正浩――美しい画面の奥に、社会への疑いを置いた映画監督
篠田正浩は1931年、岐阜県生まれ。
早稲田大学で中世・近世演劇を学び、1953年に松竹撮影所へ入社した。
1960年に『恋の片道切符』で監督デビュー。
その後、大島渚、吉田喜重らとともに「松竹ヌーヴェルヴァーグ」の一人として注目される。
篠田映画は、しばしば端正で美しい。
人物の配置、画面を横切る線、光と影、衣装の色、風景と人間の距離。
そのすべてが緻密に設計されている。
しかし、その美しさは観客を安心させるためのものではない。
企業、家族、階級、藩、軍隊。篠田は、人間を囲い込み、従わせようとする制度を、美しい画面の奥から冷ややかに見つめていた。
『夕陽に赤い俺の顔』――歌って、笑って、撃ちまくる“日本映画のポップアート”

『夕陽に赤い俺の顔』は、1961年2月19日公開、本編82分のカラー作品。
脚本は寺山修司、撮影は小杉正雄、音楽は山本直純が担当した。
悪徳土建業者に父を殺され、復讐を誓う娘。彼女を始末するために雇われたのは、「下町殺し屋クラブ」に所属する8人の殺し屋だった。
そこへ、彼らを上回るほどの腕前を持つガンマニアの素人青年が現れる。
設定だけを読めばハードな復讐劇だが、映画は歌と笑い、奇抜な人物、カラフルな衣装を次々と投入し、物語を底抜けに陽気なアクションコメディへ変えていく。

松竹から急遽企画を求められた篠田と寺山が、1週間足らずで日活アクションのパロディとして脚本を書いたとされる作品で、篠田自身は後に「日本映画のポップアートのはしり」と位置づけている。
面白いのは、これほど軽快な映画の出発点に、企業の犯罪と父親の死が置かれていることだ。
殺し屋たちは恐ろしい存在であると同時に、どこか滑稽な“役柄”として登場する。
拳銃も暴力も、カラフルな見世物へと変換されていく。
ここにはすでに、現実をそのまま再現するのではなく、誇張し、変形し、いったん作り物として提示することで、その奥にある社会の異様さを見せようとする篠田の方法がある。
『わが恋の旅路』――メロドラマは、画面の中から静かに壊れ始める

『夕陽に赤い俺の顔』の約3カ月後に公開されたのが、『わが恋の旅路』である。
1961年5月16日公開、本編91分。
曽野綾子の小説『わが恋の墓標』を原作に、寺山修司と篠田正浩が脚本を手がけた。
有閑マダムとの関係を清算した潔は、喫茶店で働く千江と出会い、恋に落ちる。
しかし千江は交通事故に遭い、それまでの記憶を失ってしまう。
偶然の出会い、身分や生活環境の違い、交通事故、記憶喪失。
物語には、メロドラマを構成する強烈な要素が惜しみなく詰め込まれている。

ところが篠田は、この物語を感情だけで押し切らない。
大胆な構図、移動するカメラ、計算された色彩によって、人物たちが自分の意志だけでは動けない世界を浮かび上がらせる。
同じ篠田・寺山・小杉正雄・山本直純という組み合わせで作られながら、『夕陽に赤い俺の顔』とはまるで表情が違う。
だが、社会から割り当てられた立場に、人間の感情が押し込められていく点ではつながっている。
岩下志麻演じる千江もまた、ただ運命に泣かされるだけのヒロインではない。
彼女の存在を通して見えてくるのは、愛が純粋であればあるほど、金銭や階級、結婚といった現実の仕組みに傷つけられてしまう世界だ。
篠田は正統派メロドラマの形を借りながら、その内部に社会への違和感を静かに忍び込ませた。
『山の讃歌 燃ゆる若者たち』――若者はなぜ、命を懸けて山へ向かうのか

1962年7月29日公開の『山の讃歌 燃ゆる若者たち』は、本編90分。
有馬頼義の小説『三人の息子』を原作に、白坂依志夫が脚本を担当した。
山村聰が演じる父親は、財務省に勤める官僚である。
自らの出世が思うように進まない屈辱から、三人の息子に過度な出世主義を押しつけていた。
長男は山で遭難死し、次男の進吾も父親の圧力から逃れるように登山へ挑み、片脚を失う。
三男の栄介は、長兄が遺した日記から、兄たちが人間性を取り戻すために山へ向かったことを知る。
そして両親の反対を押し切り、次兄から渡されたザイルを手に、自らも山を目指す。

本作における山は、若さや征服欲を称えるための場所ではない。
官僚制、出世競争、家父長制によって歪められた家庭から逃れ、自分が自分である感覚を取り戻すための場所だ。
しかし山は、自由を無条件に与えてはくれない。
そこには死があり、身体を失う危険がある。
家庭にもいられず、山へ逃げても傷つく。
その行き場のなさに、篠田映画の冷たさがある。
一方で、岩下志麻演じる美佐は、兄から弟へと結婚相手を付け替えようとする家族の都合に抵抗する。
男たちが山へ逃げるのに対し、女性は家庭の内部にとどまりながら、押しつけられた役割を拒もうとする。
そこに篠田作品らしい女性像が見えてくる。
谷川俊太郎作詞、山本直純作曲、デューク・エイセス歌唱による主題歌も、若者たちの焦燥と、それでも前へ進もうとする衝動を作品に刻み込んでいる。
『異聞猿飛佐助』――敵も味方も、霧の向こうに消えていく

1965年7月10日公開、本編99分の『異聞猿飛佐助』は、中田耕治の小説を福田善之が脚色した忍者映画である。
関ヶ原の戦いを経て、徳川方と豊臣方が激しい諜報戦を繰り広げる時代。
真田幸村に仕える猿飛佐助は、徳川方の重要人物・郡山帯刀の行方をめぐる争いへ巻き込まれていく。
主演は高橋幸治。
共演に戸浦六宏、渡辺美佐子、宮口精二、丹波哲郎らが顔をそろえ、音楽を武満徹が担当している。
忍者映画と聞いて期待するのは、鮮やかな忍術や明快な敵味方、超人的な英雄の活躍だろう。
だが本作では、誰が誰を裏切り、誰がどちらの陣営に属しているのか、観客にも容易には見抜けない。
偽名、変装、二重スパイ、誤情報が重なり、物語そのものが巨大な迷路へと変わっていく。

画面にも霧や影が立ち込め、人物は木々や建物の陰に隠される。
カメラは肝心なものを見せるどころか、見ることそのものへの不信を観客に植えつける。
佐助もまた、すべてを支配する英雄ではない。
事態を観察しながら、自分が仕える側の意図さえ読み切れず、敵と味方の境界で立ち尽くす。
篠田は後年、どちらの陣営にも決定的な違いを見いだせない佐助の立場を、冷戦下の東西両陣営に対する感覚と重ねて語っている。
霧に覆われているのは戦国時代だけではない。
何を信じ、どこに所属すればいいのか分からないという不安は、戦後社会にも、そして現代にもそのまま続いている。
『あかね雲』――白黒の世界に、たった一度の赤が燃える

『あかね雲』は1967年9月30日公開、本編107分。
水上勉の同名小説を、鈴木尚之の脚本で映画化した。
1966年に松竹を退社した篠田が、妻の岩下志麻と設立した独立プロ・表現社。
その第1回作品に当たる。
舞台は昭和12年。
能登で貧しい生活を送っていたまつのは、行商人の小杉に勧められ、山代温泉で仲居として働き始める。
まつのと小杉は次第に惹かれ合っていく。
しかし小杉には、軍隊から追われる脱走兵という秘密があった。
岩下志麻がまつの、山﨑努が小杉を演じ、佐藤慶、小川真由美らが共演。
撮影は小杉正雄、音楽は武満徹が担当している。
作品の大部分は白黒で撮影されている。
その世界に、真っ赤なあかね雲がパートカラーで現れる。
『夕陽に赤い俺の顔』が色彩を画面いっぱいに解放した作品だとすれば、『あかね雲』は色を一点に封じ込め、その一瞬に人物たちの希望と不安を集中させた映画といえる。

本作で戦争は、戦場の光景としては描かれない。
脱走兵を追う軍隊、貧困、労働、そして女性の身体を商品として扱う社会の仕組みを通して、戦争が人間の日常へ静かに入り込んでくる。
まつのは、ただ不幸に流されるだけの女性ではない。
傷つきながらも、自分の意志で人を信じ、生きる場所を選ぼうとする。
表現社の第1回作品として、篠田は会社の枠を離れ、制度に追い詰められた人間の尊厳を、より厳しく、より深い映像として刻み込んだ。
5本をつなぐのは、「逃げても逃げ切れない」という感覚
今回紹介した5作品は、ジャンルも時代設定も大きく異なる。
だが、悪徳企業、階級と結婚、父親の支配、藩への忠誠、軍隊という制度が、それぞれの作品で人間の前に立ちはだかる。
登場人物たちは、自分に割り当てられた役割から逃れようとする。
娘は復讐へ向かい、恋人たちは愛に救いを求め、若者は山を目指す。
猿飛佐助は敵味方の境界に立ち、まつのと小杉は戦争から逃れようとする。
しかし、逃げた先にも安全な場所はない。
それでも彼らは、自分ではない誰かとして生きるより、傷ついてでも、自分で選んだ道へ踏み出そうとする。
この5本すべてで撮影を担当したのが小杉正雄であることも重要だ。
鮮烈なカラーから深い白黒へ。
歌と動きに満ちたポップアートから、霧に視界を奪われる忍者映画、そして白黒の世界に赤を封じ込めた『あかね雲』へ。
篠田正浩と小杉正雄は、物語だけでなく、画面そのものを変化させながら、人間と制度の関係を見つめ続けた。
今回の5作品には、『乾いた花』や『心中天網島』といった代表作とは違う面白さがある。
ポップ映画にも、メロドラマにも、山岳映画にも、忍者映画にも、文芸映画にも、篠田正浩は“反逆”を忍び込ませることができた。
スクリーンに映っている時代は古い。
けれど、人が組織や家族から役割を押しつけられ、自分の居場所を探してさまよう感覚は、少しも古びていない。
だから篠田映画の夕陽は、60年以上が過ぎたいまも、どこか不穏な赤さで燃え続けている。

