山田洋次監督が映画をつくる僕たちに与えた偉大なる影響

(C)1991 松竹株式会社

はじめまして。

僕は、栃木県の大田原市という町を拠点に、弟の映画音楽家・渡辺雄司と共に、映画をつくっている映画監督の渡辺紘文という者です。今回、不思議なご縁があり、松竹さまの金曜映画ナビに文章を書かせていただくことになりました。

お世辞を書くわけでもなんでもなく、事実として、松竹映画の名作の数々は、僕の映画づくりにどれだけ大きな影響を与えたかわかりません。

『東京物語』、『二十四の瞳』、『人間の條件』、『白痴』、『君の名は』、『砂の器』、『復讐するは我にあり』、『愛と希望の町』、『青春残酷物語』、『秋津温泉』、『蒲田行進曲』、『幸せの黄色いハンカチ』、『家族』、『学校』、『息子』、『たそがれ清兵衛』、『男はつらいよ』シリーズ、『釣りバカ』シリーズ、『東京家族』、『家族はつらいよ』、『宇宙大怪獣ギララ』…

小津安二郎監督、木下恵介監督から、小林正樹監督、野村芳太郎監督、松竹ヌーヴェルバーグの大島渚監督、吉田喜重監督、篠田正浩監督、そして山田洋次監督、森崎東監督…。
並べ立てたらキリも限りもありませんが日本映画の歴史に燦然と輝く松竹映画の傑作の数々は、映画界の末端で映画を作り続ける僕にとって、血となり肉となっています。

というわけで、金曜映画ナビのために自分が好きな映画、自分が影響を受けた映画を1本選ぶということは、あまりにも至難の業なのですが、今回は山田洋次監督の1991年の作品『息子』について書かせていただきました。

映画『息子』の魅力

最初に告白するのですが、僕が山田洋次監督とその映画に受けた影響は計り知れないほど大きなものです。

好きな山田洋次監督の作品は何? と聞かれれば、僕は嘘偽り無くその全てが好きだと答えます。映画に対する考え方ではなく、僕の人生観や、人間観に至るまで、山田洋次監督の映画に僕は強い影響を受けて生きてきた、といえると思います。

僕が山田洋次監督の映画をはじめてみたのは1993年の『学校2』が最初でした。

当時は僕は11歳ですから小学生でした。恐らくテレビなどで『男はつらいよ』シリーズが流れていたことはあったように思いますが、きちんとした形で山田監督の映画をみたのはこの時が初めてで、地元のホールで上映されていたこの映画を、家族4人で見に行ったことを、僕は今も鮮明に覚えています。

『学校2』は、高等養護学校を舞台に、障害を持つ生徒と養護学校の教師との交流・葛藤、就職問題等を描いた作品ですが、僕は自分の父親がこの頃、養護学校で働いていたこともあり大きな興味を持ってこの映画を観賞しました。
生きることの素晴らしさや面白さ、困難さやつらさ、人間が成長するというのはどういうことなのか、また大人として、そして人間として人に寄り添うというのはどういうことなのか、僕は子供ながらにこの映画から多くのことを考えさせられ、学んだように思います。そして、それからというもの、僕は山田洋次監督の映画は欠かすことなく映画館でみるようになりました。

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山田洋次監督の『息子』は1991年、全く色あせていませんが、もう26年も前の作品です。

僕がこの映画、『息子』をはじめてみたのは映画館ではなくVHSでみたのが最初です。VHSが擦り切れるほど何度も観賞し、その後、東京に進学し池袋の新文芸座などの名画座ではじめてスクリーンで観賞、その後もDVDが発売された瞬間に手に入れて、幾度も繰り返しみています。

映画は松竹の富士山のマークの後、すぐに『息子』というタイトルが大きく映し出され、敬愛する作曲家である松村偵三さんの音楽で幕を開けます。

時計を刻むチチチチチ…という音の上に美しくも悲しいようなピアノとオーケストレーションが重なり、新宿の夜の風景が映し出されます。

僕は、この映画のオープニングほどに完璧に新宿を捉えた映画、東京を捉えた、日本の都市を捉えた映画を他に知りません。

喧騒と孤独、欲望と退廃、山田洋次監督は『息子』のタイトルを最初『祖国』と考えていた、とDVD特典のインタビューで仰っていましたが、『息子』のオープニングはこの国の真実と現実を如実に捉えたあまりにも素晴らしい導入です。

キャメラマンは僕が最も敬愛するキャメラマンの一人である高羽哲夫さんです。
高羽哲夫さんは、『男はつらいよシリーズ』の撮影も手がけられた、勿論、日本映画を代表するキャメラマンさんなのですが、『男はつらいよ』で描かれた日本の風景とは全く異なる風景が、この映画では映し出されているような気がしてなりません。

映画は、酔っ払いでごった返す新宿の飲み屋を映し出します。

そこで働くのは永瀬正敏さん演じる『息子』の主人公の浅野哲夫。
哲夫は居酒屋の板長であるアパッチけんこと中本賢さんに東北訛りがあることに対し文句をつけられながら忙しそうに働いています。この板長は哲夫だけでなくバングラディッシュからやって来た外国人のアルバイトの青年に対しても日本語ぐらい覚えろと文句をつけながら働いているのですが、何だか、大して意味も無く孤独であり無闇に苛立っているようにみえます。僕自身もかつては田舎から上京し東京に暮らしていた経験もあり、アパッチけんさんが演じるこのような人にも何度も出会ってきましたが、それは都市に生きる人間の、ある普遍的な姿のよ一つのように感じられます。

夜通し働いた哲夫は、朝方、寝るためだけに借りたようなとっちらかった自分のアパートに帰ります。季節は夏で扇風機はあるにしてもとても過ごしにくそうな部屋です。そこに父親(三國連太郎)から電話が掛かって来る。母の一周忌だから帰って来い。今から新幹線に乗れば間に合うだろう。電車代ぐらいは出してやるからすぐに帰って来い。父親は一方的に電話を切る。哲夫はしぶしぶ故郷である東北の岩手県に帰ります。

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母の一周忌で東北の故郷へ戻った哲夫ですが、何となく居場所はありません。
喪服を着て来ない事を兄弟に咎められ、親戚には次男坊は気楽でいいなと馬鹿にされ、いい加減な生き方をしていることを父親に咎められ、居場所が無い。

また、一人暮らしの父親の今後の暮らしをどうするのか、誰が面倒をみるのかということが家族の中では大きな問題になっている。

東京でサラリーマンをしている長男は父親を引き取るつもりで、千葉県にローンでマンションを購入したが、その嫁はどことなく遠回しに父親を引き取りたくない様子、父親は父親で、死ぬ時は一人で死ぬし誰にも迷惑を掛けないと意地を張る。さらにケーシー高峰さんが演じる親戚の一人が長男に「庭付きの一戸建てを買えばよかったのに」と余計な一言を言って「今時サラリーマンに東京近郊に一戸建ての家が買えるか」と家族会議は険悪な雰囲気に。

そして問題が解決しないまま、翌日、長男夫婦は東京に戻ります。
家庭問題の蚊帳の外だった哲夫は、父親の農作業を手伝いますがそこでも父親にいい加減な生き方を咎められます。

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こんなところが、映画『息子』の第一幕の「母の一周忌」の流れなのですが、やはり百聞は一見にしかず、ですので、これ以上僕が文章で作品のあらすじを紹介しても仕方がないような気もします、あとは映画本編を観て頂きたいと思います。

『息子』は、この第一幕のあと、第二幕の「息子の恋」、第三幕の「父の上京」と続き、日本映画の歴史に深く刻み込まれる圧倒的に感動的なラストへと続きます。

この『息子』のラストシーンはあまりにも有名すぎて、知らない人はいないかもしれないのですが、もしまだ未見の、若い映画ファンの人がいたらぜひ観てほしいですし、製作から20年以上の時を経て(全く色あせていないですが)、ラストシーンの意味というものが更に深くなり、新たな意味あいを含むようになったとも感じます。一度ご覧になった方も、ぜひ見直してみてはいかがでしょうか?

『息子』は俳優さんたちの演技にも注目です。
主人公の三國連太郎さん、永瀬正敏さん、和久井映見さんの芝居は、今更語るまでもなく実に素晴らしいのですが、その脇を固める役者さんたちも凄いです、というか凄すぎます。

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 鉄工所で働く、いかりや長介さん、梅津栄さん、佐藤B作さん、運送会社の運転手の田中邦衛さんと、その運送会社の社長のレオナルド熊さん、そして、三國連太郎さん演じる浅野昭男の戦友・寺尾を演る松村達雄さん。そして極めつけは、ロングショットでしか登場しない浜村純さん。その人物一人ひとりが主人公の映画をつくれてしまうのではないかと思うほどいつまでも心に残る登場人物を、素晴らしい俳優さんたちがそれぞれに演じられています。大名優、大俳優さんたちの名演をぜひ、本編でご覧いただけたらと思います。

というわけで、僕が、山田洋次監督の作品から与えられた影響は、とてつもなく大きなことばかりなのですが、やはりといいますか、とてもじゃないですが、ここで語りきることはできません。

今回は、山田洋次監督の1991年の作品、『息子』をご紹介させていただきましたが、山田監督の映画は、いついかなる時代においても、その時代と、その時代に生きた人々の姿、人々の生活を、そして人々の思いを、鮮やかにスクリーンに映してきたし、今も映し続けていると思います。

山田洋次監督の映画は、日本人の心を映した映画だ、という方がいますが、確かに、考えてみると山田監督の映画の中には、その時々の自分や、自分のまわりに存在する人たちが映し出されているような気がします。

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『息子』の浅野哲夫、『十五才 学校IV』の川島大介、『おとうと』の丹野鉄郎も、『たそがれ清兵衛』の井口清兵衛も、『バカまるだし』の安五郎も、『幸福の黄色いハンカチ』の花田欽也も、『虹をつかむ男』の白銀活男も、『東京家族』の平山家の人々も『家族はつらいよ』の平田家の人々も、もちろん、寅さんや、源ちゃんや、登や満男、タコ社長も、皆、ある時の自分自身であり、自分のまわりにいる人たちのような気がします。

そんな人たちが映画の中で鮮やかに描かれているからこそ、山田監督の映画はいつの時代も色あせることなく、多くのひとに愛され、人間の生きる意味や、人間にとっての幸福とは何なのかという問題を僕たちに問い続けているような気がしてなりません。

今、そのような映画をつくれている日本の映画人、世界の映画人が果たしてどれだけいるのか、僕のような者に語る資格はありませんが、敬愛する山田洋次監督に1歩でも近づけるよう、日々努力を重ね、小さくとも誠実な映画の作り手としてこれからの映画人生を歩んでいけたらなと思っています。

[この映画を見れる動画配信サイトはこちら!](2017年9月29日現在配信中)
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最後に少し自分の告知をさせてください。

『プールサイドマン』が限定公開

(C)大田原愚豚舎

9月30日(土)より、東京の新宿武蔵野館において、僕が監督した『プールサイドマン』という映画が2週間限定でレイトショー公開されます。

北関東の静かな町を舞台に、孤独なプール監視員が起こした“ある事件”を描いた人間ドラマです。

山田監督の作品に比べたらひよっこの、ひよっこの、ひよっこがつくったに過ぎない小さな映画ではありますが、誠実な思いで作った映画です。夜遅い時間からの上映なのですが、もしよろしければ、この貴重な上映機会に、ぜひ僕たちの映画も観ていただけたら嬉しく思います。

公式HP:https://poolsideman.jimdo.com/

(C)大田原愚豚舎

長い文章を最後までお読みいただきましてありがとうございました。

それでは、また。

どこかの劇場でお会いしましょう。

(渡辺紘文 拝)

渡辺紘文(わたなべひろぶみ)プロフィール

1982年栃木県大田原市生まれ。
日本映画学校卒業。学生時代は日本映画界の巨匠・今村昌平監督の長男である天願大介監督に師事する。

2013年、実弟の映画音楽家・渡辺雄司とともに映画制作集団大田原愚豚舎を旗揚げ。
故郷である栃木県大田原市で独自の映画創作活動を展開し『そして泥船はゆく』(13)、『七日』(15)『プールサイドマン』(16)が三作連続で東京国際映画祭に出品されるなど国内外で高い評価を獲得している。

長編映画第3作である『プールサイドマン』は第29回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門において最高賞である作品賞を受賞。
その後、第52回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭、第13回ユーラシア国際 映画祭、第13回Cinemalaya映画祭など有力な国際映画祭に次々と出品され、世界最大の日本映画祭第17回ニッポンコネクションにおいても最高賞に該当するニッポンヴィジョンズ審査員賞NIPPON VISIONS JURY AWARD 2017を受賞している。

【映画祭 出品歴】

■そして泥船はゆく/And the Mud Ship Sails Away…(2013)
2013 第26回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門(日本)
2013 第7回那須国際短編映画祭 那須ショートフィルムフェスティバル(日本)
2014 第2回ヘルシンキ・シネアジア映画祭(フィンランド)
2014 第14回 ニッポン・コネクション(ドイツ)
2014 第22回レインダンス映画祭(イギリス)
2014 第9回カメラジャパンフェスティバル(オランダ)
2014 第1回アバディーン国際映画祭(スコットランド)
2015 第9回ジャパンカッツ2015/JAPAN CUTS 2015(アメリカ)
2015 第29回高崎映画祭(日本)
2015 第18回サンフランシスコ・インディペンデント映画祭(アメリカ)

■七日/7Days(2015)
2015 第28回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門(日本)
2016 第6回リマ国際インディペンデント映画祭(ペルー)
2016 第4回Detour On the Road Film Festival 2016(イタリア)

■プールサイドマン/POOLSIDEMAN(2016)
2016 第29回東京国際映画祭
日本映画スプラッシュ部門 作品賞受賞
2017 第5回ヘルシンキ・シネアジア映画祭(フィンランド)
2017 JAPANESE FILM FESTIVAL2017(アイルランド)
2017 第17回ニッポンコネクション(ドイツ)
ニッポン・ヴィジョンズ審査員賞 NIPPON VISIONS JURY AWARD 2017受賞
2017 EstAsia cinema d’oriente(イタリア)
2017 第7回リマ国際インディペンデント映画祭(ペルー)
2017 第52回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)
2017 第13回ユーラシア国際映画祭(カザフスタン)
2017 第13回Cinemalaya(フィリピン)
2017 第20回EIGASAI(フィリピン)
2017 第12回カメラジャパンフェスティバル(オランダ)

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    ライタープロフィール

    渡辺紘文

    渡辺紘文

    1982年栃木県大田原市生まれ。 日本映画学校卒業。学生時代は日本映画界の巨匠・今村昌平監督の長男である天願大介監督に師事する。 2013年、実弟の映画音楽家・渡辺雄司とともに映画制作集団大田原愚豚舎を旗揚げ。 故郷である栃木県大田原市で独自の映画創作活動を展開し『そして泥船はゆく』(13)、『七日』(15)『プールサイドマン』(16)が三作連続で東京国際映画祭に出品されるなど国内外で高い評価を獲得している。 長編映画第3作である『プールサイドマン』は第29回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門において最高賞である作品賞を受賞。 その後、第52回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭、第13回ユーラシア国際 映画祭、第13回Cinemalaya映画祭など有力な国際映画祭に次々と出品され、世界最大の日本映画祭第17回ニッポンコネクションにおいても最高賞に該当するニッポンヴィジョンズ審査員賞NIPPON VISIONS JURY AWARD 2017を受賞している。

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