女性が海外に住む動機なんて単純。フランス在住の私が共感した『かもめ食堂』の世界

かもめ食堂

2006年に公開された『かもめ食堂』は、個性的な登場人物とフィンランドのゆったりとした時間軸が全編に漂う素敵な映画です。公開から10年以上経ちましたが、いつ観ても色褪せない魅力があります。

現在、筆者は『かもめ食堂』の登場人物たちと同じように、海外(フランス)で外国人として生活しています。『かもめ食堂』を見るたびに、映画の中の世界に共感している自分がいます。「ええ!『かもめ食堂』の登場人物って、非現実的な人たちばかりじゃないの?
」と思う方もいるかもしれません。しかし筆者は『かもめ食堂』は海外で暮らす女性の現実を描いているように思うのです。そんな私が共感した『かもめ食堂』の世界についてお話ししてみたいと思います。

女性が海外に住む動機なんて意外に単純

日本に帰国するたび、会う人に「フランスに住んでいる」と話すと、「凄いねー」という言葉とともに驚かれることが多いのです。さぞかし大それた理由があって、フランスに住んでいるのだろうと思われるのですが、いやいやそんなことはありません。女性が海外に住む動機なんて意外に単純なのです。

『かもめ食堂』の中で、ミドリがサチエにどうしてここで食堂をやっているのかと尋ねると、「ここならやっていけるかなと思った」と答えています。映画の中でサチエの心の深い部分は描かれていません。もしかすると、何か大きな出来事があって、フィンランドに来たのかもしれない。でも、映画の中で描かれているサチエは大きな野心のあるギラギラとした女性ではありませんよね。いい意味で肩の力が抜けた女性です。サチエを見ていると、なんとなくここで食堂をやることになったという風に思えてくるのです。

ミドリは、「来てやらないわけにはいかなかった」という、何か大きな出来事があって、フィンランドにやってきます。一週間だけホテルを取り、あとはどうするか決めてないと言います。サチエのアパートで居候することになり、自然な流れで「かもめ食堂」を手伝うことになります。ミドリもまたなんとなくフィンランドに住むようになりました。

マサコは、介護をしていた両親が亡くなり、フィンランドにやってきました。スーツケースが戻り、日本に帰国しようと決めますが、すれ違ったおじさんに猫を託され、もう少しここで暮らそうと決めます。

もちろん、映画はフィクション。マサコのようにここまで海外に住む日本人女性の動機は単純ではありませんが、そこまで大それた理由がないという人が多いのも事実。現地人と結婚したり、留学で来てたまたま仕事が見つかったり、そんな理由で海外に住んでいる女性が多いように思います。それでは筆者は?フランスに来たのは、当時何か大きな出来事があったというわけではありません。「日本を一度出て、海外での生活を体験してみたかった」というのが、一番の理由でしょうか。その後、ご縁があり、現在も自然な流れでフランスに住んでいる次第です。

マイノリティの中で生きること

『かもめ食堂』は、お客さんゼロからお店が満席になるまでの時間軸の中で描かれています。映画の冒頭では、お客は全く入らず、通りがかったフィンランド人のおばさま方に「あの子ああやって一ヶ月よ」「子供でしょ、小さい大人かも」「かもめ食堂じゃなくて、子ども食堂ね」と、からかわれる始末。海外で暮らす日本人のシビアな現実を描いています。差別まではいかないにしてもこうした経験って、海外に住む人なら必ずあるものなんです。

海外で日本人が暮らすということは、マイノリティの中で生きること。海外にいると、外見、言葉、文化や常識が違うことが嫌でも感じる瞬間があります。サチエもまた食堂をオープンして一ヶ月間もお客が入らないという厳しい体験をしています。店の前を通りかかったこのおばさま方に、笑いかけても、わざとらしく笑って逃げられるという、悲しい有様。それは、やはり日本人である外見も含めサチエがフィンランドでは圧倒的なマイノリティであるからと言えます。

しかし、マイノリティであることが、必ずしも弱い立場に追いやられるわけではありません。映画のテーマではありませんが、マイノリティであることが、逆に強みであるということを暗に描いています。

サチエは観光客を相手にするタイプのお店ではなくて、「身近に感じられる食堂」をやりたいと言います。このようなタイプのお店というのは、日本では正直のところよくあるスタイルですね。しかし、フィンランドではどうでしょうか。おにぎりやとんかつ、豚の生姜焼きを出す庶民感覚のカフェ風の食堂というのは、フィンランドでは目新しいのではないでしょうか。ラストシーンでは満席になるほど、お店は流行りました。それは希望が感じられた瞬間でもありました。

海外で染みる日本の文化や日本人の優しさ

ミドリがサチエのアパートに呼ばれ、和食を前にして、涙するシーンがあります。このシーンでは、ミドリは母国が同じサチエの優しさ、そして懐かしい日本食に感動しています。ミドリのように 「来てやらないわけにはいかなかった」というような理由で、日本を離れたとしても、同じ日本人の優しさや、食べ慣れた和食の味を口にすると、なんとも言えない懐かしさ、そして日本で感じる倍以上の喜びを感じるものなんです。海外にいるからこそ、自分が育った日本をより感じることができる、なんだかジーンきたシーンでした。

異文化の中での日本文化は受け入れられるのか?

サチエのように海外でお店をやると、どのようにその国の文化と融合するのか、そしてどのように日本の文化を突き通すのかということが一つの課題になります。飲食店であれば、その国に合わせた味付け、そして、接客一つにしても、日本と同じというわけにはいきません。

映画の中で、かもめ食堂にお客さんがなかなか来ないので、ミドリがおにぎりの具にフィンランドの名物を使ってみてはどうかということを提案します。ミドリはお客さんにもっと来て欲しいという思いから、フィンランドの食文化と融合することの大切さを強調します。

一方で、サチエはニシン、トナカイ、ザリガニはどれもおにぎりの具には合わなかったというのもありますが、日本のソールフードであるおにぎりの具は、「梅、おかか、鮭」が一番合うので、そこは譲れないという姿勢を見せています。そこにはサチエの徹底的なこだわりが見られます。このシーンでは二人のジレンマを描いています。

このおにぎりの物語は異文化の中で日本の食文化がどのように受け入れられるようになったのかという過程を辿ることができます。マサコがおにぎりを注文するシーンでは、お客さんがマサコが食べてる様子をじっくりと見ています。少し奇妙ではありますが、デフォルメされて描かれていますね。ここでは、フィンランド人にとって日本のおにぎりはまだまだ奇異なるものであります。

お店で酔っ払って介抱した女性が心身ともに元気になって「かもめ食堂」に来たとき、おにぎりを注文します。サチエにとっては大きな喜びの瞬間。サチエが最もこだわった日本のおにぎりがフィンランド人にも受け入れられました。

当たり前だけど、世界中の人々は感情を共通して持っているということ

お店の前でいつもにらめつけるように見ていた女性がかもめ食堂で、酔いつぶれ、マサコが介護をします。この女性は言葉も通じないマサコに泣きながら自分に起きた出来事を話します。マサコもまた不思議とこの女性に起きたことを理解しています。ミドリはフィンランド人のイメージと違い驚いたと話したときに、サチエは「悲しい人は悲しい。寂しい人は寂しい」と言います。

言葉が通じないときというのは、血の通った一人の人間というよりは、人種のステレオタイプ像というフィルターを通して、人を見てしまうところが少なからずあるのではないでしょうか。例えば、フィンランド人は、ゆったりとして穏やかな人たち、なんていう風に。サチエの「悲しい人は悲しい。寂しい人は寂しい」という言葉で、悲しい、寂しい、嬉しい、怒りなど、人の感情というのは世界中の人々が共通して持っているという当たり前なことに、気付かされます。

筆者もまだフランス語がまだあまり話せなかった頃、かなり強気なフランス人女性が失恋をして泣いているのを見たとき、今思えば当たり前なことなんですが、この人にも悲しいという感情があるのだなと思いました。日本人女性とは違い西洋人特有のきつい女性だったので、悲しい感情があることに少し驚いてしまったんです。そのときは、この女性をステレオタイプというフィルターを通して、見ていたんですね。

感情というのはすごくパーソナルなことであるがゆえに、言葉なしでは理解できないように思ってしまいます。しかし、感情というのは人が共通して持つものであるからこそ、言葉なくとも、表情を読み取ったり、手を触れ合ったりするだけで、理解し合えるのだと、改めて教えられたシーンでありました。

言葉や文化がわからなくても美味しいものは美味しい

映画『かもめ食堂』では、言葉や文化がわからなくても美味しいものは美味しいのだということを描いているのではないかと思います。サチエはフィンランド語を話すことができますが、ミドリとマサコは話すことができません。そして映画の中のフィンランドのお客さんもまた日本語がわかりません。しかし、そんなことは重要ではありません。

美味しいものを食べるだけで、人は満たされた気持ちになれるんです。食べ物というのは、本当に不思議な力を持つものなんですね。ラストシーンでは、かもめ食堂のお客さん皆が幸せそうな表情をしています。本当に心温まる場面です。

さいごに

『かもめ食堂』は海外に住む女性たちという特殊な環境での物語だからこそ、日常ではなかなか見えない当たり前なことに気づかされ、観終わったあとは、いつも温かい気持ちになれます。色褪せない不思議な魅力のある『かもめ食堂』の世界、ぜひ堪能してみてください。

(文:北川菜々子)


    ライタープロフィール

    北川菜々子

    北川菜々子

    パリ在住のフリーランス・ライター。大阪出身。大学卒業後、2007年に渡仏。パリの大学院では映画を社会学と記号学的アプローチから研究する。好きな映画「浮雲」(成瀬巳喜男)「「レディ・イブ」「赤ちゃん教育」「天井桟敷の人々」など、クラシック映画を愛する。その他に、読書や写真、カフェ巡り、街歩きなどが趣味。

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