『いぬやしき』の映像×物語×演技力の盛り合わせが凄い!!

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

奥浩哉原作・佐藤信介監督の映画『いぬやしき』の公開が4月20日から始まった。前週には『パシフィック・リム:アップライジング』、同日に『レディ・プレイヤー1』、翌週に『アベンジャーズ / インフィニティ・ウォー』の公開という強豪ひしめく中での強気のロードショーとなったが、なるほどこれは確かに、それだけの自信を誇る作品であることに間違いはなかった。

さらに遡れば4月は『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル』から怒涛の“スペクタクル系映画”公開ラッシュだったと言える。潤沢な資金を惜しげなく投入し、最先端のVFX技術を駆使したハリウッド製アクション作品が一挙に公開された形だ。しかし『いぬやしき』はそんなハリウッドからのビッグウェーブにまったく引けを取らないどころか、むしろ邦画の映像表現レベルをネクストステージに押し上げるほどのパワーを見せつけてくれている。そこで今回は、『いぬやしき』の魅力を探ってみた。

木梨憲武&佐藤健がスゴイ!

本作のサプライズといえば、主人公・犬屋敷壱郎役にとんねるずの木梨憲武が抜擢されたことだろう。“犬屋敷には意外性のあるキャスティングを”、というのは原作者・奥からのリクエストだったが、それにしても原作では眉まで白毛の年老いた人物である犬屋敷を木梨が演じるには、年齢設定的に早すぎるところ。それを可能にしたのが“特殊メイク”だ。

本作では『寄生獣』や『アイアムアヒーロー』などで手腕を発揮している藤原カクセイが特殊メイクを担当しており、木梨を見事に初老の男・犬屋敷へと変身させている。白髪や表情に刻まれたシワなど絶妙なさじ加減のメイクが、キャラクターとしての嘘臭さではなく初老男性の悲哀感を全身から滲み出させている。

もちろん木梨の気張らない演技力も、犬屋敷壱郎という人物像を根底から支える重要なアクセントだ。俳優・木梨憲武にあまり触れることのなかった世代には、木梨の演技に驚かされる人も多いのではないだろうか。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

同じく意外なキャスティングとなったのが、初の悪役挑戦となった佐藤健だろう。あまりにも大きな力を手に入れてしまい、純粋な破壊を遂行していく高校生・獅子神皓を演じた佐藤は現在29歳。劇中では学生服姿も披露しており、佐藤自身映画の公開イベントで「そろそろ厳しいんじゃないか」と自虐ネタを披露していたが、特殊メイクを施した木梨とは対照的な“ノーメイク”での高校生役に全く違和感を感じさせないのがすごい。

本人は自虐していたが、30歳間近にして高校生役をオファーされるのもその演技力の証なのかもしれない。そして何より、どこか鬱屈した表情を湛えながらただただ容赦ないテロリズムを発揮していく姿は悪役初挑戦とは思えない表現力だ。獅子神の手によって誰彼構わず虐殺されていく描写はまさしくテロそのもので、ある意味では日本には馴染みのない“日本が舞台となった現代の戦争”の入り口になっているのではないだろうか。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

「空飛ぶ映像トリップ」の宣伝に偽りなし!

そんな獅子神の暴虐を止めようと立ち上がるのが犬屋敷だ。ある晩に犬屋敷と獅子神がたまたま居合わせた公園で2人は「何らかの事故」に巻き込まれ、もはや人間ではなくなってしまう。犬屋敷はその事故をきっかけに手に入れた力を人々を救うために利用し、獅子神は人々を傷つけるために利用した。対照的な2人がついに対決することになるのが、終盤で展開される新宿決戦だ。機械仕掛けの能力を駆使して2人が新宿のビル群を縫うように飛翔し、激突し、さらには破壊されていく場面は圧巻の一言。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

見慣れた光景が戦場へと変わり、その状況をつぶさに捉えた映像の数々は間違いなく観客に「トリップ」効果をもたらす。2人の戦闘描写は“ヒューマンデジタル”技術と新宿の街並みをフルCGで描いた合わせ技で、言ってみれば日本のデジタル技術の最先端を盛り込んだシーンだ。これまでハリウッド大作などでしか見ることのできなかった迫力の空中戦がこれでもかと展開していくのは、否が応でも胸が高鳴るはずだ。

また、田島光二がコンセプトデザインを担当したスタイリッシュなメカニックや、『パシフィック・リム』を担当したScott Martin Gershinによる効果音、アクション監督の下村勇二がコーディネートを務めた犬屋敷vs獅子神の肉弾戦も作品を支える重要な要素になっている。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

映像だけではない、ドラマの魅力

機械化してしまった体や犬屋敷vs獅子神による息を呑む新宿空中戦など、どうしても映像がウリになってしまう本作だが、映像だけでなく作り込まれたドラマ性にも注目したい。

家族の中で孤立している上に余命宣告まで受けてしまった犬屋敷が、人ならざる力を手に入れたことで弱者の声を聞き、救いの手を差し伸べる姿。同時に、誰かを傷つける、どころか命を奪うことをなんら厭わない獅子神の人格的に崩壊した人間性。

けれどその根幹には「優しさ」もあり、それが歪んでしまったがゆえの破壊行為で、同じ特殊能力を手に入れながら道を違えてしまった2人の行動はそれぞれに観客の胸に印象を残す。誰かを「助ける」ために行動する犬屋敷と、誰かを「殺す」ために活動する獅子神という対照的な(それこそ親子ほども年の離れた)2人が、まさに善と悪の存在として決して相いれない対立を見せた。

けれど、2人のバックボーンに目をやるとどちらも根底には「家族を護りたい」という意志がしっかりと流れていることが共通点でもある。家族にないがしろにされてなお家族を第一に考える犬屋敷。母親を決して一人きりにさせようとせず寄り添い続ける獅子神。彼の場合は無下に力を開放するのではなく、「友人を護るため」「母親を護るため」という行動原理があった。

しかしその力の方向性を誤ってしまったために、結局は獅子神本人が底知れない孤独と向き合わなければならなくなるのは皮肉なことだ。因果応報と言ってしまえばそれまでかもしれないが、どこかでボタンを掛け違えてしまったために自ら破滅へと向かって歩いていく獅子神の姿は切なくも感じる。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

獅子神の“狂気”を恐れ彼と袂を分かつ安堂(演じているのは本郷奏多)は、それでもなお獅子神と縁を断ち切ったわけではなく、むしろ獅子神を救おうと彼の元を去った。同じく獅子神の存在に惹かれていたしおん(二階堂ふみ)に至っては、獅子神の狂気性に気づいていながらなおそのそばで彼を救おうとした。

それに比べれば、“ヒーロー”であるはずの犬屋敷が誰からも支えとされない(唯一の協力者も、獅子神を止めてほしいと願った安堂だった)寂しさは、本来のヒーロー映画ならば逆の立場だったはず。そんな矛盾すらも物語の中でぴたりと描き切り、「ヒーローとは何か」を問いかける。

その対立構造も、やはり木梨憲武・佐藤健双方が内から醸し出した“悲哀”によって際立っており、映像に頼り切っただけではない俳優の演技力を信じて作品を託した佐藤監督のビジョンは見事と言うしかない。

(C)2018「いぬやしき」製作委員会 (C)奥浩哉/講談社 

まとめ

佐藤監督は近年、『GANTZ』シリーズや『図書館戦争』シリーズ、『アイ アム ア ヒーロー』といったマンガ・小説が原作の作品を手がけて高い評価を受けているクリエイター。

『GANTZ』シリーズに続いて奥作品の映画化となったが、ただマンガから映像にするだけでなく、ドラマ性もしっかりと汲み取りながら最先端の映像表現技法を持ち込み、なおかつバランスよく作品に反映させることのできるタイプの監督であることは間違いない。『いぬやしき』でその手腕は最高の形で発揮されているので、いま現在の邦画がたどり着いているエンターテインメントの着地点をしっかりと目の当たりにしてほしい。

(文:葦見川和哉)


    ライタープロフィール

    葦見川和哉

    葦見川和哉

    葦見川和哉 映画が好き。旅が好き。小説が好き。 映画開眼と同時に映画音楽の魅力にも取りつかれたサウンドトラック収集家。

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