「家族の肖像」が岩波ホールで、今また上映されるのには、深い意味があるのだ。

今、またヴィスコンティ・ブーム?

爺 前回のYEBISU GARDEN CINEMA「スモーク・デジタルリマスター版」に続いて、今度は「家族の肖像・デジタル完全修復版」が岩波ホールで上映されるという話題を扱うわけじゃが、「スモーク」が恵比寿で初上映されたように、「家族の肖像」も岩波ホールが最初に上映した作品だ。1978年11月というから、実に38年と2ヶ月ぶりの再上映になるわけだ。

女の後輩 最近ルキーノ・ヴィスコンティ監督の旧作が続けてリバイバルされてるじゃないですか。この正月にも「若者のすべて」「郵便配達は二度ベルを鳴らす」「揺れる大地」が3本連続上映されますし。ヴィスコンティ・ブームなんでしょうかねえ?

爺 最初のヴィスコンティ・ブームの発火点になったのが、まさしくこの「家族の肖像」だったのだよ。

「家族の肖像」main

(C)Minerva Pictures

ミニシアター・ブームは、岩波ホールが「家族の肖像」を上映したことから始まった。

女の後輩 70年代末期のことでしょう。さすがにその頃は、私もお子ちゃまだったから・・・。

爺 世に言うミニシアター・ブームが起こったのも岩波ホールが発端だったし、ヴィスコンティ・ブームも「家族の肖像」に続いて「ルードウィヒ・神々の黄昏」「山猫」と、ヴィスコンティ監督作品を続けて上映していった功績が大きい。つまりこの、座席数232席(現在は220席)のホールから、2つのブームが起こったわけだよ。

女の後輩 そもそも岩波ホールって、どういう映画館なんですか? 私、まだ行ったことないんですよ。

爺 岩波ホールは神保町の交差点にある、岩波神保町ビルの10階にある映画館だが、最初は多目的ホールだったんだよ。

女の後輩 いつ頃のことですか?

爺 60年代の末期かな。

女の後輩 生まれてませんっ!!

爺 当初は映画講座とかやっていたんだが、サタジット・ライ監督の「大樹のうた」の上映館がないという、川喜多かしこさん・・東宝東和の創設者である川喜多長政さんの夫人だが・・彼女から相談を受けて岩波ホールで「大樹のうた」の上映を行い、総支配人の高野悦子さんとかしこ夫人は、エキプ・ド・シネマという運動を開始するんだよ。それが1974年2月のこと。

女の後輩 高野悦子さんって、聞いたことあります。

爺 偉大な、立派な人じゃ。東宝に在籍したこともある高野さんは、上映する機会のない優れた作品を岩波ホールで次々に上映していく。それが岩波ホールの映画興行のスタートだ。そのエキプ・ド・シネマの発足5周年記念作品として「家族の肖像」を上映するんだが、これはかしこ夫人の東宝東和と、彼女の娘である川喜多和子さんが副社長を務めるフランス映画社の協同配給。こうした女性たちが、なんとかヴィスコンティ監督の作品を日本で上映したいと頑張った結果、この映画は岩波ホールで10週間満席が続いた。それほどまでにヒットした作品なんだ。

iwanamihall

岩波ホール

実は武闘派だった?高野悦子総支配人

女の後輩 ヴィスコンティ監督の作品は作られてはいたものの、当時日本に入ってこなかったんですよね。なぜですか?

爺 うん。1970年に「地獄に墜ちた勇者ども」、71年に「ベニスに死す」を、メジャー系のワーナーが公開したんだけれど、これが2本ともヒットしなかった。

女の後輩 名作なのに。

爺 今となってはね。それからヴィスコンティ監督は「ルードウィヒ・神々の黄昏」「家族の肖像」と映画を作り続けるんだが、日本の配給会社は買おうとしなかった。「もうこの監督の映画は、お客が来ない。商売にならない」と決めつけて。

女の後輩 それで高野悦子さんと、川喜多かしこさんが乗り出すわけですか?

爺 そう。高野さんが「家族の肖像」を岩波ホールで上映しようとして、色々な人たちの意見を聞いた。すると興行関係者は「やめておきなさい。当たるわけがない」と口を揃えて言ったらしい。

女の後輩 それでも「家族の肖像」を上映したわけですね。

爺 岩波ホールのベテラン・スタッフ曰く「高野は武闘派ですから」(笑)。つまり、困難であるほど闘志が湧く。そういう人だったそうだよ。

女の後輩 知的で上品な人だと思っていましたが・・。

爺 そこに川喜多かしこさんと娘の和子さんが加わり、東和が「家族の肖像」の配給し、宣伝をフランス映画社がやることになった。だから「家族の肖像」という映画は、岩波ホールにとって特別な映画なんじゃよ。

女の後輩 この映画館でなければならない。そういう理由があるわけですね。

「家族の肖像」sub2

(C)Minerva Pictures

「この映画だけは、この映画館でなくてはならない」必然性。

爺 シネコンの時代になって、映画館が特定の作品にこだわることは少なくなったけれど、観客の立場からしても「この映画を見るのならば、この映画館でなくては」という必然性が、当時確かにあった。

女の後輩 「ヴィスコンティ監督の作品を見るのならば、岩波ホールで!」という。

爺 そこからミニシアター・ブームが始まったんだよ。今回だって「この映画だけは、岩波ホールで」という気持ちが、現在の岩波ホールのスタッフにもあっただろうし、配給会社の側にもあったんじゃないかな。

女の後輩 岩波ホールは「家族の肖像」をきっかけにして、続々と世界中の名作を上映することになるわけですが、なぜそんなことが出来たのですか?

爺 「家族の肖像」を東和と一緒に配給したフランス映画社。ここは自社配給作品に「BOWシリーズ」というレーベルをつけていた。BOWとは「ベストフィルム・オブ・ザ・ワールド」。世界中から名作を集めてきて、それが岩波ホールで次々に上映されたんだよ。テオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」、エルマンノ・オルミ監督「木靴の樹」とか。当初は岩波ホールに作品を提供ししてくれる配給会社も限られた数しかなかったんだが、フランス映画社の成功を見て、色々な配給会社が岩波ホールに作品を持ち込んでくるようになったわけさ。

「家族の肖像」sub1

(C)Minerva Pictures

現在でもミニシアター関係者にリスペクトされる存在。

女の後輩 それもまた「家族の肖像」が発端だったわけですね。

爺 うん。大きなムーブメントが座席数230席の、当時としては小さな小さなホールから始まったんだよ。80年代に入るや東急レクリエーションがシネマスクエアとうきゅうを作ったり、シネセゾンがシネ・ヴィヴァン・六本木やシネセゾン渋谷をオープンしたり、都内にどんどんミニシアターが増えていった。残念ながら、それらの多くがこの数年で閉館してしまったが、今も営業を続けているミニシアターの支配人は「岩波ホールに足を向けて寝られません!!」と言うほど、現在でも岩波ホールはリスペクトされる存在なんだ。

女の後輩 最近のラインナップを見ても、岩波ホールの上映作品は、何というかブレないですね。しっかりしたポリシーのもとに選んでいる感じがします。ちょっと取っつきづらい作品が多いけど・・。

爺 高野悦子さんは残念ながら2013年2月に亡くなられたが、岩波ホールはこれからも彼女の精神を尊重した作品を上映していくという。だから高野さんの命日に「家族の肖像・デジタル完全修復版」が上映されるのは、岩波ホールの意思表示かもしれない。「これからも、変わらずにやって行きます」という。

(文:斉藤守彦)

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    斉藤守彦

    斉藤守彦

    斉藤守彦(さいとうもりひこ) Morihiko Saitoh 静岡県浜松市出身。映画館、ビデオ会社でのアルバイトを経て、映画業界紙「東京通信」記者 (後に編集長)に。1996年からフリーの映画ジャーナリスト/アナリストとなり、以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「HiVi」「ザテレビジョン」「日経エンタテインメント!」「宇宙船」「スターログ日本版」「INVITATION」「東京カレンダー」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」「Pen」などの雑誌・ウェブメディアに寄稿。2007年秋に「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」を、08 年「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」、09 年「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」、 10 年に「『踊る大捜査線』は日本映画の何を変えたのか」(共著) を上梓。 他の著書に「図解でわかるコンテンツ・ビジネス」1〜4(共著)、「ソノラマ MOOK/ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(構成・執筆) 、電子書籍「日本映画、飛躍と困惑の過去・現在・未来」等があり、ここ数年は「映画宣伝ミラクルワールド」「80年代映画館物語」と、独自の視点による書籍を執筆。2016年3月には新作「映画を知るための教科書 1912−1979」が世に出る。現在、水道橋博士編集長のメールマガジン「メルマ旬報」で「2016年映画館物語」を連載中。また「BOOKSTAND映画部!」で、「映画を待つ間に読んだ、映画の本」と「映画惹句は、言葉のサラダ」の2つの連載を行っている。

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