今なお世界中で賞賛される名作『残菊物語』ブルーレイ化!

■「キネマニア共和国」

残菊物語 デジタル修復版 [Blu-ray]

最近の松竹は他の邦画会社に比べて旧作のブルーレイ化に意欲的なのが嬉しい限りではありますが、2016年正月、また新たな名作のブルーレイ・ソフト(DVDも同時発売)が世に送り出されました……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~》

巨匠・監督の愛の名作『残菊物語』です!

歌舞伎役者と彼を支え続けた女の
哀しくも美しい愛の情念

1939年に製作された『残菊物語』は、明治初頭の歌舞伎界を舞台に、当時東京で人気を得てうぬぼれていた二代目・尾上菊之助が、義弟の若き乳母お徳から芸を批判され、己の名声が義父の威光に過ぎなかったことに気づき、またそれを機に二人は心を通わせていきますが、身分違いの恋を許そうとしない周囲はお徳を追い出し、絶望した菊之助は彼女を追って大阪へと赴き……。

ここでは芸に精進する歌舞伎役者と、彼を支え続けた女の愛と意地を、情感あふれる長回し撮影でじっくりと捉えていきながら、哀しくも美しい芸道の世界を描出していきますが、本作によって溝口監督独自の長回し撮影“1シーン1カット”が完成したと捉えていいかもしれません。

この時期、溝口監督は新興キネマを退社して松竹京都(下加茂)撮影所へと移り、映画制作における厚遇を手に入れることにもなりました。
その第1作が『残菊物語』であり、だからこそ壮大なスケールのセット美術や悠々たる長回しによる2時間20分という、当時としては異例の長さの大作をものとすることができたようです。
39年度のキネマ旬報ベスト・テンでは第2位を獲得。戦前における彼のピークは、やはりこの時期かもしれません。

もっとも、軍国主義化していく日本の中でやがて稀代の悪法“映画法”が制定され、松竹も徐々に戦意高揚映画の制作を強要されることになり、時代劇の分野ももそういった時流に逆らえなくなっていきます(そこで溝口監督が41~42年にかけて挑んだのが超大作『元禄忠臣蔵』前後編であり、これが興行的に大失敗したことも災いして、その後終戦まで彼はスランプに陥ります。そもそも「斬った張った」の勇ましい世界は、彼は不得手だったのです)。

芸も映画も時を超越して
見る者の心を響かせる

なお、溝口監督はこれ以外にも『浪花女』(40)『芸道一代男』(41)と芸道の世界を題材にした作品を発表しており、合わせて“芸道三部作”と称されていますが、後続の2本は残念ながらフィルムが現存しておらず、その意味でも『残菊物語』は今後絶対に失くしてはいけない溝口監督の貴重な作品であり、その意味でも今回のブルーレイ化は当然の帰結ともいえるでしょう。

本作は2015年度のカンヌ国際映画祭クラシック部門で上映(このとき、本作品をリズペクトしてやまない『海街diary』の是枝裕和監督がプレゼンターとして登壇)するためデジタル修復がなされ、今回はそれをマスターにソフト化がなされています。

さすがにハリウッドの戦前旧作群の(あたかもモノクロで撮った新作かと目を疑うほどの⁉)保存状態の良さと比べると若干見劣りするところはありますが、逆に状態の悪かったものを今ここで修復しておかなければもっと大変な事態に陥っていたわけで(つい最近まで、日本映画界は「作品を保存する」という意識が決定的に欠けていたのです)、その意味ではよくぞここまで! と讃えたいところですし、これまでも決してフィルムの状態の良くない上映会などで客席のあちこちからすすり泣きが聞こえてくるといった風に、フィルム状態の悪さ云々を優に凌駕した溝口映画演出の圧倒的力量を思い知らされた経験のある方ならば、今回のブルーレイはさらなる新鮮な驚きをもって迎えてもらえるのではないでしょうか。音声も従来のものよりかなり聞き取りやすくなっている印象を受けました(日本語字幕が入っているのも親切ですね)。

本作には戦後の溝口映画傑作群に通じる女と男の狂おしいまでの情念が見事に花開いているようにも思われますし、同時に“芸道”に勤しむ主人公の姿は、映画道に勤しみ苦悩する溝口監督自身の投影でもあったのかもしれません。そして女は単に受け身で献身的なようでいて、その実どうしようもないダメ男を精進させるべく、己の意地を静かに貫き通します。これぞ溝口映画の女の本領であると、私は勝手に思うことにしています。

いずれにしましても、黒澤明や木下惠介よりも先に、さらには成瀬巳喜男、小津安二郎よりも先に、溝口健二という今なお世界に冠する日本映画界の巨匠が君臨していたという事実を、この作品で改めて痛感し、堪能していただけたら幸いです。

芸も映画も時を超越し、いつも見る者の心を響かせ、感動をもたらしてくれるものなのです。

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(文:増當竜也)


    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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