今こそ描く時だと感じた―『日本のいちばん長い日』外国人記者クラブ会見レポ

本日2015年8月8日より公開となった映画『日本のいちばん長い日』。先日8月3日に公開に先駆けて日本外国特派員協会(外国人記者クラブ)主催の試写会がおこなわれ、主演の役所広司、原田眞人監督が登壇して記者会見が行われた。

自分の思い、誇りを信じて、まず家族を大切なものとして描いた

日本のいちばん長い日

映画『日本のいちばん長い日』は、昭和史研究の第一人者・半藤一利の傑作ノンフィクションを、『クライマーズ・ハイ』『わが母の記』の原田眞人監督が完全映画化。太平洋戦争終戦の舞台裏では何が行われていたのか?日本の未来を信じ、今日の平和の礎を築くため、身を挺し闘った人々の物語を描く作品。

日本のいちばん長い日

日本外国特派員協会での会見で冒頭、原田眞人監督は「1945年当時、19歳だった父は、九州の最南端知覧という神風特攻隊の基地があった場所としても有名な地域で塹壕掘りをしていた。もしあの時天皇が聖断を下していなかったら父は死んで、私は生まれていなかったかもしれません」と熱い思いを述べると、作品作りについて「肯定否定様々な思いを感じながらも、自分の思い、誇りを信じて、まず家族を大切なものとして描いています」と語った。

重厚な人間ドラマで感銘を受けたが、この最後の最後まで自分のメンツを保つために優柔不断な部分を描いていると感じたと語る記者の質問に、原田眞人監督は「今の安倍政権を観てもわかるように国民性ですよね」と答えつつ「この時代は、日本が戦争に負けたことがない、降伏というものがなかった。多数決で決定をしても必ずクーデターが起こることは分かっていた。開戦の時は聖断を下すことはできなかったが、終戦の時に聖断を下すことができた。それはやはり昭和天皇、鈴木貫太郎首相、阿南惟幾陸相の三人がいたからこそだった」と語る。

また、天皇制について原田眞人監督は「当時天皇というのは全ての日本人の家長という存在だった。その天皇による、天皇制というものがあったからこそ日本人を救うことができた。近衛や東條のような政治家が決定を下すようなことだったら、このように終戦を迎えることは出来なかった」とコメント。

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