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映画を学ぶ日本の若者たちとの交流 ~第28回東京国際映画祭ジョン・ウー監督トーク・イベント~



ハリウッドでの成功
そしてアジアへの帰還




ハリウッド2作目『ブロークン・アロー』(96)も製作事情は大変であったとも聞きますが、それがヒットしたことで続く『フェイス/オフ』(97)への道が切り開かれます。

「『フェイス/オフ』では映画会社の社長が映画に詳しく、私の映画のこともよく理解してくれていて、製作会議の席などでも『私はジョン・ウーの映画がほしいのです』と言ってくれたそうです。とかくハリウッドはいろいろな人間が口をはさんでくるのですが、このときはほぼ私の思い通りに進めさせてもらうことができました。現在ハリウッドでは5人の監督だけが最終編集権を持っているのですが、そのひとりが私です」

こうしてハリウッドで成功を収めたウー監督ですが、2008年『レッド・クリフ』2部作で再びアジアに戻り、今度は時代劇超大作を手掛けることになりました。

「中国語圏の友人たちからたびたび『アジアに戻って世界市場を開拓してくれるような映画を撮ってほしい』と。私もハリウッドでいろいろ学ぶことができたし、そろそろ中国に戻って若い映画人を育てる立場になるべきではないかと考えるようになりました。もうひとつ、ハリウッドが題材や人材の不足から、新しい血を求め始めている気運を感じるようになっていました。いずれハリウッドは中国へ目を向けて、新たな才能を見出すだろう。そのときのためにも、早くから中国語圏の映画人を育成する制度を作るべきだと思い、アジアに戻ることにしたのです」


若手監督たちからの
質問を受けて



ここでインディペンデントで活躍中の7人の若手監督が登壇し、ジョン・ウー監督に質問を投げかけていきます。
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杉本大地(ぴあフィルムフェスティバルアワード2015『あるみち』監督)
「自分は映画を撮っているときに心躍る瞬間というものを感じるのですが、ウー監督は映画を撮るとき以外で、そういったものを感じる瞬間はありますか?」

ウー「私はエキサイトしやすい男なので、とにかく良い映画を繰り返し見ることでエキサイトしますね。また最近、雑種の子犬を飼い始めたのですが、これが実に可愛い(笑)。もう目に入れても痛くないほどで、映画制作の悩みやわずらわしさなど全て吹き飛ばしてしまうくらい、とにかく可愛くて仕方ないのです(笑)」

福山功起(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2015オープニング作品『鉄の子』監督)
「さまざまなキャストやスタッフと交流していく中、宗教観や文化の違いなど、演出上で困った経験などはありますか?」

ウー「宗教にしろ文化にしろ政治にしろ、どのような違いがあろうとも、私たちのテーマは“人間”だと思います。そこには当然人間の感情も含まれていjますし、東洋人であろうと西洋人であろうと、そこには必ず喜怒哀楽や正義感、善悪などがあるわけで、それらを基準にしていくとコミュニケ-ションがとりやすくなります。ハリウッドでも西洋人に対して私はチョウ・ユンファと同じように接していますし、映画作りという大きな目標の下、お互い理解し合えていると思います。

一例をあげましょう。東洋には“仁義”という思想がありますね。仁義のためなら、時に親も殺すこともあれば、自分の命を投げ打ってでも友を救う。 しかし、西洋人にはこれが理解できないという。『自分が死んだら、どうやって相手を助けるんだ? 自分が生きていてこそ助けられるのではないか』と。 なかなか結論が出ない中で、正義感を出発点にしていくことで最終的には解決することができるものです。

また現場では監督が自分に何を求めているのか、何をやりたいのかなどを理解していない役者が大勢います。特に若手監督はそこを常に意識していないと現場は混乱してしまうので、まずは彼らに明確に伝えるjことが大切でしょう」


古い日本映画の伝統や精神と
今の若い感性を融合させるべき




二宮健(第17回京都国際学生映画祭長編部門グランプリ『小村は何故、真顔で涙を流したのか』監督)
「日本から今後どのような監督、どのような作品が出てくることを期待されていますか」

ウー「昔も今も良い映画はたくさんあると思いますが、私はトシのせいもあって古い日本映画が懐かしくて大好きなのです。今の若い監督のみなさんは現代感覚を持ち合わせていることでしょうが、それだけではなく日本映画の伝統や精神をしっかり学び、現代感覚と融合させていくことが肝要ではないでしょうか。

昔の日本映画には美しくて素晴らしい作品がいっぱいあります。その真髄を取り出して、みなさん独自の感性と融合させながら新しいスタイルの日本映画ができることを期待しています。

私がハリウッドに行くとき、師匠のチャン・チェ監督にこう言われました。

『お前は西洋の技術を駆使して、東洋の文化精神を表現できればそれでいい』

これは非常に重要なことだと思っています」

田中穂先(第9回TOHOシネマズ学生映画祭ショートフィルム部門グランプリ『死亡動機』監督)
「もともとアート映画がお好きだったのに、なぜアクション映画というジャンルの中で人間を描こうと思われたのでしょうか?」

ウー「私は小さい頃、ミュージカル映画が大好きで、あの中のダンスや音楽、衣裳、ドラマなどなど、全てが好きでした。その一方で私の家は非常に貧しくて、毎日チンピラが喧嘩しているようなところで暮らしていましたので、善も悪もそれぞれ独自の考えがあることを知っています。
極悪非道の輩にも可愛いところはあるし、善人の中にもどこか不快なところはある。

また、私は躍動感のある映像が好きです。師匠のチャン・チェはそのあたりの演出センスが見事なアクション映画監督でもありました。

私はミュージカル映画のような、師匠のような躍動感ある映像をもって、人間の感情を描きたいと思うようになりました。『七人の侍』の感動も忘れられません。私は何度も繰り返し見続けていますが、やはりアクションの中に人間性がなければ、あの映画のような面白さは得られない。

アクションはあくまでもひとつの手法であり、大事なのはやはり人間性であり精神ですし、アクションそのものの力をもって人間性を表現していきたいと常に願っています」

谷阪萌湖(第9回TOHOシネマズ学生映画祭ショートアニメ部門グランプリ『うわさのねこ』監督)
「監督は私たちと同じ20代前半の頃、当時の映画制作に対して何か信念や想いみたいなものはおありでしたか?」

ウー「私は26歳のときに『カラテ愚連隊』(73)で監督デビューを果たしました。当時の香港ではいちばん若い監督だったと思いますが私のデビューを知って『あんな若造がどうやって映画を撮るのだ? 絶対に失敗するぞ』なんて新聞のコラムで叩かれたりもしましたね。

ちょうどブルース・リーが亡くなった頃で、香港映画界ではカンフー映画が流行していて、『カラテ愚連隊』もそういった中の1本ではあり、私の望むアート映画とは全くかけ離れたものでもありましたが、それでも何とか撮り終えて、しかし検閲で『暴力的』だと引っかかり、おかげでなかなか国内では上映できず、日本での上映も興行的に失敗しました。

ただ、そのときゴールデンハーベストの社長レイモンド・チョウが、この映画の主演男女の感情描写の編集を気に入ってくれたらしく、同社と専属契約を結ぶことになったのです。

当時の香港映画ではおよそお目にかかったことのない心理描写だったと思いますが、実はそれって私がかつて16ミリで撮った実験映画でやった手法なのです(笑)。

ですからみなさんも、若いときの経験は決して忘れないでいてください。意外に使い道が出てくるものですから、大事にしていただきたいと思いますし、私は今も、どの作品でも何か新しい実験的なことをやろうと思いながらやっています」
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