不倫バッシングと対峙し続けた大スター、イングリッド・バーグマン

■「キネマニア共和国」

映画が生誕100年を超えて久しい今、当然ながら生誕100年を迎える映画人も年々増えてきてはいますが、その中でも世界的名女優イングリッド・バーグマンは別格といえるでしょう……
 
キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.154

イングリッド・バーグマン〜愛に生きた女優〜 ポスター


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『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』は、そんな彼女の生誕100周年を記念して作られたドキュメンタリー映画ですが、実に画期的な内容となっています!

アカデミー賞を3回獲得した
名女優のエピソード


イングリッド・バーグマンは『ガス燈』(44)と『追想』(56)で主演女優賞、『オリエント急行殺人事件』(74)で助演女優賞と、アカデミー賞を3回受賞している名優です。

ちなみに、3回以上アカデミー賞を受賞した俳優は現在までバーグマンを含めて6人いますが(4回受賞者はキャサリン・ヘップバーン。3回受賞者はウォルター・ブレナン、ジャック・ニコルソン、メリル・ストリープ、ダニエル=デイ・ルイス)、英語圏出身でない俳優は彼女だけです。

またエミー賞2回、トニー賞演劇主演女優賞も受賞。

さらにはAFI(アメリカ映画協会)が選定した「映画スターベスト100」女優部門第4位に輝く大スターです。

映画的エピソードにも事欠かず、たとえば「君の瞳に乾杯」の名セリフやテーマ曲《アズ・タイム・ゴーズ・バイ》でも知られる『カサブランカ』(42)はバーグマンの代表作の1本ですが、脚本が完成しないまま撮影に入るなどのアクシデントもあって、当時の彼女は作品を気に入っておらず、この作品のことに触れられるたびにうんざりしていました。しかし時を経た74年の講演の際に映画を見て「こんなに良い映画だったのですね」とコメント。

『誰が為に鐘は鳴る』(43)では原作者アーネスト・ヘミングウェイが映画化権を売る際に、ヒロイン役はバーグマンしかありえないと主張し、その後、彼女と初めて会った際に「あなたはマリアだ!」と叫んだとのこと。

バーグマンはサスペンス映画の帝王でもあるアルフレッド・ヒッチコック監督の映画に『白い恐怖』(45)『汚名』(46)『山羊座のもとに』(49)と3本出演していますが、『山羊座のもとに』撮影中、生真面目に役作りにのめり込むバーグマンはヒッチコックの撮影技法と演技指導が気に入らず(もっともヒッチコックも、このときの彼女の演技を気に入ってませんでした)、演技論を戦わせようとした際、議論嫌いなヒッチコックは「イングリッド、たかが映画じゃないか」と答えました。これはヒッチコックの口癖でもあったようですが、今でも映画ファンの間で親しみを込めて使われる名文句となって久しいものがあります。

なおバーグマンはAFIが79年にヒッチコックに生涯功労賞を授与した際の司会進行役を務めています。

映画女優として、ひとりの女として
「愛」に生きたキャリア



では、イングリッド・バーグマンのキャリアを、ざっとおさらいしていきましょう。

1915年8月29日、スウェーデン、ストックホルムに生まれた彼女は、10代より俳優の道を目指すようになり、王立ドラマ劇場付属演劇学校に入学しますが、映画に専念すべく1年で中退し、35年『ムンクブローの伯爵』で本格的に映画デビュー。以後、10本以上のスウェーデンやドイツ映画に出演しました。

37年には歯科医ペッテル・アロン・リンドストロムと結婚し、翌年には娘ピアが生まれています。

彼女の転機になったのは39年、自身が主演したスウェーデン映画『間奏曲』(36)がハリウッドで『別離』(39)としてリメイクされることになり、それに出演するために渡米。
(これは妻子あるヴァイオリニストと恋に落ちていく不倫劇で、その後の彼女の人生を予見したかのような作品でもあります)

『別離』の大ヒットで一躍、国際的な名声を手に入れた彼女は、40年に再び渡米し、以後『カサブランカ』(42)や『誰が為に鐘は鳴る』(43)『白い恐怖』(45)『汚名』(46)『ジャンヌ・ダーク』(48)などに出演。

しかし『ストロンボリ/神の土地』(50)をイタリアで撮影中、ロベルト・ロッセリーニ監督と不倫の関係に陥り妊娠した彼女は、夫と娘を捨ててロッセリーニと再婚。ふたりの間には、女優のイザベラ・ロッセリーニをはじめ3人の子どもが生まれています。

56年には『追想』でようやくハリウッドに復帰。

一方、ロッセリーニとはイタリアで5本の映画を撮りましたが、57年に離婚し、翌58年にはスウェーデンの貿易商ラルス・シュミットと結婚(75年に離婚)。

この後は映画やテレビ、舞台と主演助演を問わずの活動を続け、映画ではスウェ-デン映画界の巨匠イングマル・ベルイマン監督『秋のソナタ』(78)、テレビでは『ゴルダと呼ばれた女』(82)を遺作に、82年8月29日、67歳の誕生日に乳がんでこの世を去りました。

『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』が描く真実の姿


映画『イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~』は、そんな彼女の生涯を映画女優とプライベートの両面を主につづったものですが、中でもロベルト・ロッセリーニとの不倫劇にまつわるアメリカ国内のバッシングなどが詳しく描かれています。



このとき彼女はマスコミや映画ファンなどの激しいバッシングに見舞われますが、自分の人生は自分が責任を持つと言わんばかりに堂々と対峙し、その都度の愛をまっとうしていきます。

驚くべきは、こういった彼女の愛の遍歴に関して、彼女の子どもたちが全面協力して語ってくれていることで、特に最初の夫との娘ピアは、かつて自分を捨てた母への忸怩たる想いと、それでも断ち切ることのできない母娘の絆などを淡々と醸し出しています。

ロベルト・ロッセリーニとの間に生まれた3人の子どもたちも、娘と息子とで微妙に母に対するコメントの印象が異なるのも、どことなくユニークに感じられます。

さらにバーグマンと舞台で共演したシガニー・ウィーバーや、映画の遺作『秋のソナタ』で共演したリヴ・ウルマンも登場し、それぞれ共演した際の彼女の印象を語ってくれています。
特に『秋のソナタ』に関しては当時のメイキング映像も含めて、バーグマンとベルイマンの火花散る闘いが描出されています。

1930年代あたりからの彼女のプライベート・フィルムがふんだんに使われていることにも、当時これだけのフィルムをよく廻せていたものだと驚嘆しますが、それが海の向こうの映画スターの財力というものなのでしょう。

スウェーデンの映画雑誌『チャップリン』編集長でもあったシネフィル系映画監督スティーグ・ビョークマンは、そんな彼女が所有していた膨大な数のフィルムの中から、愛と家族に焦点を定めて、周囲の偏見などものともせずに、彼女がいかに己に誠実に、そして素直に人生を謳歌していたかを構成しています。

40年代は、その役柄のイメージから「聖女」と讃えられ、一転して50年代は不倫スキャンダルによって「悪女」と蔑まれるも凛とした姿勢を一度も崩さず、己の人生と対峙し続けたことによって、今も、そしてこれからも永遠に「伝説」としてリスペクトされ続けるであろうイングリッド・バーグマン。

ナレーションをスウェーデン出身で『リリーのすべて』でアカデミー賞助演女優賞に輝いたアリシア・ヴィキャンデルが担当していますが、実に抑制の効いた声がバーグマンの生きざまを麗しくバックアップしています。

マイケル・ナイマンのシンプルかつ豊饒なテーマ音楽も素晴らしい効果を上げています。

個人的に興味深かったのは、バーグマンがロッセリーニと不倫する前、戦場カメラマン、ロバート・キャパと恋愛関係にあったという事実で、これには彼女が子どもの頃に亡くなった父が写真家であったということとも無縁ではないようです。
どうやら彼女の自叙伝以外、そのことに深く追求するだけの資料が存在しないだけに、映画の中でも軽く触れられているだけですが、どことなくロマンティックな想像を掻き立てられます。
(このふたりのエピソードを、創作も交えて映画化してみたら面白いかもしれませんね)

なお本作の公開に合わせて8月27日から9月5日まで、東京・渋谷Bunkamura Galleyにてイングリッド・バーグマン写真展が開催。
また8月31日13時からNHK‐BSにて『ガス燈』が放映されます。
こちらも併せてお楽しみいただきながら「伝説」の大スターの軌跡に、ひととき心を委ねていただければと思います。

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(文:増當竜也)

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