映画コラム

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2016年10月30日

『愛の記念に』から『92歳のパリジェンヌ』。女優サンドリーヌ・ボネールの軌跡

『愛の記念に』から『92歳のパリジェンヌ』。女優サンドリーヌ・ボネールの軌跡

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」


92歳のパリジェンヌLA DERNIÈRE LEÇON


(C)2015 FIDELITE FILMS - WILD BUNCH - FRANCE 2 CINEMA - FANTAISIE FILMS


フランスを代表する女優とは誰か。イザベル・ユペールやソフィー・マルソーといったハリウッドの大作への出演経験を持つ女優が真っ先に思い浮かぶが、フランス国内で高い人気を誇り、数多くの名匠に愛されているサンドリーヌ・ボネールを忘れてはならない。
29日から東京・銀座のシネスイッチ銀座ほか、全国順次ロードショーされる『92歳のパリジェンヌ』で、およそ10年ぶりに彼女の出演作が日本のスクリーンで上映されるのだ。

〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.4:『愛の記念に』から『92歳のパリジェンヌ』。女優サンドリーヌ・ボネールの軌跡>

今回の『92歳のパリジェンヌ』で、自死を宣言する母親に困惑する長女ディアーヌを演じたサンドリーヌ・ボネールは、現在49歳。正直まだ49歳なのかと驚いたわけだが、モーリス・ピアラの『愛の記念に』でデビューしたのが33年前。当時まだ16歳だったのだから至極当然の話だ。

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2013年に没後10年を記念し、『ヴァン・ゴッホ』をはじめとした代表作4本が上映された映画監督モーリス・ピアラ。ヌーヴェルヴァーグ後のフランス映画界を牽引した孤高の巨匠がようやく近年日本でも注目されるようになったのである。彼が初めてセザール賞(フランスのアカデミー賞に当たる)の最優秀作品賞を受賞したこの代表作で、輝かしいスクリーンデビューを果たしたのがサンドリーヌである。

自由奔放に遊び歩く15歳の少女シュザンヌはある日、深夜に帰宅したことで父親(モーリス・ピアラ自身が演じている)から厳しく叱られる。それまであまり会話をしてこなかった父と娘がようやく本音で向き合うことができたのも束の間、父は家出をしてしまうのである。置いてきぼりになった母はシュザンヌにつらく当たるようになり、ますます家庭の空気が悪くなる。そんな中、シュザンヌは婚約。兄も友人の妹と結婚し、すべてが丸く収まりそうになった矢先、突然父が帰ってくるのである。

通して下世話な家族がひたすら喧嘩している映画と言ってしまえばそれまでだが、その中だからこそ、堂々とした演技を見せるサンドリーヌの大人っぽさが際立つ。とても15、16の少女には見せない貫禄が、すでに備わっていたのである。この時にはひとつの家族の崩壊のきっかけを作る問題児だった彼女。
そこからの女優としての急成長は目覚しく、後のピアラの作品はもちろんのこと、パトリス・ルコントやクロード・ソーテ、クロード・シャブロルといった名匠たちの作品に相次いで出演。またジャック・リヴェットの『ジャンヌ』2部作ではフランス国民の英雄であるジャンヌ・ダルクを演じ、2007年には自身の妹を映したドキュメンタリー映画『彼女の名はサビーヌ』で監督デビューも果たした。

そして今回の『92歳のパリジェンヌ』では、また違う形で家族の大問題に直面するというわけだ。

92歳のパリジェンヌLA DERNIÈRE LEÇON02

(C)2015 FIDELITE FILMS - WILD BUNCH - FRANCE 2 CINEMA - FANTAISIE FILMS


しかし、今回はその問題野解決策を模索し、上手にまとめる役どころを演じるあたり対照的だ。アンドレ・テシネ監督作品で知られる大女優マルト・ヴィラロンガ演じる母マドレーヌが、92歳の誕生日を迎えた祝いの席で突然、2ヶ月後に自らその人生を終えることを宣言するところから物語が始まる。
老化とともに車の運転はおろか、日常生活もままならなくなっていくことを実感し、気力があるうちに人生を終えようとするマドレーヌの姿に困惑する家族たち。初めは抵抗を感じていたサンドリーヌ・ボネール演じる長女ディアーヌは、徐々に母の思いを受け入れていくのだ。

この物語が、実話を基にしているとは最後の最後まで知らなかった。元フランス首相のリオネル・ジョスパンの母親ミレイユが下した決断と、それに至るまでの家族の物語を、リオネルの妹ノエル・シャトレが綴った小説「最期の教え」を基に脚色された本作が扱うのは、非常に難しいテーマである。
「尊厳死」と「安楽死」。本来は医療行為の中でのみ行われるこの行為が本作の軸となる。ただし、母マドレーヌは病に陥るわけでもなく、92歳を迎えて不自由が生じても、考え方はしっかりしており、元気な年の取り方をしているように見える。そんな彼女が、「死ぬ権利」を求めるというのだ。
「死」というものをテーマに扱うと、否が応でも映画は暗くなってしまう。ところが本作は、「死」がすぐそこにあるのに、品のあるユーモアによって、決して明るさを失わない。そして感動的なクライマックスが待ち受ける。何ともフランス映画らしい魅力があふれる一本だ。

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(文:久保田和馬)

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