騙し合いと裏切りが絡み合う『お嬢さん』は、韓国映画の美しき伝統〝女の復讐劇〟を蘇らせる
何て強烈な映画だっただろう、3月3日から公開されたパク・チャヌク監督の最新作『お嬢さん』。〝復讐三部作〟と呼ばれる『復讐者に憐れみを』、『オールドボーイ』、『親切なクムジャさん』から10年以上経て、チャヌクはまた新たな発想の復讐劇を作り出したのだ。
〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.20:騙し合いと裏切りが絡み合う『お嬢さん』は、韓国映画の美しき伝統〝女の復讐劇〟を蘇らせる
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孤児として盗賊団に育てられた少女スッキは、〝藤原伯爵〟と名乗る詐欺師の片棒を担ぐために華族の屋敷にメイドとして入りこむ。ターゲットとなるのは美しい娘の秀子。詐欺の計画通り、伯爵と秀子の仲を取り持つうちに、スッキは深い孤独を抱える秀子の魅力に取り憑かれ始めていくのであった。そしてついに伯爵と秀子を落合わせようと屋敷の外へ連れ出すと、スッキは思いもよらぬ罠にはめられるのだ。
「このミステリーがすごい!」で1位を獲得し、日本でも人気の高いサラ・ウォーターズの「荊の城」を原作にし、舞台を日本統治下の朝鮮半島に移した本作。10年以上前にイギリスでテレビ映画化されたときとは、かなり趣を異にしている。大胆に二転三転していく物語と、複数視点から真相を描き出す構成は、韓国映画界が長年得意としてきた〝復讐劇〟に革新をもたらす。しかも騙し合いと裏切りの愛憎劇と絡め合わせるのだから、よりスキャンダラスな映画となって当然だ。
まして、それが富豪の家に仕えるメイドの復讐だとなれば、もうキム・ギヨンの『下女』を想起せずにはいられなくなるのだ。
1960年に発表された同作は、2014年に韓国映像資料院が発表した「韓国映画100選」で堂々1位に輝いた韓国映画史に残る名作。ブルジョア家庭に雇われた下女が、その家の主人を誘惑し関係を結ぶ。そして主人の子供を身ごもった彼女は、その家の妻から堕胎することを命じられたことを契機に、一家全員を地獄の底へと引きずり込んでいくのだ。
その後、キム・ギヨン監督自らの手によって、『火女』、『火女‘82』として2度セルフリメイクされたのち、2010年にはイム・サンスがメガフォンを執り『ハウスメイド』としてリメイク。どれも優れた作品ではあるが、モノクロームの画面で閉塞感たっぷりに描かれるオリジナルには到底及ばない。また、階段や窓を象徴的に映し出した画面の作り方や、性描写を間接的に予感させる表現の巧さも際立つ。
そんな『下女』によって作り出された、韓国映画界における〝女の復讐劇〟の定形を、今回の『お嬢さん』でも踏襲している。もちろん『下女』における最重要アイテムだった〝猫いらず〟の役割を果たすのは、藤原伯爵が秀子に託す濃縮アヘン。また、貧しい娘を主人公に、ブルジョワ家庭への潜入、舞台となる邸宅の印象的な設計といった設定は、格好の復讐劇の下地になると改めて思わされる。
余談ではあるが、『お嬢さん』の舞台となる邸宅は日本と英国の建築様式が合体した、まるで明治の近代化を思い出させるかのような擬洋風建築なのである。奇怪な地下室が映画にもたらす存在感は、『下女』の階段にも匹敵する。
そして何と言っても、ハ・ジョンウ演じる〝藤原伯爵〟と、チョ・ジヌン演じる稀少本コレクターの叔父、この二人を始めとする男性キャストの愚かな姿だ。『下女』でキム・ジンギュが演じた一家の主人と同様に、実に欲深く身勝手で浅ましい。こういった見せ方が、美しきヒロインの復讐をより輝かせているというのも面白く映る。
もっとも、パク・チャヌクは現代韓国映画界の中でも際立ってスキャンダラスな映画を得意としてきた人物だ。同じ世代で、同じ時期にハリウッドデビューを果たしたキム・ジウンが、ジャンルにとらわれずに娯楽性の強いイ・マニの作風を継承しているとすれば、やはりパク・チャヌクはキム・ギヨンの後継者として今後も韓国映画界を牽引することは間違いない。
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(文:久保田和馬)
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